突然の不幸
秀樹くんのお母さん、美沙子さんがこの三年冬休みに秀樹くんを連れて
神戸の実家に帰っていました。
「どうも神戸のお母さんの病気が重いようなんだよ。
もしものことがあったらと思って秀樹を連れて
神戸に行きなさいと言ったんだよ」
「そんなに悪いのかい?」
「一昨年に癌が見つかって手術したんだよ。
それから抗がん剤での治療をしているよ」
「長崎から神戸は遠いからね。おみっちゃん、実家によく帰してあげたね」
「治療を続けて三年だからね。今、危ない状態だから秀樹の顔を見せようと
思って神戸に帰したんだよ。昨日、うちに電話かけてきた時に病院の先生から
覚悟してくださいって言ったんだよ。もう危篤状態だから息子が今朝早くに
神戸に行ったよ」
信じられません。
癌という悪魔はどこにでも潜んでいるのですね。
「川添夏子さんが癌で亡くなったそうだよ。まだオレより若いのに」
川添夏子さん、正也とは年が近い40代でこの世を去りました。
最後まで女優さんの仕事を全うして仕事復帰を決めた矢先の出来事でした。
「癌という悪魔は誰でも命を落とすようにするんだね。
本当に憎いよ。生きていた時の夏美さんを返してほしいよ」
「女房に先立たれるのは辛いな。夏子さんのご主人が気の毒だな」
「本当だね、夏子さんは子供さんがいなかったからね。
せめて形見に子供が授かったらよかったのにね」
本当にそうです。
残された者は悲しみが残るものです。
「母さん、秀樹くんのおばあちゃん大丈夫かい?」
「神戸にいるおばあちゃんのことかい?
それなら今日おみっちゃんに聞いたけど危篤状態だって」
「それは大変だな。人間には寿命があるのかな?
夏美の時につくづく思い知らされたよ」
「正也、母さんもいつあの世からお迎えが来るかわからないからね。
それまでにひとみとありさを育てていくよ。
あの子たちが大人になるまでは死ぬに死ねないからね」
本当にそうです。
正也の言うように私のように年老いた者はお迎えが来ても不思議はありません。
だけど、美沙子さんのお母さんはまだ私より若い60代です。
60代でのお迎えはまだまだ早すぎます。
夏美さんでさえ早すぎだと思いました。
そんな時でした。
家の電話が鳴ったのは・・・。
「もしもし?」
「もしもし、すずちゃん」
「おみっちゃん、どうしたの?」
「たった今、神戸から電話があって嫁のお母さんが亡くなったそうだよ。
今日のお昼ごろに眠るように息を引き取ったそうだよ」
「それは大変だったね。お嫁さんの様子はどうなんだい?」
「やっぱり母親が亡くなったのはショックだったんだね。
精神的にまいっているよ。
今夜、仮通夜して明日お通夜で明後日が葬式をするそうだよ」
癌という悪魔は、また一人の命を奪っていきました。
残された家族はこの悲しみを受け入れまければいけません。
美沙子さんはどんな気持ちでいるのでしょうか?
その後、水沢先生からありさの担任の朝倉先生に連絡をしました。
そして学級部長をしている山本幸子さんにも連絡しました。
山本さんから「葬儀に間に合うようにお花を手配します」と言ってくれました。
そして、お葬式が終わり初七日が終わった後秀樹くん家族が帰ってきました。
「お帰り」
「ただいま、母さん」
「美沙子さん、母さんはここにもいる。
これからもうちのばあさんがおまえの母さんだ。
辛いことあったらばあさんに言いなさい」
「ありがとうございます、お義父さん」
これで美沙子さんの悲しみが癒えてくれることを私は祈っていました。
「夏美さん、あなたもお母さんを早くに亡くしたから美沙子さんの悲しみ
わかるわよね?そう、気持ちがわかるから静かに見守ってあげてって
言いたいのね?わかったわ、あなたが言うように見守っていくわ」
私は家の仏壇でひたすら夏美さんに問いかけていました。
今の私には美沙子さんのお母さんの冥福をひたすら祈るだけですから。
私もいつかはお迎えが来るかもしれません。
それまではひとみとありさを育てていくことが私の使命です。
夏美さん、まだまだお迎えは先になるけど子供たちが大人になるまでは
生きていくつもりでいるから。
あなたも空から静かに見守っていてちょうだいね。