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 嵐の夜の濃さには際限がなかった。どこまでも深く闇がのしかかり、音は3倍増しになる。渦巻く風が頭の中までかき回し、不安をかき立てる。

 結香が少しでもリラックスしようとソファにもたれかかろうとしたとき、突風のように太い腕が身体に巻きついてきた。そのまま横倒しになり、熱い身体に囚われる。横たわった魚住の上に、結香が乗りあげる形だ。

 「何してるんですか!?」硬い胸板に手をついて、結香は少しでも身体を離そうとした。


 「いいから、じっとしとけ、って」結香の後頭部を掴み、胸に押しつける。

 「こうしときゃ、お前は寒くないし、俺もちっとは安心できる。この暗さだぞ。俺の気持ちもわかるだろ?」


 「でも、横にならなくたって……」結香はぶつくさ言った。


 「これからこの状態が何時間続くと思ってんだ?いいから力抜いて、目をつぶってみろ」


 魚住の言いなりになるのは気にくわないが、言うことはいちいちもっともだ。

 結香は観念して、頭を彼の胸に預けて目を閉じた。彼女の頭を押さえていた大きな手からも力が抜け、そのまま留まっている。頬の下の肌は温かく、彼の鼓動が聞こえる。男の匂いに包まれて、より一層親密な感じがした。


 こういうのって、普通恋人同士でするんじゃないの?いくら非常事態とはいえ、近すぎだろ。なんだかいろいろ間違っている気がする。

 だけど、これが本当に彼氏だったら……。仕事はできるし、顔もなかなかのもだ。おまけに身体は垂涎物。この太い腕にエスコートされて、いろんなところにデートに行ってみたい。プールなんかいいかも。

 でもそんなことになったら、彼の筋肉に見とれえて溺れるかもしれない。そしたら力強いストロークで泳いできてくれて、厚い胸に抱きあげてくれるかも。ああ……、もう死んでもいいや。


 結香はくだらない妄想に浸り、くたりと力を抜いた。

 頭に載った大きな手が、そっと髪を撫でる。


 運ばれたベッドで彼が頭を撫でてくれて、『結香を抱きたい』なんて言われたらどうしよう。硬い胸に私のやわらかい乳房が押しつぶされて、筋肉をまとった太腿に脚を開かされたら――。

 きゃあ。妄想のとんでもない暴走ぶりに、声なき悲鳴をあげた。ピンク一色になった頭の中をすっきりさせたくて、身じろぎして現実を引き入れようとする。


 「寒くないか?」


 なんだ、その声は?低くかすれていて、べったべたに甘い。どうした、魚住?恐怖で喉に変調をきたしたか?

 「いいえ。暑いくらいです」


 「嘘つけ。震えているだろうが」熱い手で背中をさすりだした。


 いいや、それは妄想が暴走してですね――。なんて言えるわけがない。心臓はドキドキ、頭はポー。そりゃあ、震えも出るだろう。

 彼を妄想劇場に登場させたのが間違いだった。こういう恋人同士の睦み合いみたいなことをされると、何度でも妄想の主役に躍り出る。勘違いした女性ホルモンが暴走して、今にも彼を押し倒しかねない。いや、すでに上に乗ってるし、身につけている衣服はあとわずかだ。いかん、いかん。このまま流されたら、えらいことになる。

 結香は、魚住がいかに嫌な奴か思い出そうとした。


 彼と初めて対決したコンペで、開始ぎりぎりに現れといて、謝罪ひとつなく堂々と座りやがった場面がやすやすとよみがえった。他のクリエイターがプレゼンする間、退屈そうに爪など眺めていた奴だ。結香の番が回ってきたとき、たまたまあいつが顔をあげた。あのとき鼻からもれた笑い声が忘れられない。全身の血が沸騰し、破裂するかと思ったくらいだ。あの場にいた全員の目が魚住に向いたが、奴は素知らぬ顔でそっぽを向いた。社長は弱った顔をしていたが、引き抜いてきた手前、魚住を諭すことはなかった。


 魚住を打ち負かすことを目標にして、もう1年になる。今でこそ魚住はみんなとうまくやっているが、あの当時はぎすぎすして、一触即発の状態だった。あれほど周りを見下していた魚住が変わり始めたのはいつからだろう?結香の宣戦布告を軽くあしらっていたはずなのに、意見し始めたのは何がきっかけだったのか?今夜、親切にされているのだって、意味がわからない。うるさい蠅を黙らせる作戦だろうか?それとも恋愛ごっこを仕掛けて堕とす暇つぶしのゲーム?記憶に残る魚住の行動に照らし合わせると、どう良心的に見たってろくな結論にしか至らない。


 過去を掘り起こす作業の効果はてきめんだった。ピンクのもやは吹き払われ、結香はもたれていた居心地のいい胸から起きあがった。

 







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