第六話「はじめてのピンチ」
――単独行動。
前世では日常茶飯事で、好きな筈だが少し飽きたようなその行為。
私は今、城下町の観光のためパーティーを一時的に離れて、西口の店へと来ていた。
手動の扉を開き、中に入る。
「…やっぱり、中も人少ないんだな」
店主が聞いていれば確実に苛つかれていた発言だけど、私は呟く。
だが、無人というのも少し不気味だ。
おまけに電気もところどころ消えかかっており、中央の吹き抜けスペース以外は薄暗い。
見渡す限りは、どこのコーナーもオープンしていないようだったが、私は興味本位で、明るい中央の広間まで駆けだした。
◆
「…うーん、上見ても…特に何にもなかったな」
すっかり探検気分で、私はワクワクドキドキだったのだが…残念。
そして本当に誰もいないのかと、もう一度回りを見渡してみる。
暗がりに隠れてよく見えないが、階段と、その先に続く上のフロアはロープで閉鎖されている。
そこだけ薄明かりさえも付いておらず、閉鎖ということはすぐに分かった。
…帰るか。
そう思って、もう一度上を見上げてみたとき。
「…!?」
黄色い、四メートルくらいの…魔物っぽいものが、勢いよく落ちてきていた。
こちらへと、睨みつけるような視線を向けている。
「うわっ…!」
慌てて私は、籠手をさすって攻撃手段を確認しながら、魔物は落ちてこないであろう後ろのほうまで下がる。
そして一息つく間もなく、その魔物は私の目の前を掠め地面へと物凄い勢いで落ちてきていた。
床のタイル、その下の地面までが木端微塵になるのを見て、私は『もしも自分の上に落ちてきたら…?』などと考えてしまう。
だが、今はそんな暇ない。とにかく緊迫感がすごかった。
「ヴゥ…ッ」
魔物は体制を立て直すと、私のほうをまたもや恐ろしく睨みつける。 その目つきは、まるで親の仇を見ているようで…私は何もしていないはずだ。
いつ襲ってくるか。 それだけで精いっぱいになる頭を必死に冷やして、拳を握りしめる。
来る、と思った次の瞬間には、予想通りに魔物は突進してきていた。
「…ッ!!」
とりあえず本能任せに、横へと回避する。
間髪入れずに、また突進が来る。 再度、似たようにして避ける。
しばらくはその応酬の繰り返しだったが、魔物は私が避けてくることをようやく確認したのか攻撃パターンを変えてきた。
思えば、どうして逃げようという気にならなかったのか不思議に思うが、この時はそれを思いつかなかったのだろうか?
ただただ思っていた。
逃げるだけでは勝ち目がないと、そして異世界といっても楽ができるわけではないと。
魔物は接近すると、鋭利な爪を振るってきた。
私はとりあえず背後に回り、一撃だけ拳を握り、力を込めて殴る。
だが魔物はよろめいただけで、倒せるわけではなかったらしい。
もう一度、右手を振り上げ、そして勢いを付けて真っ直ぐ突き出してみる。
やはり今度も大したダメージは無く、魔物は振り返ると手の甲で私を弾き飛ばした。
「うぅっ…」
視線が空中へと移り、そして身体に痛みと衝撃が走る。
しばらく立ち上がれないような気もしたが、この非常時に甘えてはいられない。
両手を土が剥き出しになった地面につけて上半身を起こす…、「あっ!?」
また魔物が突進してきていた。今から避けても、どうしようもない距離だ。
「ヴアァッ!!」
「な…っ、きゃああっ!?」
地べたから、また浮遊感。
飛ばされた痛みと着地の痛みが相まって、今まで感じたことのないような苦痛だった。
しばらく動けないでいると、魔物は私が死んだとでも思ったのか、私に背を向けて、どこかへと去っていこうとしている――のが、足音で分かった。
一方の私は、目を閉じてひたすら自分の中で逆転の方法を思い浮かべていた。
魔物は去って行こうとしている。
いきなり登場して、通り魔みたいに人を痛めつけて…。やられっぱなしじゃ、腹の虫がどうにも治まらなかった。
それだけの理由かは知らないが、私が感じていた痛みは、もう何とも無い気がする。
「…ま、て…っ」
逆転を目指しながら、私はふらつきながらも立ち上がった。