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結香は我が耳を疑った。“服を脱げ”?
やっぱりこの男は最低だった。暗闇の恐怖を忘れるために快楽を利用しようだなんて、人を馬鹿にするにもほどがある。こんな男を一瞬でもいい奴かも、と思ったのが悔しくて、声を荒げた。
「なんであんたの前で服、脱がなきゃなんないのよ!」敬語なんかくそ喰らえだ。
「風邪、引きたいのか」魚住がぶっきらぼうに言って、頭からTシャツを脱ぎだした。
結香は言い返すのも忘れて、現れた彼の肉体に見とれた。割れた腹筋に、すがりつきたくなるような分厚い胸。上腕二等筋が盛り上がり、黒いTシャツを剥ぎ取っていく。微妙な光り加減で、より凹凸が際立って見える。
そこでスマホが時間切れになり、結香は落胆に身もだえした。魚住渉はああ見えて、細マッチョだった。
次に魚住がスマホをタッチしたときには、目の前にTシャツが突き出されていた。
「さっさと脱いで、これに着替えろ。時間がもったいないだろ」言葉は乱暴だが、彼女のプライバシーに配慮して後ろを向き、それはそれは見事な背筋を披露しれくれた。
ずっと浸っていたい眺めだが、魚住にその気はまったくないようだ。自分が下劣な勘違いをしたことなど棚にあげて、垂涎物の筋肉を見い見い濡れた服をひっぺがした。
「スカートも脱ぐんだぞ。脱いだ服はこっちによこせ」
筋張った大きな手を突き出され、自分の手を載せたくなる。そこはぐっと我慢して、濡れたブラウスを載せた。
魚住は立ちあがって、衝立の上にブラウスを干した。
「もういいか?」ブラウスの隣りにスカートもならべると、背中を向けたまま彼が訊いた。
魚住のTシャツはぶかぶかで、太腿の半分まで隠れている。彼がいつもつけているコロンに混じり、男の匂いがした。
「どうぞ」彼の筋肉美を愛でながら、上の空での返事だ。
魚住がこちら向きになり、再びゴージャスな大胸筋がお目見えした。
ああ……、なんて素敵な胸!こんなときだというのに、なんという役得。台風ようこそ、疫病神ありがとう。
「そいつを返してくれ」魚住がさっき貸してくれた上着を指した。
「え!着るの?」あまりに名残惜しくて、つい言ってしまった。
魚住が目を見張る。
「このままじゃ、俺だって寒いからな」
そ、そうですよねー。あまりのばつの悪さに、頬が熱くなる。部屋が暗くてよかった。たぶん涎をたらさんばかりの顔もよく見えていないだろう。
「ありがとう」結香は上着を返し、うつむき加減に本日2度目のお礼を言った。
魚住が素肌に上着をはおり、結香がいるソファの真ん中辺りにどっかり腰を下ろした。心持ちこっちに身体をむけ、端に縮こまる結香を見ている。上着で大半の筋肉は覆われてしまったが、ちょい見えする筋肉もなかなか色気があっていいものだ。
「こっちこいよ」心惹かれるお誘いに、心臓が跳ねあがった。
「いえ、私はここで」本心はふるいつきたいところだが、たとえ筋肉だけとはいえ、彼に惹かれてしまったことを知られたくない。
「まだ髪も濡れているし、それだけじゃ寒いだろ?」
結香は彼のTシャツにむき出しの脚をストールで覆っただけだ。
「こっちもこれから暗闇の苦行に耐えるのに、誰かがそばにいてくれた方が助かる」
それを言われると弱かった。今夜、彼にどれほど助けられたか考えれば、そばにいてあげるくらい安いものだ。しかも、本音は大喜びである。
「わ、わかりました」
結香はいかにもしぶしぶといった感じで、間の50センチを埋めた。彼に触らないように背を伸ばし、真っ直ぐ前を見る。
「消すぞ」
そして部屋は真っ暗になった。