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9 ナイスナイフ!

 枕をぶち込まれたガキは、綺麗な放物線を描いて兄貴の元へと吹っ飛んでいく。鼻でも砕けたのだろうか、ボロボロになった体が血の雫の軌跡を描き、地面を赤く染め上げた。


「あ、ば……」


 無様に叩きつけられ、そしてピクピクと体を痙攣させる。命に別条はなさそうだが、眼の焦点は合っていない。涎が際限なくダラダラと口から漏れ出ていた。


「なんだ、一発ブチこんだだけだってのに随分軟弱だな。こいつもゆとり教育の弊害ってやつか?」


 す、とアカツキは血にまみれた枕を下ろす。


「口ばっかり達者で、中身がちっとも伴っていねえ」


 あの枕は、アカツキのトリアルだ。

 武器としても不適格──それ以前に、持ってそのまま叩きつけるというひどく原始的な使い方しかしていない。こんなの、中高生の修学旅行先でしか見られない光景だろう。


 だというのに、オレのいくらか先で横たわるガキは見るも無残にボロボロで、頭部への一撃だとか、吹っ飛ばされて叩きつけられたとか、そんなんじゃ説明できないほどに体にダメージを負っていた。


「おィおィ……! おっさん、まともに喰らったはずだろォ……!?」


「枕って便利だよなぁ……。大抵の衝撃は無効化しちまうんだ」


 おそらく、当たる瞬間に能力で枕を作り出し、クッションとしたのだろう。吹っ飛ばされてすぐに消して、そのまま狸寝入りを決めていたって寸法だ。


 ……このオレがボロボロになっていたというのに!


「アカツキぃぃぃ! てめぇ! ふッざけんじゃねえぞコラァァァァァッ!」


 オレが叫んだのと、クソ兄貴がナイフを投げたのはほぼ同時。

 視界の端から銀に閃く一条の光がアカツキへと迫り、その黒いコートを赤く染め上げんと喉元に食らいつこうとする。


「甘ぇよ」


 ぽんっといい音がして、枕がアカツキの目の前に現れた。

 ぽすっとナイフが突き刺さり、枕と一緒に地面に落ちた。


「──《クラクラマクラ》」


 虚空から浮き出た枕をアカツキはひっつかみ、お返しだと言わんばかりに兄貴へと投げつける。メジャーリーガーも真っ青になるほどきれいなフォームで投げられたそれは、重力を無視したかのように水平に飛んでいった。


「ちィッ!?」


 兄貴が紙一重で避ける。

 ばふん、と布団たたきみたいな音がして、枕が消え去った。


「アカツキ! てめえ、なんで今まで動かなかった!? 場合によっちゃてめえからぶっ飛ばすぞコラァ!」


「あのクソ兄貴の能力を知るためだ。長い間観察出来て助かったぜ」


 さらりと言いやがった。

 本能のオレがいますぐこの場でぶちのめせと囁き、理性のオレがあとでゆっくり全力でぶちのめせと囁いていた。


「見ててわかったが、あいつのトリアルは『多種多様な刃物を作り出す』能力らしい。だが、刃物そのものに特殊効果があるわけじゃないようだ」


 冷静になって、どうにかこうにか自分を押さえつけ、アカツキの言葉に耳を傾ける。

 たしかに、何十回と切り付けられたけど、オレの体には切り傷しかない。


「つまり、物を作るタイプのトリアル。それも、かなり弱い部類のな」


「枕に言われたくはねェなァ~?」


 トリアルは大きく三つに分類することができるという。

 オレの《ライクライクストライク》のように自身をなんらかの形で強化するトリアル、ガキの《テクテクアーキテクト》のように分類が難しいトリアル、そして最もメジャーな──アカツキの《クラクラマクラ》やこのクソ兄貴のナイフのようにモノを作り出すトリアルだ。


「おい、トモ。意識はあるか?」


「あ、ば、うぁ……あに、き?」


「……枕でやられたにしては状態がひでェな。これがてめェの能力か」


「さあな?」


 意識がもうろう──いや、クラクラ(●●●●)しているのだろう。

 ここまで見れば誰だってわかる。

 アカツキのトリアルは、『当たった相手をクラクラさせる枕を作り出す』能力なのだ。


「破壊力こそそれほどでもねェが、かすっただけでもこうなっちまうんだとしたら相当厄介だよなァ。まさしく、俺たちを捕まえるためだけにある能力みてェだ」


「あ、にき……おれ、まだ……」


「休めって。十分やってくれたよ。……ああ、そうか。そっちか。……今回だけの特別だかんな?」


「あ、りがと……ぎゃぁぁぁぁああっ!」


 何を思ったか、クソガキは兄貴からナイフを受け取って自分の腕に突き刺した。

 鮮血がほとばしり、びちゃびちゃと赤い水たまりをその足元に作る。血なまぐさい香りがより強くなり、気持ちのいい昼下がりをサスペンスな環境へと変えた。


「あっ、あっ、ああああっ!」


「……なにやってんだ?」


「……本当は俺も認めたくねェけどよォ。自分が意識を失ったらこの壁も消えちまうからって」


「俺の能力から意識を保つために、か。まぁ、根性だけは認めてやるよ」


 クソ兄貴はガキを抱きかかえ、そっと壁にもたれかけさせる。


「……俺がおめェらを切り刻む瞬間を、眼に焼き付けたいんだとよ。だから──」


 クソ兄貴の目の前に、大きなナイフが現れた。


「──死ね」


 投擲される刃渡り数十センチはあるビッグナイフ。

 銀の光を閃かせ、ぐるぐると回転し、馬鹿の一つ覚えの様にアカツキの首元へとつっこんでいく。


「《クラクラマクラ》」


 アカツキはそれを中空で撃墜し、一歩踏み込む。

 が、同じことを相手も考えていた。


「そらァ!」


 すでにアカツキに接近していたクソ兄貴が取り回しのよさそうなナイフを突き上げる。一切の躊躇もなくそれはアカツキの目玉に向かったが、ギリギリのところでアカツキはそれを避け、上体を反らしたまま下半身をひねった。


「《クラクラマクラ》!」


「ごっふゥ……!」


 蹴りだ。

 脇腹を狙った鋭い蹴りだ。

 しかも当たる直前、ヤツの体と自分の足の間に枕を出現させてぶち込みやがった。


「へ、へへ……頭じゃなけりゃ、一撃で持ってかれることはねェみたいだな……!」


「いってろ」


 アカツキの動きは止まらない。あっという間に距離を詰め、固く拳を握って殴り掛かる。クソ兄貴はナイフで応戦するも、悲しいかな、ナイフがたくさんあったところで肉弾戦にはアカツキに分があった。投げナイフによる攻撃も全部枕で防がれる。


 枕をもったヤクザがナイフを持った不良に襲い掛かっているという非常にシュールな光景だが、その迫力は断じて不良の喧嘩だとか、ヤクザの抗争だとかの比にならない。


 むんずとつかまれてぶちこまれる枕の一発一発に明確な殺意がある。能力名もビジュアルもクソだせえけど──アカツキは、強い。


「がァっ!?」


「意外と大したことねえな?」


 枕ばかりに気を取られていたクソ兄貴が、重い一撃を受けて吹っ飛ばされた。後に知ることになるが、アカツキの靴には鉄板が仕込まれているそうで、まともに喰らうととても立ち上がることはできないらしい。


「好きなのを選べ。今ここで俺にぶちのめされるか、大人しく投降してやらかした罪を償うか」


「やらかした罪、だァ? 俺ァ、社会のゴミ掃除をしただけだぜェ?」


「ざッけんじゃねえぞコラ! てめえ、オレの指をぶった切っといて何言ってやがる! クズの分際でデカい口叩いてんじゃねえぞクソがッ!」


「優奈、お前は黙ってろ。少なくとも、無様に地べたに這いつくばってるやつが言うセリフじゃねえだろうが」


「うっせえぞ! 誰のせいでこんなことになったと思っているんだコラァ!」


「てめえの実力不足だろ?」


「あ゛あ゛っ!? もういっぺん言ってみろよクソがッ!」


 立ち上がろうとする。

 が、立ち上がれない。当然だ、オレの美しすぎる体は、今や切り傷だらけでとても見れたものじゃなくなっているのだから。特殊な性癖をもつクソどもなら、今頃鼻息を荒くしてチャックを降ろしているに違いない。


 ……想像しただけで腹が立ってくる!


「なァ、お前ら仲間じゃねえの?」


「部下だ。そして、お前が気にする必要はない」


「そうか……よっ!」


 クソ兄貴はまたも大量のナイフを投げた。

 こいつの攻撃は一辺倒で、見ているだけで腹の底からイライラしてくる。なんでこんな能無しが、オレの美しい肌に傷を負わせられたというのか。せっかく温泉できれいにしたっていうのに。冗談抜きで、こいつは無間地獄に行くべきだろう。


「……いい加減、学習してほしいもんだ」


 無数のナイフに呼応するかのようにいくつもの枕が瞬時に浮かび上がり、正面から迫るそれを受け止める。が、それでなおクソ兄貴は笑っている。


「上のナイフは落とさなくていいのかァ?」


「あたりもしねえナイフをどうしろってん──!?」


 ナイフがログハウスになった。

 大きな大きなログハウスだ。緻密で丈夫そうな木材を使っているのだろう、その重量感はたくましくもあり、家という概念的なそれが持つ安心感を倍増させている。


 だがしかし、太陽をすっかり覆ってこちらへと迫ってくるさまは、ただひたすらに恐怖感をあおってくる。


「枕じゃこいつは受け止められねえよなァ!!」


「ほう、事前にナイフに足跡を付けていたのか。──そうだな、枕じゃ受け止められないな」


「てめえ、どこ触ってやがる!?」


 アカツキがオレの体を持ち上げた。

 オレの腰に手を回し、髪の毛をむんずとつかむ。

 ガッと引っ張られた先に見えたのは、ログハウスに備え付けの、鳩のモチーフがついたウッディなポストだった。


「──死にたくなければやれ。ちったぁ役に立って見せろ」


「クソがクソがクソがクソがァァァッ! 《ライクライクストライク》!」


 頭をむんずとつかまれ、そのままログハウスにたたきつけられた。

 オレの素晴らしすぎる能力は、今回も問題なくその力を発揮し、目の前のものを粉々にぶっ壊していく。


「後で覚えてろよクソがあああああッ!」


「おお。こりゃ便利」


 サングラスのゲス野郎は、オレをぶんぶんと振り回してログハウスの解体作業に入った。視界が何度も暗転し、頭を容赦なく壁にたたきつけられる。粉塵が目や口に入り、たいそう気持ちが悪い。加えて、ひどく屈辱的だ。痛くはないが、ただただ怒りだけが募っていく。


 このゲス野郎は、人をいったい何だと思っていやがるんだ? オレのキュートなおでこを、ハンマーか何かと勘違いしているんじゃああるまいか?


「残念だったな。チェックメイトってやつだ」


「うわァ……さすがにドン引きだぜェ……あのねーちゃんに同情するわァ……」


 アカツキはぽいっとオレを放り出し、呆然としているクソ兄貴に枕を突きつけた。さすがにあの状態をこんな風に切り抜けるなんて、想定外だったらしい。

 それが普通の人間の感性だと思うし、オレだってちょっと信じられない。


 ……もしかして、このクソ兄貴とつるんだほうが精神的にいいんじゃあないだろうか?


「ずいぶんと余裕があるな? 事実上、俺は無傷でてめえはボロボロ。勝ち目なんて万が一にもないだろうに」


「余裕ぶってんじゃねえ! せっかく近くにいるんだからぶっすりやっちまえ!」


「おい。それはどっちに言ってるんだ?」


 知るか。てめーの胸に聞きやがれ。


「まあいい。とりあえず、気絶させる前に聞かなきゃならんことがある」


「ほォ?」


「てめえの能力名だ。おっと、下手なそぶりを見せたらすぐに枕をぶち込む。勘違いするんじゃねえぞ、今時間の猶予をやっているのは後の仕事を楽に進めるためだ。俺としては別に、今この場で止めを刺してやってもいいんだぜ」


 油断なく枕を構えたまま、アカツキは尋問を始める。


「能力名……能力名ねェ? なんだったっけなァ?」


「今すぐぶちのめされたいらしいな?」


 まァまてよ、とクソ兄貴は肩の力を抜き、だらりと足を投げ出す。


「なァ、世の中って理不尽だと思わねェか?」


「あ?」


「いやさァ。俺もこう見えて昔はちゃんとしてたやつだったんだよ。信じられねェかもしれないけど、医学部で特待生だったんだぜ?」


 それが今や、不良の典型みたいな恰好をして人殺しまでしている。まるで他人事のように話し出すクソ兄貴の眼は何かを諦めきっているようであり、乾いた笑みを浮かべていた。


「ナイフの能力に目覚めたのも、実習で何度もメスを握っていたからだろうなァ。いや、飲食のバイトをいくつも掛け持ちしていたからかもしれねェ。へへ、居酒屋って意外と儲かるんだぜ?」


「だからどうした」


「……人がどんなに頑張っていてもよ、報われないことってあるんだよ。こっちがヒイコラいいながら汗水たらして生活費を稼いでいるって言うのに、他の連中は親の金で遊びほうけていやがる。面倒臭ェことは全部人任せで、悪いことがあったら全部人のせいにする。頼りになるはずのルールも、金で捻じ曲げられた。散々期待させるだけさせといて、裏ではボロクソに叩き、ボロ雑巾のように使い倒してあとはしらんぷり……ははっ、笑えるよなァ?」


「……」


「力に目覚めたときはうれしかったなァ……。だってこれ、証拠が残らねーんだもん。その時点で俺は悟ったね。世の中力だって。金なんかいらねェんだよ。欲しいもんは全部力で奪えばいいって」


「その結果がこのザマか」


「まァまァ。そう急ぎなさんな。……でさ、力を手に入れた俺は好き勝手しながらあてもなくフラフラ~ってしてたんだよ。そしたら、力を持っちまったせいで泣いているガキを見つけちゃってさァ。もう、なんか頭をぶん殴られた気分だったね!」


「あ、にきぃ……」


 瀕死の状態のガキが少しだけ声を上げた。そのガキが誰を指すのかは、言わなくてもわかることだった。


「世の中さ、理不尽すぎるんだよ。力がなきゃ困るし、力があっても困る。そうなったらもう、俺自身が確固たる意志をもってそれを貫かなきゃならねェ。理不尽には、それ以上の理不尽で立ち向かわなきゃならねェ。例え何があろうと、俺たちだけは許されるべきなんだ」


 すぅ、とクソ兄貴は息を吸う。もしオレが動けていたのなら、三人纏めてぶん殴っているタイミングだ。


「……でもさ、やっぱりそんな生き方もつらいんだよ。世の中、俺たちだけで成り立っているわけじゃねェ」


「てめえはさっきから何が言いたいんだ? 露骨な時間稼ぎにも、いい加減飽きてきたぞ?」


「……もしも(●●●)


「あん?」


「もしも、世の中善人ばかりだったら? もしも、世界に平和が満ちていたら? もしも、全て俺たちの思い通りになるんだとしたら? やっぱさ、究極的に住みやすい世界ってのはさ、『もしも』の世界でしかありえねェんだよ」


「……」


 アカツキは枕を振りかぶろうとした。

 クソ兄貴はその枕を手で優しく押さえ、それを止める。


「能力名、だったよなァ──俺の能力は、そんな『もしも(if)』を、酷く限定的に再現する能力だ」


 ぞくっと背筋に寒気が走る。あたりの空気がにわかに重くなり、クソ兄貴からは形容しがたいプレッシャーが発せられた。まるで全身にナイフを突きつけられたかのような、傷口がシクシクと痛む、悍ましい殺気だ。


「枕をぶちこむ──もしも(●●●)、そんな未来は訪れないのだとしたら? もしも(●●●)俺がお前を切り裂く未来が訪れるのだとしたら?」


 クソ兄貴は枕を握りかえし、面前に掲げてにいっと唇をゆがめた。




「それってすっごく、『素敵(nice)仮定(if)』じゃね?」




──世界がしん、と静まり返り、一瞬が永遠になる。






「これが俺の能力ゥ!」


繰り返し、言い換えて、再び断言する。


因果(みらい)切り裂く虚刃影(きょじんえい)! 《イフイフナイフ》!」






「なんだと!?」


 アカツキの能力でできたはずの枕が大ぶりのナイフとなった。渾身の力で握りしめていたのであろうアカツキの手の平に、逆に刃がずぶずぶと沈み込んでいる。


 それは人差し指と中指の間を親指の近くまで切り裂いていた。優しく枕を掴んていたはずのクソ兄貴が、ナイフの柄を持って切り裂いているのだ。


「ぐッ!」


「ひゅゥ! いい声あげるじゃねェか! 想像以上に『素晴らしい刃(nice knife)』だったな!」


 つい最近聞いた、アカツキの言葉を思い出す。


 ──トリアルは、一回でも名乗りを上げないと全力を出すことができない。


「《クラクラマクラ》──なにィ!?」


 アカツキは瞬時に手を引き抜き、枕の盾を出す。

 しかし、先ほどまでは相殺していたはずの枕は、今度は簡単に引き裂かれ中のふわふわの羽毛をあたりにまき散らした。


 それもそうだ。

 だって、さきほどまでのクソ兄貴は本気を出していなかったんだから。


「腹を抱えて笑いそうだったぜ! 俺をみたトリアルはみんな俺のことをモノを作り出すタイプのトリアルだと勘違いしやがる! 特殊能力も何もない、本当に何の変哲もないナイフを出すだけ(●●)の能力だと勝手に決めつけやがる! なんでもっと『もしも』のことを考えねえんだろうなァ!?」


 しかも、アカツキは重大な勘違いをしていた。

 こいつはモノを作るタイプのトリアルじゃなくて、分類できない特殊なタイプのトリアルだ。少なくとも、そうでないと枕をナイフに変えるという現象の説明ができない。


「たかだか枕が、ナイフに敵うわけねェだろうが!」


「うるせえ。ようやく俺の足もとにたどり着いたってだけじゃねえか」


 アカツキの左手はもはや使い物にならないだろう。血がダラダラとたれていて、見るからに痛そうだ。悲鳴の一つも上げない点だけは、称賛に値すると思う。


「おらぁ!」


 枕がぶんとうなり、クソ兄貴に迫る。


「あらよっと!」


 ナイフがひらめき、枕が引き裂かれる。


 激しい肉弾戦。お互い、やるかやられるか、それだけだ。


「……てっきり後ろからナイフを投げるだけだと思ってたが、肉弾戦もそこそこ慣れてるな」


「さっきまではハンデのつもりだったからなァ。それでも微妙に、アンタのほうが肉体だけなら上みたいだ。……その上そのコート、妙に刃が通りにくい」


「……まさかッ!?」


 アカツキは驚愕の表情を浮かべた。

 クソ兄貴は腹立たしい笑みを浮かべた。


「もしも、そのコートがなかったらどうなるんだろうな? ──《イフイフナイフ》!」


 防刃仕様のアカツキの黒コートが消え失せた。

 いや、正確に言えば三振りのグルカナイフとなって地面に落ちている。


「こいつはナイフを作り出す能力なんかじゃねえ……! それはあくまで、能力の一部(●●●●●)……!」


「その通りィ!俺の能力は、モノを刃に──ナイフに変える(●●●)能力だ! なァ、ナイスナイフ(●●●●●●)だろ!?」


 それはどっちの意味で、と思わず聞きたくなる。相変わらず、トリアル能力はクソ寒いダジャレみたいだ。


「……さっきログハウスを落としたのも、ナイフに足跡を付けたんじゃなくて、足跡から出したログハウスをナイフにして、能力を解除したのか」


「正ェ解! あんなちっさい投げナイフに足跡なんてつけられねェってーの!」


 話ながらも、二人の攻撃は止まらない。


 アカツキが枕を持って殴り掛かる。


 クソ兄貴がさっと避けて懐に潜り込み、脇腹をさっと切り裂こうとしたところで──頭上から枕が落とされる。


 羽毛が舞った。


 黒く長い足がクソ兄貴の頬をとらえる……前に、いつの間にかその先にナイフが出現した。


 足が引っ込む。


 両者とも、一瞬で距離を取った。


「楽しいなァ! 楽しいなァ! ホームレスのおっさんよりよっぽど戦い慣れてやがる!」


 一進一退の攻防。されど、押しているのはクソ兄貴のほうだ。

 いくらアカツキの身体能力が高いと言えど、ナイフはかすっただけで出血に至ってしまう。しかし、枕はかすった程度ならなんとか耐えきれてしまうのだ。長引けば長引くほど、アカツキは不利になる。実際、クソ兄貴もボロボロになってきているとはいえ、アカツキはそれ以上に血まみれで、十人いたら九人がアカツキの不利を悟るだろう。


 しかも──


「《イフイフナイフ》!」


「チィッ!」


 アカツキの武装である枕が、超小型のナイフへと変えられる。当然、持っていたはずのそれはするりと手から落ち、アカツキの攻撃は空振りに終わった。

 あの能力、攻撃よりもむしろ防御性能が凶悪だ。


「自慢の武器(トリアル)も、形無しだなァ!? 俺にかかれば、マシンガンだろうと戦車だろうと、戦艦だってナイフにできちまうんだぜェ!?」


「ペラペラペラペラうっせぇんだよ! 少しは黙ってろクズ野郎が!」


 ──これはいささか、問題だ。ちょっと矛盾するようだが、こいつにアカツキを倒してもらっては困るのだ。そりゃあ、立てないくらいにボコボコにした後で相打ちになるのなら大歓迎だが、オレがアカツキをぶん殴る前に殺されてしまったら、オレは一生後悔してしまう。


 なにより、オレを無視して戦っている二人にすっげぇ腹が立つ!


「こっち無視してんじゃねぇぞコラァ!」


「ああいってるけど、どうするんだァ?」


「俺に聞くんじゃねえ! 無視すりゃいいだろうが!」


 何かがブチ切れた。


「上等だコラァ……!」


 もしもの世界──なるほど、確かに理想的だ。こんなクズやクソどもがいない世界があれば、いったいどれだけ幸せだろう。世の中みんな、オレのような善人ばかりだったら、なんてステキなことだろう。


 クソ兄貴が話した内容に、少しだけ賛同できるところがある。

 世の中、理不尽が多すぎる。そして、オレだけは許されるべきなんだ。


「……」


 気づいたことがある。クソ兄貴はモノをナイフに変える能力だと自分で言ったが、変えられないものもあるようだ。


 アカツキが枕で攻め切れていないのは、枕をナイフに変えられることを恐れているから。逆に言えば、ナイフに変えられないもので攻撃すれば、あんなやつなんて遅るるに足りないってことになる。もっと言えば、遠距離からナイフに変えられないもので攻撃すれば、ヤツをカモ撃ちに出来るってわけだ。


「たのむぜ、オレ」


 拾い上げたそれを、掌の上に乗せた。

 全部で五つ。弾数としては十分だろう。

 片目を瞑り、弾と的とを視界で重ねた。


「アカツキ! そこどけ!」


「優奈──チッ! わかったよ!」


 アカツキもその可能性には気づいていたのだろう。だからこそ、オレをみてすぐさま身を引いた。


「なん──?」


 クソ兄貴がこっちを見て目をかっ開いた。


 でも、もう遅い。


 奴の敗因は──このオレを傷つけたことと、このオレを無視したこと、そして、このオレを侮ったことだ。


「てめェェェェェ!」


「くたばりやがれ! 《ライクライクストライク》!」


 ヂッという奇妙な炸裂音。何かが空気を切り裂いた甲高い音。右の中指に伝わる確かな感覚。


 デコピンで弾かれたそれは、まっすぐクソ兄貴の腹へと向かっていった。傍から見れば子供の遊戯にしか見えなかっただろうが、それはクソ兄貴の腹を貫通する。


「ごフッ……」


 指でつまめる程度のそれとはいえ、必殺の威力で打ち出されたものだ。むしろ、それだけ小さかったからこそ、拳銃と遜色ない威力を生み出したともいえる。


「て、めェ……ガァッ!?」


「汚ぇツラ見せつけてんじゃねーぞクソがっ!」


 二発目。三発目。腹を撃ち抜かれてなお迫ってくるクソ兄貴の両足を撃ち抜き、地面に這いつくばらせた。これでようやく、ヤツと目線が同じになる。


「正気じゃねェ……んでそんなことが出来るんだよッ!?」


 オレの掌に乗っているそれをみて、叫んだ。


「なんで自分の指(●●●●)を撃ちだしているんだよッ!?」


「てめえをぶちのめすために決まっているだろうが!」


 ヤツの能力には決定的な弱点がある。それは、人を──生物を変化させられないということだ。


「おかしいとは思ってたんだ。もしも(●●●)なんでもナイフに変えられるのなら、オレたち自身をナイフに変えれば一発で片が付くだろ?」


「……!」


「それができないってことは、少なくとも人をナイフに変えることはできないってことだ」


 当然、オレの体の一部であった、切り落とされた指もナイフには変えられない。


 ヤツの能力は有効射程も発動条件もめちゃくちゃな癖に、変なところで制限があった。オレの十分の一でも知能があれば、もっと有効活用することができただろうに。


 今やクソ兄貴は息も絶え絶えな状態で無様に地面を舐めていた。




 ──もしも、あの瞬間に少しでもオレに注意を向けていたら、勝負はどうなっていたかわからない。


 ──もしも、アカツキの生死をきちんと確認して、止めを迅速にさしていたのなら、オレはここにはいなかったかもしれない。


 ──もしも、最初から二人でオレたちと戦っていたのなら、オレに勝てる可能性がないわけではなかったかもしれない(●●●●●●)




「チク、ショォ……!」


 でも、ぜんぶ『もしも』の話だ。

 そんなありもしない仮定の話にすがる考えをしている時点で、このオレには絶対に勝てない運命だった。それはもう生半可なifでは覆らない確定事項だ。その結果が、この虫けらみたいな愚かで哀れな姿なんだ。


「おいアカツキ。ちょっと手を貸せ」


「あ?」


「いいから。そうすりゃさっきまでの態度は不問にしてやらなくもない」


「チッ。面倒くせえなあ……」


 アカツキに支えられ、オレはクソ兄貴の元へと行った。すでにヤツの両腕は打ち抜いているから、ナイフを振うことなんて出来はしない。


「……おい、オレが何を言いたいのかわかるか?」


「さァな──がフッ!?」


 能力を使わないで顔面をぶん殴った。

 鼻が折れ、血が飛び散る。


「オレは、『ごめんなさい』をきちんといえるヤツが好きなんだ」


「クソ喰らえ」


 ぱぁん、とはじける音がした。全力の平手打ちなんて結構久しぶりだ。

 手がにちゃにちゃしたものにまみれたけど、気分だけはスッキリする。


「落とし前をつける。いいな?」


 返事を持たずにヤツの左手を持つ。

 片手しか使えないから、すこぶる持ちにくい。

 なんとかかんとか持ち上げて、自分の口元へとあてがう。


 が、そこですっかり忘れ去っていた役者の一人が声を上げた。


「や、めろぉ……! あに、きに、さ、わる、な……!」


 クソ兄貴に隅っこに安置されていたガキだ。顔を血と涙でぐしゃぐしゃにしながらも、懸命に兄貴をかばおうとこっちにやってこようとする。

 その姿はまるでいもむしのようで、酷くみじめだ。


「……頼む。俺に何してもいいが、あいつだけは助けてやっちゃくれねェか? 今までだって、殺しは全部俺がやったんだ」


「……約束する。お前らの、そういうところだけは結構好きだったぜ」


 意識を朦朧とさせながらも這いずるガキを見て、兄貴が懇願した。

 この気持ちを、どうして他の人間にも持つことができなかったのか、不思議でならない。


「《ライクライク──」


 大きく口を開く。兄貴の指を、オレの口へとつっこんだ。


「──ストライク》!」


「ああァァアぁぁぁアアァァッ!?」


 必殺の威力でオレはそれを噛み千切った。

 ぶちんといい音がして、口の中いっぱいに鉄さびの味が広がる。いや、もとから結構その味がしてたんだけど、もっと新鮮な、文字通り血なまぐさい味だ。


 クソ兄貴はその激痛のあまり、動かないはずの体をビクンビクンと跳ねさせて身もだえする。体にあいた風穴から血がドバドバと漏れ出て、ヤツの服を真っ赤に染め上げていった。


「つくづく女子高生とは思えねえな」


「ほっとけ」


 ぺっと五本の指を吐き出した。

 正直食べていておいしいものでもないし、なんか気分悪くなってくる。

 つーか、五本いっぺんはやりすぎだった。口の中パンパンになっちまったし、噛み切った瞬間暴れられてのどに詰まりそうになった。


「じたばたするんじゃねえ! もう片方が残っているんだ!」


「ハァァァァァ!? 俺片手しかやってねェだろうが! 調子こいてんじゃねェ!」


「やられたら倍返しするのは当然だろうが! それとも何か? てめえは万引きしても金を払えば許されるとでも思っているのか? いいか! 悪いことをやったら、その償いをしたうえで罰を受けなきゃいけないんだよ! これからやる分は、このオレの体を傷つけたことに対する罰だっ!」


 能力を使って無理やり腹を殴りつけ、物理的に動けなくする。

 よたよたと反対側へと移り、右手をもった。

 このオレというめったにお目にかかれないべっぴん女子高生に指を舐めてもらえるなんて、むしろ、感謝してほしいくらいだ。


「《ライクライクストライク》」


「──あアぁアあアァァァッ!?」


 それに、オレもさすがにそこまで鬼じゃあない。ぶちんと噛み千切ったのは、今度は小指だけ。モノを掴むのには難儀するだろうけど、生きていくうえで最低限のことはできるはずだ。


 ああ、なんてオレは優しいのだろう。若くして左手の指を全部落とされた悲劇の美少女なのに、相手の罰は利き手の小指一本で許してあげているのだから。こんなこと、慈悲の女神でも出来はしない。


 ──まぁ、全部くわえるのは気分的に嫌だったってだけなんだけど。


「ああああ……! クソ痛ェェ……ッ!!」


 クソ兄貴の手からはとめどなく血が流れ続けている。

 能力が使えたとしても、もう左手じゃ物理的にナイフは握れないし、右手じゃ握れたとしても力を込めることができない。これはもう、完全に決着がついたと言っていいだろう。


「……こいつはもう処理済みってことでいいか」


 が、そうは思わなかった人間がいた。


「《クラクラマクラ》」


「──あ」


 アカツキは能力で枕を作り出した。

 真っ白な、修学旅行先でよく見るつかみやすそうな枕だ。

 傷ついた左手をぶらぶら下げながら、無事な右手でそれをしっかり持ち、まだかろうじて動けていた──ガキの頭にたたきつける。


「「──は?」」


 鈍い音がして、ガキの体がバウンドした。

 たぶん、この場にいた人間の誰もがその行動を予想できていなかったのだろう。攻撃されたガキ自身も、その瞬間はポカンとした顔で、何が起きたのか理解できていなかったに違いない。


 アカツキのトリアル──《クラクラマクラ》はおそらく、ストレートに頭にぶち込むことで最高の威力を発揮する。それが不意打ちならなおさら、その効果は大きくなるのはある意味では当然のことだった。


「ト、トモぉぉぉぉ!」


 血まみれで横たわるガキは白目をむき、糞尿をまき散らし、クラクラ、だなんて擬態語では済ませられない有様になっている。


「てめェェェェ! 手ェだすなっつっただろうが!」


「俺がそれを了承した覚えはない」


 兄貴の形相がすさまじいことになっていた。

 体中の血が沸騰したのか、止まりかけていた血が、傷口から再び流れ出して来る。


「いい話で終わらせようとしてたみたいだが、てめえらは人殺しのクズだ。どんな事情があったにせよ、俺が非難される謂れはない」


「待てよ! ガキに抵抗の意思はなかったろうが! てめえは約束の一つも守れないのかっ!?」


「教えたはずだ。確保するときは確実に無力化しろと。ナイフは無効化できても足跡は無効化できねえ。さすがに今この場で足を切り落とすには道具が足りなさすぎる。──だいたい、さっきも言ったが俺は約束なんかしちゃいねえ」


「──ッ!?」


 こいつ──道具さえあれば足を切り落とすつもりだったのか?


「先にガキを始末したら、てめえが激昂して襲ってくる危険性があった。まだ俺たちの知らないもしも(●●●)が隠されていたかもしれない(●●●●●●)からな」


「ざッけんじゃねェぞこのクズがァァァァッ!」


「しかし、この状態になればその心配もなくなった。ただ、俺たちの知らない足跡が隠されているかもしれない(●●●●●●)。だから、ガキにもきっちり止めを刺しておいた」


 オレたちをぐるりと取り囲んでいた壁や瓦礫が消え、爽やかに吹き込むそよ風が血の匂いを払っていく。確かに、トリアルの意識が途絶えた以上、もうこの場に脅威はないと言っていいだろう。しかし、その場の空気はどんどん重くなっていった。


「なぁ優奈。俺の行動になにか問題はあったか?」


「──オレは、てめえのそういうところが心の底から気に喰わねえ」


「寝言は寝て言え。俺もお前も同類だろ」


「……クソが」


 反論ができなかった。

 だが、それでみんなが納得できるわけじゃない。


「……クソがァ……!」


 呪詛の声。地獄の悪鬼羅刹すら怯ませるような、怨念のこもった呪怨の声音。


「クソがクソがクソがクソがァァァ! てめェふざけんじゃねェぞ! なんで俺たちの邪魔しやがった!? なんで動けないトモに止めを刺した!? 何様のつもりだコラァ!」


「説明したと思うぞ?」


「黙れクズ野郎ッ! やっぱりてめえらみんなまとめてクソだッ! どうしようもないろくでなしだッ! 正義の味方は何やってもいいってか!? 吐き気を催すレベルの偽善者がッ!」


「うるせえなぁ……傷口に響くから黙ってろよ」


「確かに俺たちは悪いやつだったかもしれねェ! でもな! てめェはそれ以上のクズだッ!」


 兄貴は一息で言い切った。

 その点だけは、否定できない。むしろ、賛同すらする。


「いつか絶対ぶ──ギャァッ!?」


「グダグダグダグダうるせえっつってんだろうがッ!」


 びりびりと体に響く怒声。

 気付けば、アカツキの拳が兄貴の顔面にめり込んでいた。

 もがき暴れていた兄貴の体がピクピクと痙攣する。


「人のせっかくの休暇を邪魔しやがってよぉ! てめえらみたいなクズがいるから俺がこんな仕事をしているんだろうが!」


「仕事だなんてでかい口叩いてんじゃねェ! 人様に言えねェことやってんじゃねェか!」


「ああ、おかげさまでな!」


 もう一発顔面を殴り、アカツキは兄貴の胸ぐらを持ち上げた。

 このまま放っておけば、兄貴の顔面は世界一の整形外科医でも裸足で逃げ出すほどにぐちゃぐちゃにされてしまいかねない。そう感じてしまうほど、休日を邪魔され、予定外の労力を割くことになってしまったアカツキの怒りは激しかった。


「てめえの言う通り、世の中クソすぎるんだよ! だから俺たちが身を粉にしてクズを叩きのめして回っているんだ!」


「クソの中のクソが言っていいセリフじゃねェなァ! 今すぐてめェの顔面に拳をぶち込めば、仕事の九割が片付くんじゃねェのかァ!?」


「んだとコラァ!?」


 例え体が動かなかくても、兄貴はアカツキに徹底的に刃向っていた。口を開くたびにアカツキにぶん殴られ、傷口が開くというのにその獰猛な意思を隠そうともしない。


 その姿にちょっとだけ感銘を受けたので、助け舟を出すことにする。


「……よせ、アカツキ。そろそろ本当に死んじまう。事故ならまだしも、この状態だと言い訳つかないだろ?」


「……」


「兄貴もそこまでにしろよ。さっさとガキの手当てしないといけないだろ?」


「そうか……そうだよなァ……」


 顔をパンパンに腫らしながら、兄貴は乾いた笑い声をあげた。


「世の中クソだ……。でも、クソの中にもちょっとはマシなクソがある。……なぁねーちゃん、俺ァ、こう見えて、ほんの少しだけねーちゃんには感謝してるんだぜ?」


「……」


「トモを助けてくれるって約束してくれたもんな」


 アカツキに胸ぐらをつかまれたまま、首だけを少し動かしこちらを向く。


「……でも、こいつの仲間は信用できねェ」


「──ん?」


「ほんのちょっとはマシなクソでも、やっぱりクソはクソだ」


「……」


 目に狂気が宿っていたことに、そのときのオレは気づかなかった。


「なァ、オレの能力はさ、モノをナイフに変える能力なんだ。『もしもこれがナイフだったらな』ってのを、実現する能力なんだ。──じゃあ、最初はいったい何をナイフに変えていたんだと思う?」


「なにいってるんだ?」


 胸ぐらをつかまれたその至近距離で、兄貴は血反吐とともに血なまぐさい息をオレとアカツキに吹き付けた。


「こういうことだよ──《イフイフナイフ》!」


「ああああああッ!?」


 中空から現れた銀。瞳に飛び込む閃光。顔面に灼熱感。

 振るわれないはずのナイフが、そこにある。


「がぁぁぁぁぁッ!?」


「わざわざ無駄に殴られてたわけがねェだろうがッ! てめェの言ったとおり、まだまだ『可能性(もしも)』はあったんだよッ!」


 視界が真っ赤に染まった。顔が痛い。痛い。痛い。痛い!


「吐息が届く距離まで、長かったぜェ……! ザマァ見やがれクソグラサンッ!!」


 あいつ──吐息をナイフに変えやがったのか!


「クソがクソがクソがぁぁぁぁぁッ! 《ライクライクストライク》!」


「黙って負けるくらいなら相打ち上等だコラァ! 《イフイフナイフ》!」





 上半身の全体から感じる痛烈な痛み。文字通り血で染まった視界。右手から感じる確かな手ごたえ。

 ちゃりりん、といくつものナイフが地面に落ちる音が聞こえ、オレの意識は途切れた。









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