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「俺は馬鹿か!」たどり着いた裏口の重い扉の前で、魚住が膝に手をついて自分を罵った。
10分前だったら、はい、そうですね、と同調していられたが、今はかけらもそんな気になれない。
「どうしたんですか?」結香には彼が何に絶望しているのかさっぱりわからなかった。
「電子錠だ」
頑丈な鉄の扉の横に、パスワードを打ち込む四角い端末がついている。これでは電力が回復しない限り、外に出ることは叶わない。
彼と同じ絶望に呑まれて、魚住と目を合わせた。
彼も結香を深刻な目で見ていた。
「バッテリーを節約しないと」魚住がつぶやく。
スマホのライトが消え、待ちうけの頼りない明かりだけになった。
「上に戻るぞ」結香は未だ途方に暮れているのに、すでに魚住には次の計画があるようだ。彼女の手を引いて、非常階段に戻った。
明かりは小さかったが、上りはくだりより楽だった。
魚住が彼女の後ろをついてくる。今度は先に行くように言われ、彼が行きも帰りも結香が足を踏み外した場合に備えていたことに気づかされた。大嫌いだと思っていた相手に優しくされ、おかしな気分だ。自分を嘲笑った男を許したくないのに、そんなことはどうでもいいような気になってくる。
5階のオフィスに着いたのはそれから間もなくだった。スマホがバッテリー切れにならなくて、やれやれだ。外の嵐は勢いを増し、風のうなる音がひっきりなしに聞こえていた。
「これからバッテリー節約のためにスマホの電源を切る」応接用のソファに落ち着くと、魚住が重大宣言をした。
こっちはそれでもかまわないが、暗所恐怖症の彼は大丈夫なんだろうか?あれからずいぶん経ったような気がするが、夜は始まったばかりだ。外の台風も一向に止む気配はない。
「そんなことして怖くないんですか?」
魚住が強張った笑みを浮かべた。
「目をつぶっていると思うことにするよ。それより」彼が向かいのソファからこちらに移ってきた。
「その濡れた服を脱げ」
調べたら、暗闇が怖いのは閉所恐怖症ではなく、暗所恐怖症というそうです。