1 てめえの態度が気に喰わねえ
タイトルはRepeat Reword Reaffirmで
読みは【リピート リワード リアファーム】です。
「自分の状況はきちんと理解しような? 俺、バカなのは好みじゃないんだ」
燃え盛るそれがオレの目の前に突き刺さり、視界を真っ赤に染める。ストーブに顔を突っ込んだかのような灼熱感。死にそうなほど熱くはないが、放っておいたら火傷してしまいそうな温度。非常に腹立たしい。
なによりむかつくのは、この無様に地べたに倒れこんでいるオレを、勝ち誇ったかのようにキャップ野郎が見下しているところだ。オレの体はあちこち傷だらけだというのに、このクソ野郎には傷一つついていない。そんな不公平があってたまるものか。
いや、それどころかあいつは圧倒的有利に立ってさえいる。目の前の燃えるそれがその証拠だ。あいつと同じくふざけたバカみたいなこの存在は、どうしようもないほどに目の前の現実を突き付けてきやがる。
非科学的で、ガキの妄想を具現化したかのようなあり得ない現象。このオレの柔肌を傷つけた、決して許されてはならないガラクタ。
──絶対にぶっ飛ばす。
背中がずっとひりひりしているし、手はジンと痺れて力が入らない。制服もあちこち焼け焦げてボロボロだ。おまけに吹っ飛ばされた時にオレの玉のような肌の──ふっくら柔らかな頬に傷がついた。制服なんてどうでもいいが、これだけは絶対に許されることではない。喉笛に喰らいついてでも、このツケは払ってもらわねばならない。
そう──オレはなんとしてでもこの異能力を操る最低最悪の家畜にも劣るゴミクズ以下のクソキャップ野郎をぶっとばさねーといけないんだ。
オレは流行や常識──世間の風潮といったものが大嫌いだ。無駄なことを繰り返し、同じことを言い換えてさも違うことかのようにして扱い、どうでもいいことをバカらしく宣言する。例え同じ行動をしたとしても、誰がその行動をしたかで周りの評価はがらりと変わる。
ある学生が必死に勉強して会社に就職したとしよう。それは確かにすばらしいことだ。だが、世間ではがんばった凡人よりも昔『やんちゃ』してのうのうと生きている奴をなぜか評価する。普段は威張り散らしているロクデナシがたまにまともなことをすると、なぜかその行動を高く評価し、さも素晴らしいことかのように褒めたたえる。真面目に生きてそれ以上の事を当たり前のようにやっているやつには何も言わないのに。
「クソが」
イライラして思わずつぶやいた。すれ違ったババア達がやあねぇ、なんてぺちゃくちゃしゃべりながらゴミクズを見るような目でオレを嘲笑っていた。やあねぇ、じゃねーよ。狭い道路に広がって歩いてんじゃねーよ。犬の散歩するんだったらリードをつけろよ。糞の後始末くらいきちんとやっていけよ。てめえの口につっこんでやろうか?
「クソが」
まだ時刻は昼過ぎ。平日の田舎の商店街とはいえ、そこそこの人気はある。買い物かごを持った主婦、よれよれのスーツを着た暗い顔のおっさん。昼時だからか飯を食いに来たおっさんが多いような気もする。もちろん、高校生のオレが出歩いていて良い時間じゃない。
オレは学校になじめなかった。と言っても勘違いしないでほしい。別にいじめられたわけでもないし、勉強についていけなかったわけでもない。
ただ、そこにいる人間の性根が気にくわなかったってだけだ。
やることやらねえでへらへらしてるやつらに、それを注意すらしない教師。ケータイだかスマホだかを授業中でもいじくりまわし、努力の『ど』の字もしねえくせにすぐに人のノートを見せてくれとダチでもねえのに図々しく言い放ってくるサル共。
あげく、自分の思い通りにならないというわけのわからない理由でブチ切れやがるから始末に終えない。協調性がないだとか、空気が読めないだとかヘンな因縁をつけてきたりもしたな。
ああ、本当に連中の頭の中はどうなっていたのだろう。一度カチ割って見てみたかったものだ。少なくともオレの辞書では、『協調性』は都合よく相手を利用することを指した言葉ではないし、『空気を読む』という言葉は悪事を許す免罪符なんかじゃないんだよな。
「クソが」
で、つっかかってきてぶん殴ってきたやつをぶん殴り返したらこのザマだ。先に仕掛けてきたのは確かに向こうだし、先に殴られたのもオレだ。オレの拳もあいつの顔にしっかり入ったけど、オレだってやられたんだからお互い様のはずだ。
なのに、なぜかオレだけが悪者になったんだよなぁ。仲間と口裏合わせやがって。卑怯なことこの上ない。なにが『女の子の顔を傷つけるなんて最低!』だ。オレだって女だってのに。
「クソッタレが」
そんなこんなで一年がたつころにはオレは学校に行かなくなっていた。あんな猿山みたいなところにいくよりかは一人で勉強していたほうがはるかにためになる。親がうるさいから学校に行くふりだけするけど、基本的には町をブラブラしている。あの親だって、『問題児』であるオレを切り捨てたくて仕方なさそうだ。無駄に外面だけ気にしやがって。問題があるのはオレじゃなくって世間様だってーの。
『ご覧ください! こちらの商品は従来の製品と比べ三倍もの耐久性をもち、コストも半減できる画期的な製造法を用いて造られたものです! この特別技術はERC社が考案した世界で初めての技術です!』
『ははは、大げさですよ。これくらい誰にでも思いつく簡単なものですから。むしろ、なぜ今まで特許の出願がなかったのか不思議なくらいです』
『いやいや、皇社長、ライバル社が真っ青になるほどの技術じゃないですか! 噂では、ERC社が手を出し始めた分野の会社はそろって株価が落ちるとか……。その才能、センス、どれをとっても超一流ですよ! あれほどの多分野の全てで大成功を収めているなんて!』
『いや、実際のところいくらかの部門ではDWC社に一歩後れをとっているんですよ。それに、DWC社も多分野で成功している巨大企業です。我が社が唯一ライバルと認めなくもない、なかなか素晴らしい企業ですよ。とはいえ、所詮はこれも通過点の一つです。私達はまだまだ上を目指さねばならないのです。この程度じゃまだまだなんですよ。私達は常に頂点にいなければならないのですから。ま、頂点を目指すついでにDWC社を超えるのは確定事項でしょうが』
『おーっとこの自信! さすがは“止まらぬ連続銃”と謳われた……』
電気屋のショーウィンドウに置いてあるちっとばかし世代おくれのテレビがうるさくがなり立てている。ナントカ社の新技術なんてすこぶるどうでもいい。そんなニュースに聞き耳立てている人間なんてここには一人もいない。こんなうるっせぇニュースを垂れ流すよりかはアニメのビデオかなんかを流していたほうがまだ建設的だろう。つーかこの社長、めちゃくちゃ偉そうで気にくわねえ。物腰は丁寧っぽいが裏でなにやってんかわかったもんじゃねーぞこれ。
どんっ!
「っと、悪ぃ」
「気をつけろ」
なんて考え事しながら歩いていたら誰かとぶつかっちまった。慌てて謝りながら横を見る。謝るときはちゃんと目を見ながらってのがスジだろう。
「……」
「ジロジロみてんじゃねえよ。俺は忙しいんだ」
「んだよ……」
全身黒づくめの若い男だった。時期外れの黒いロングコートに黒い皮靴。ぴっとした手のラインがはっきりわかる黒いレザーグローブ。ご丁寧にサングラスまでかけてやがる。しかも、サングラスをかけてなおその鋭い目つきが隠せていない。身長がちょっと高めだから威圧感もすげえ。
「ガキがうろつく時間じゃねえだろが。さっさと学校に戻れよ」
そいつはそれだけ言い、舌打ちを一つ残してさっさと行ってしまった。たぶん、ありゃヤクザかそっちの人間だな。顔に傷こそついてなかったけど、溢れ出る気迫が一般人じゃないことを物語っている。服装どうにかすりゃなかなかいい顔してると思わなくもない。が、少なくともあの黒づくめはこんな田舎に来る格好じゃねーよ。あ、でもガラが悪いから服装変えてもモテねえな。
確かに印象に残るやつだったが、所詮は日常の一頁に過ぎないことだ。オレはそのまま行くあてもなくぶらぶらと町を歩く。ポンコツの自販機で飲み物を買って、気分の赴くままにひたすら歩く。
このときは、これから起こる出来事なんてこれっぽっちも想像できなかったんだ。
「うん?」
日がとっぷり暮れた夜遅く。薄汚れた町外れ。夜遅くと言っても大体九時ごろだろうか。そろそろ帰ろうかと思っていたオレの健康的な耳はそこで何やら変な音を聞いた。ここは人気も少なく、時折通る車のエンジン音と虫の音しか聞こえないというのに。
暗闇に楔を打つようにして街灯が灯っている。見渡す限りでは三個。その全てに蛾が纏わりつき鱗粉をバラまいている。かなり間隔を開けて立っているもんだから正直明かりとしての意味はないように感じられた。
廃れたビルがぬぅっと闇から這い出るように立っている。有人のビルもあるにはあるが、ほとんどの階層の明かりは消えていてみているだけで虚しくなってくる。暗くて見通しが悪く、とてもこんな時間に女子供がいていい場所じゃない。
ふと、クラスの連中がここの噂をしていたのを思い出した。人気がなくて明かりもなく、荒れた廃ビルが多いってことはつまり不良の溜まり場になりやすいってことでもある。あ、こりゃ本格的にオレのいていい場所じゃねーな。
「……なんだありゃ」
しかしさっさと帰ろうと振り向いたところ、視線の先に赤い火が揺らめいているのを発見してしまった。信じ難いことだが、それはまるでユーフォーのように滑ってビルの影へと消えていく。火が、浮かんで動いたんだ。そんなの見間違いだって思うのが一般的な人間の考えってもんだと思う。
これだけだったら、まぁ、念のため消防に連絡だけしとこうかな、なんて思ってオレはこの場を立ち去っていたことだろう。
だが、耳と同様健康的なオレの目はその赤い火を追ってビルの影へと進んでいった人影を見つけてしまった。遠めだったから人相まではわからなかったものの、およそ碌でもない人間だということくらいはわかる。頭の先からつま先まで真っ黒なものだからオレじゃなきゃ見逃していたかもしれない。
となれば、このまま放って置くわけにもいかなくなる。オレに全く関係のないこととはいえ、そんなあからさまに怪しい危険人物がここらで火遊びをして火事にでもなったら大変だ。あの野郎がどうなろうとしったこっちゃないが、それはオレの美学に反する。
「……よし」
オレは出来るだけ息を潜めてその人影が消えていった方向に歩きだした。辺りにはなぜだかゴミだの瓦礫だのが転がっており、歩きにくいことこの上ない。時々見つかる切れかけた街灯だけが頼りだ。
しばらく進むもそれらしいやつは一向に見つからない。どうやらあいつはオレよりも遥かに移動するのが速いらしい。なんの目的でこんなところをうろついているのかは知らないが、まともな考えをしているとは到底思えない。
やがて、周囲に変化が訪れた。なにやら焦げ臭いにおいが漂い始めたんだ。理科の実験室のような、工事現場のような、そんな不快な臭いだ。やはりあの炎は見間違えなんかじゃなかったんだろう。気分がむかむかしてくるこの臭いはとても勘違いや錯覚で片づけられるものではない。
「……お?」
そして、健康的なオレの耳が人の声を捕えた。子供っぽいぎゃあぎゃあと騒ぐ声だ。声のする方向を見るとどうやらその先は広場になっているらしく、明かりに照らされ揺らめく影がここからでも見える。不良だか何だかがこの先にいるのだろう。焦げ臭い嫌な臭いもそっちから流れてくるのがはっきりとわかる。
ちょっとだけ覗いて、危なくなさそうだったら帰るつもりだったんだ。だけど。
「おいおいおいおい! いつもの勢いはど~したのかなァ~! ほらほらどうした! この程度で倒れるなんて興ざめなことするなよな!」
「や、やめ」
「きーこーえーなーいー!」
「うわぁぁぁぁぁ!」
「うっわマジ痛そう! もっとやろうぜ!」
そこにいたのは紫のキャップをかぶった高校生っぽい少年と、全身傷だらけの不良共。最後まで立っていた不良も、いまどさりと崩れ落ちた。キャップ野郎は倒れた不良の顔を笑顔でげしげしと踏みつけ、ペッと唾を吐く。
やばい。いや、やばいなんて下品な言葉つかいたくねえけどあれはやばい。
第一に、あのキャップ野郎の頭の中。おそらく頭のネジの一本や二本吹っ飛んでいる。昨今の若者は残虐性が増しただとか思いやりがなくなっただとか言われているけど、あいつに限って言えば全くその通りだと思う。
第二に不良どもの怪我。普段のオレなら不良どもがどんな怪我しようがしったこっちゃないが、こいつらの怪我はいくらなんでも酷過ぎる。全員服のあちこちが焼き焦がされ、髪は二流のマンガみたいにチリチリだ。一番でっかいやつなんて背中に大きな火傷を負っている。下手したら死んじまうんじゃないだろうか。全員、燃える棍棒か何かでぶん殴られたかのような状態だ。
第三に──これが一番重要なんだが──その燃える何かがそこにあることだ。一つ、二つ、三つ。確認できる範囲では三つ。
──踊るように揺らめく炎が、形を成してそこに浮いている。
(……あ?)
目がおかしくなったかと思い、オレは反射的に手で目をこすった。
赤く燃え上がるそれは確かにそこにある。Sの字を二つクロスさせたかのような形だ。大きさは五十センチくらいか? 二つはキャップ野郎の肩の上あたりで回転しながらユーフォーのように浮かんでいて、もう一つはキャップ野郎が素手で持っていた。あれは確かに燃え盛っているというのに、キャップ野郎はこともなげにケラケラ笑っている。
今度は頬を思い切り抓ってみた。ものすごく痛かった。
「……!」
……おいおいおい! どうなってんだこりゃ! オレはいつの間に映画の世界に入っちまったんだ!? こんなのあり得るはずがないだろ!?
その恐ろしい光景から目を離すことができない。周りの音がすべて消え、バクバクとうるさい心臓の音だけが聞こえる。指の先は震えるし、口の中はカラカラだ。じっとりと背中に嫌な汗はかくし、息をするのにも間抜けみたいに口をパクパクさせている。どくん、と心臓麻痺にでもなったかのような衝撃がオレを襲う。
当然の反応として後ずさり、当然のこととして物音を立ててしまった。
「うぇい? まだ誰かいんの? 隠れてないで出てこようぜ! きっと楽しいぞ! ま、楽しいのは主にオレでそっちは楽しくないだろうけど!」
あ、こりゃまずい。
「ほら出ーてーこーいーよー!」
「わ、わかった!」
ええい、こうなりゃヤケだ! 女は度胸だ!
意を決して物陰から出ると、キャップ野郎と目があった。燃える何かに照らされた顔は、意外と幼げな顔立ちをしているように見える……が、その眼だけはギラギラとしていて、子供の純真さのなかにドス黒いなにかを包容していることがわかる。
やつは一瞬キョトンとした顔になり、そしてオレを頭のてっぺんから足の先まで舐めるようにしてじろじろと視線を絡ませてくる。そして、不思議そうにつぶやいた。
「あり? あいつらの仲間じゃ……なさそうだな。見た目はわりかしまとも。しかもちょっぴりボーイッシュ。俺結構好みかも。ガサツそうなのがマイナス十点」
「大きなお世話だ!」
「あ、やっぱマイナス二十点で」
とりあえずキャップ野郎はこっちに危害を加えるつもりはないらしい。ということは、このままうまく話を引きのばせればここから逃げることもできるはずだ。問題は、それを相手に悟らせないようにすることだ。
「で、なんでこんなとこいんの? 健全な青少年にふさわしくない場所だよ、ここ」
「……と、通りすがりだ! そういうおまえこそ何してるんだよ!」
「見てわかんねえ?」
キャップ野郎はそう言って倒れている不良のわき腹を蹴りあげた。不良は悲鳴を上げる気力もなかったのか、ぼすっと空気が漏れる音だけが夜の闇に吸い込まれていく。キャップ野郎はすこぶる上機嫌に笑っていた。
「と、とりあえず救急車呼ぶからさっさとずらかろうぜ。そいつらの怪我、放っておくにはあまりに酷過ぎる」
「あ?」
失敗──とはこのことを言うのだろう。
瞬間。わりとにこやかだったキャップ野郎の顔が凍てつく彫像のようになった。たしかに周囲の温度が下がり、辺りに剣呑な気配が満ちる。キャップ野郎のぎらつく目はさながら猛禽のようだ。あまりにもギャップのあるその視線に、オレは思わずひるむ。
「今なんつった?」
「うわっ!?」
とっさに取り出したオレの携帯電話が吹っ飛んでぶっ壊れる。理由は簡単。キャップ野郎が持っていた燃える何かをオレに向かって投げたからだ。そいつはクルクル回りながら滑るようにして飛んできて、寸分たがわずオレの携帯だけを吹き飛ばし最新の情報伝達機械を黒焦げひしゃげたガラクタへと変えた。嫌なにおいが鼻につく。
「見逃そうかと思ったけど、やっぱダメだな」
「な、なんなんだよそれ!」
オレの携帯を吹き飛ばした燃える何かはそのまま大きな弧を描きキャップ野郎の元へと戻る。キャップ野郎は燃え盛るそれをこともなげに綺麗にキャッチした。
「ん? 知りたい? 冥土の土産に教えてやるよ。一種の超能力みたいなもんだ」
炎に照らされたキャップ野郎が妖しく笑う。轟々、ひゅうひゅうと回転しているそれはまるで一種の舞台演出のようだった。キャップ野郎は背筋を伸ばし、さりげなく、本当にさりげなくポーズをとって誇らしげにこちらを視線で射抜く。
──世界がしん、と静まり返り、一瞬が永遠になる。
「これが俺の能力──!」
繰り返し、言い換えて、再び断言する。
「灼ける紅蓮の投擲具ッ! 《メラメラブーメラン》!」
「あぶねえっ!?」
キャップ野郎が謎の宣言と共に炎のブーメランを投げた。一つは手で、浮いていた残り二つは……ひとりでに飛んできやがった!?
複雑な軌道を描いて燃え盛る炎のブーメランがオレへと襲いかかってくる。反射的によこっとびで避けた。顔面わずか十センチのところを炎のブーメランが通り過ぎ、感じたくもない熱を感じてしまう。ちりっと髪が何本か持って行かれ、人の脂の焦げる嫌な臭いをモロに嗅いでしまった。
ォォォン!
「マジかよ!?」
オレは避けられた。が、当然のことながらオレの後ろの壁は動くことができない。乾いた打撃音に振り向けば、壁が黒焦げ大きく抉れている。もし逃げ遅れたら、としたくもない想像を無意識にしてしまう。
ありゃ、喰らったら一撃でお陀仏と考えてまちがいなさそうだ。よくて重傷ってところだろう。
「ほらほらまだまだ! 《メラメラブーメラン》!」
体勢を立て直そうとするところで放たれた第二波。むかつくことに炎のブーメランの数が三つから五つになってやがる。大きく振りかぶって投げられたそれは前、上、左右から滑らかな曲線を描いて襲ってくる。オレはとっさにそこらに転がっていたバールのようなものをひっつかんだ。
前からまっすぐ来るのはしゃがむ。右から来るのは跳んで避ける。左から来るのは突っ込んでかわす。どれもギリギリ。避けるたびに熱風が体を掠め、金網の上のサンマのような愉快な気分にさせてくれる。本当にむかつく。
「羽虫みたいにぶんぶんぶんぶんうるっせぇんだよぉ!」
もちろん、このいら立ちをそのままにしておくつもりなど毛頭ない。都合よく避けられそうにない炎のブーメランが上方から飛んでくる。やるならあれが調度いい。バールのようなものをしっかりと握りしめ、全力を込めて殴りつけた!
ガッ!
「かってぇ!」
わかっちゃいたけどあのブーメランただのブーメランじゃねえ! 見た目こそただの炎のくせに手ごたえが岩のように硬え! そう何度も打ち落とせるもんじゃねーぞこれ!
「お、ないすふぁいと! なかなかやるじゃん!」
「うっせぇ!」
弾かれたブーメランをなんとも思っていないのか、むかつくキャップ野郎は嬉しそうに拍手なんかしやがった。
「もっと楽しませてくれよ──《メラメラブーメラン》!」
今度も五つのブーメランが襲ってくる。だが、そう何度も同じ手を喰らうオレじゃあない。よくよく考えれば大きな弧しか描けないブーメランなんて細かく動けば避けられる。ほうら見ろ、ちょっと走って避けただけであのキャップ野郎は驚いた顔をしている。
おまけに、焦らずよく観察すればブーメランにもわずかに隙間がある。あれくらいならオレ一人がすりぬけるのには十分だ。オレは足にも自信がある。手にはバールのようなもの。ならば──やるしかないよなぁ?
「余裕ぶってんじゃねーぞ! てめえは必ずぶっ飛ばす!」
足が地面を蹴るたびに世界が加速する。前から襲ってくる炎のブーメランを頬を掠らせるようにして避ける。たしかに一瞬視界が炎に染まって怖いし、火傷しそうなほどの熱量を顔面に思いっきり感じるけど、それだけだ。がむしゃらに足を動かせばすぐにそれは消え去り、冷たい夜の空気が撫でてくれる。
炎の弾幕を抜けた先には目を見開いているキャップ野郎がいる。走る勢いをそのまま使い、バールのようなものを高く振りあげれば準備完了。重心を前方に動かし、そのままぶつかるつもりでどんどん速さを増していく。キャップ野郎まであと三メートル。あとはこれを打ちつければオレの勝ちだ。怨むならてめえを怨めよ──!
跳躍、肉薄、刹那──衝撃!
「がッ!!」
「ほい、残念」
あと一歩のところでオレの背中に炎のブーメランがぶち当たった。勢いを殺せるはずもなく、オレはそのまま引きずられるようにして吹っ飛び倒れ込む。
制服が焦げる臭いがする。肺の中の空気が全部なくなった。背中が熱い。痛い。苦しい。
「……クソがッ!」
「ブーメランなんだから戻ってくるよね、うん」
「軌道がめちゃくちゃすぎるだろうがッ!」
「そりゃ超能力がただ炎のブーメランを投げるだけなわけがないだろ? ある程度なら軌道は自由に変えられる。つーかそもそも、今のは普通のブーメランと同じ軌道だぞ」
キャップ野郎は偉そうにオレの前で解説なんてしやがった。
本当にむかつく野郎だ。
弾けた炎のブーメランがまるで吸い寄せられるかのようにしてキャップ野郎の手に戻る。そいつはクルクルと回転しながらオレをあざ笑うかのように揺らめいた。
「直接当てるのも簡単だけど、それだと面白くないだろ? さっきだって、俺はわざわざキミが避けられるぎりぎりを狙って投げたんだ! 避けたところに戻ってきたブーメランが通るように計算してね!」
そう言われてはっと気づく。どういうわけかこいつは炎のブーメランを好きなだけ作りだし、好きなように投げることができるらしい。つまり、事前に軌道を計算すれば相手を思い通りに動かすことができるってことだ。
いつの間に不意打ち用のブーメランなんて投げたのかと一瞬思ったが、おそらくオレがあの炎のブーメランを避ける隙に──炎で視界が埋まった隙に投げたのだろう。宙にブーメランを浮かしておくこともできるみたいだから、わざわざ投げるモーションを取る必要だってないんだろう。
……完璧にはめられた!
「……クソがッ!! てめえこれで勝った気になるんじゃねえぞ!!」
「うーん、顔は悪くないしショートカットも俺好み。ボーイッシュなとこまでドンピシャなのに中身がなぁ……もはやボーイッシュ通り越して漢だろ、これ。マイナス二十点」
むかつくキャップ野郎は炎のブーメランを弄びながら独り言のように呟いている。すっ転んだときに切ったのか口の中が血の味をして気持ちが悪い。そしてそれ以上にキャップ野郎に腹が立つ。今こいつをぶん殴れるのならオレは悪魔に魂を売ってもいい。
「つーかさ、普通俺みたいの見たら逃げねえ? キミみたいに棒持って突っ込んで来るのは初めてだよ」
「るっせぇ! やられたらやり返すのは普通だろうが! それともなにか? てめえは殴られたらそのまますごすごと引きさがるってのか? このチキン野郎!」
俺の言葉にキャップ野郎はピシリと顔を固まらせた。うん、実に気味がいい。体は動かねえし全身あちこち痛いけど、あの表情を見られただけでも十分にそのかいがあったってもんだ。
キャップ野郎はいら立ちをぶつけるように倒れていた不良を足蹴にした。火傷のあとをそのまま靴で抉ったもんだから、にちゃって変な音がした。
「……こーんなやつら放って逃げてればよかったのに。変に正義感なんてだすからダメなんだよ」
「うっせぇ! オレはオレのやりたいことをやるだけだ!」
「だろ? 俺も俺のやりたいことをやってるだけだ。変な横やり入れるなよな」
炎のブーメランがクルクルと飛んできて俺の目の前わずか三十センチのところに突き刺さる。煌めく炎はオレの視界を真っ赤に染め、オレの今の状況をどうしようもないほどに突きつけてきやがった。
「……!」
「自分の状況はきちんと理解しような? 俺、バカなのは好みじゃないんだ」
ひとしきりオレをビビらせることが出来たと踏んだのか、キャップ野郎がキザったらしく指をパチンと鳴らす。その炎のブーメランは何事もなかったかのようにして空中に溶けるように消えた。
一瞬の静寂。夜の暗幕が下りてなにも見えなくなる。明かりに慣れた目では瞼を閉じていても開けていても変わりがない。むかつくクソ野郎の息遣いがすぐ近くで聞こえるというのに。
……こいつのやることなすことのいちいちに腹が立つ!
「なんのつもりだコラァ!」
「まぁそうカリカリするなって。演出ってのは大事だろ? 知ってるぜ、女の子はムードを大切にするって。好きなんだろ、こういうの」
キャップ野郎が自分の頭上に、炎のブーメランを美しく回転させながら創りだした。これまた腹立たしいことに、揺らめく炎と立体交差するブーメランの織り成す美しさに思わず見惚れてしまう。キャップ野郎の癖に芸術性だけはあるらしい。
やがてこほんと一度咳払いをしてからキャップ野郎は朗々と話し出した。炎のブーメランはスポットライトかシャンデリアかなにかのつもりのようだ。舞台役者がオーディエンスに説いて聞かせるかのような話し方だった。
上に立つのはこのオレであるべきだろうが!
「キミはさ、口こそ悪いし性格もちょっとアレだけど、なんだかんだで『いい人』の部類になると俺は思うんだよね。たぶん、誤解されやすい性格ってやつなんだと思う。
……俺もさ、キミだからこそ話すけど、たぶんその誤解されやすい性格ってやつらしいんだ。何が言いたいかって言うと、やたらとこの手の不良の連中に絡まれるんだよ。真面目ぶってるんじゃない、調子に乗るなって。俺はただ普通にしているだけなのにね」
「……」
「まぁ、そうなると当然俺もいろいろと行動を起こすわけだよ。口で諭したり態度で示したりとかさ。
こういっちゃなんだけど、俺、模範生みたいなもんだったらしいぜ? 人様に迷惑の一つかけたことないし、誰とでも公平に接して、悪いことは悪いと言えて、周りに流されない強い芯を持つ子だって毎回通信簿には書かれていたんだ。
ま、それが所謂『一般的』な『常識』を持つ今時の連中にはたまらなく不快なことだったんだろうけど」
「……」
「俺は俺のもつ良心と自覚に基づいて……『悪いことをしない』ってのを守っていただけで、自分が真面目だとか模範的だとかはこれっぽっちも思っていない。むしろ、不真面目なタイプだとさえ思っている。周りの連中がクソガキだらけで心の中で悪態をつきまくってたしね。
たださ、そいつらをちょっとどうにかしようって思ったのは事実なんだ。もちろん、平和的で常識的な方法でだ。
勘違いしないでくれよ? 別に正義感に基づいてとかそういう理由じゃない。周りにそういう連中がいるのがたまらなく嫌だったってだけなんだ。俺にとって不快だからなんとかしようと思っただけなんだ。俺にしかできそうにないのなら、俺がやればいいって思っただけなんだ。……俺の気まぐれが全体の利益につながるのなら、それはそれでいいことでもあるしね。
ともかくさ、せめて悪いことだけはするなってそれとなく言ったんだよ。俺一人に迷惑をかけるならまだしも、明らかに周りにいる弱者にまで被害が及んでいるからね。だけど連中にとって、それは格好の釣り針みたいなものだったんだろうな」
「……」
「これ幸いといろんな嫌がらせを受けたさ。どうしてそんなことをするのかと問い詰めても『お前が悪い』、『調子に乗るな』としかいわない。もう、日本の未来を本気で憂いたね。ボキャブラリーが少なすぎるうえに、行動そのものがサル以下だ。……あのころの俺は馬鹿だったからさ、こんなやつらでもちゃんと話し合えば分ってもらえると思っていたんだよね。はは、それこそサルに芸を仕込むようなもんだと思っていたんだ」
「……」
「……あり? 聞いてる? ま、続けるけど。でさぁ、現実ってのは残酷なんだ。なんと、相手はサルですらないただのゴミクズだったんだから。俺がせっかくまだ何とかなるうちに──どこか別の場所で致命的な失敗をしないうちにいろいろ教えてやったのに、とうとうあいつらは矯正できなかった。優しく、丁寧に、それこそ幼稚園児に道徳を教えるかのように頑張ったんだけどな。
いくらむかつく連中でも、自らの愚かさのせいで人生をおじゃんにするのはかわいそうだろ? 誰かに迷惑をかけるとも限らないし、俺だけが苦労すればみんな丸く収まるのだからって滅私奉公みたいに思って尽力したんだけどな。
もう、悟ったね。クズはどこまでもいってもクズだって。そんな連中に言葉なんて通じないんだって。俺だからこそまだ忍耐強く頑張っていたけれど、そんな俺でさえ匙を投げる具合だ。もう、どれだけひどいか想像すらできないだろ?」
「……」
「そう、こいつらはさ、クズなんだよ。言っても聞かないしルールも守らない。善意ある人間の忠告も聞かなければ、進んで全く関係のない第三者に危害を加えたりもする。
だけど、そんなの許されるはずがないだろう? だから、誰かが何とかしなくちゃいけない。でも、誰もやらない。なら、俺がやるしかないんだ。誰かに迷惑をかける前に、俺がどうにかしてあげられるうちに、なんとかしてあげなきゃいけないんだ。俺しかできないのなら……俺がやるしかないんだよ。
でもさ、こいつらと俺とで争うったってそうはいかない。だって脳ミソの出来が根本から違うんだから。なんかの本で読んだんだけど、争いっていうのは同じレベルのものでしか発生しないらしい。キミさ、虫や動物なんかと本気で喧嘩できるか? ああ、喧嘩っていっても文明的なほうだ。できないだろ? そう、できるわけがないんだよ。
そうなるともう、上が下にあわせるしかないんだ。俺がこいつらのレベルにあわせなきゃいけないんだ。口で言ってきかない奴は、ぶん殴って教えないとならないんだ。脳ミソで覚えられないなら、つらいだろうけど体に刻み込んでやらないといけないんだ。
……こいつらがもう幾許か賢ければ、俺だってこんなことしないでもっと別の方法を使えたんだよ」
「……たしかにてめえの言うことももっともだ。オレもほとんど同じ意見をもっている。世の中にはぶん殴らなきゃわかんねえ奴がいる。ぶん殴ってもわかんねえやつがいる。オレはそういう人間が大っキライだ」
「だろ? わかってくれたか? プラス五十点だな。おまけに花丸もつけよう!」
今日一番の笑顔でキャップ野郎が笑う。そして、オレの背中を見てしゅんと項垂れた。炎が顔の陰影を濃くしているせいか、申し訳なさそうな表情をしているのがくっきりはっきりきれいに見える。
「……うん、やっぱり見逃すことにするよ。よくよく考えたらキミを痛めつける必要なんてこれっぽっちもないし、そもそも誰かに言ったところでこんなこと信じてくれるはずもないもんな。
……ごめんな、背中、痛かったよな。女の子に火傷とか最悪だよな。たぶん、これくらいならきれいに治るはずだけど、もし痕が残ったら……責任取るよ。大丈夫、嘘じゃない。……なんか照れるな!」
ぺらぺらと上機嫌でしゃべるキャップ野郎。
その言葉を聞いた瞬間──ぶちん、と何かが切れる音がした。
話がクソ長ぇとか、笑顔がムカつくとか、言いたいことはいっぱいあったのに、頭の中が真っ白になったんだ。
「──あ? 見逃す? てめえが? オレを? ……何、言ってんだ?」
「うん?」
「てめえがオレをどう思おうと、まだオレの用事が終わってねえよ。てめえは必ず今この場でこのオレがぶちのめす」
「……は? ボロ雑巾みたいに地面に這いつくばってんのに? いやさ、心構えは立派だけど、現実は見ようぜ? それに、なんで俺がぶちのめされなきゃならないんだ? 俺、なんも悪いことしてないだろ? キミだって俺と同じ考えなんだろ?」
「ああ、本当にむかつくことにてめえの考えはオレのそれとものすごく似ている。こういう場でなければ、もしかしたら友達として──いや、下手したら恋人として笑いながら話していたかもしれない。正直、ここまで意見の合うやつは生まれて初めてだ」
「ならそれでいいじゃん。それで話は収束するだろ」
「ああ、そうだな。普通ならそうだろうよ。だけど──」
「だけど?」
キャップ野郎は不思議そうに首を傾ける。本当に、心の奥底から腹の立つ野郎だ。こっちの言いたいことをまるで理解しちゃいない。
「だけど──てめえの態度が気にくわねえ」
こいつはさっきから何様のつもりで人に説教垂れてんだ? なに延々と自分語りしているんだ? 悲劇の主人公気取りなのか? 誰に向かって口を聞いているんだ?
──乙女のやわ肌を傷つけておいて『見逃してやる』だ?
「さっきてめえは言ったよな? そいつらと同じレベルにならないといけなかったって。つまりおまえもクズだ。どうしようもないクズだ。関係ない人間をまきこみ、あまつさえ傷まで負わせた最ッ低のクズだ。救いようのないロクデナシだ。オレの大っキライな人間だ」
「……マイナス百点。遺言があるなら聞いとくけど」
「話は最後まで聞けよ、クズ」
「──ッ!」
「オレがそいつらを助けたかったのはそれがオレがやりたかったことだからだ。クズかどうかなんて関係ねえ。てめえの変な価値観で横やりいれんじゃねえよ」
「ハッ! クズでも助けるのか!? とんだ正義感だな!」
「あ? オレだってクズなんて滅ぶべきだと思ってる」
「ならどうして──!」
「クズはクズらしくオレの目の前以外の掃き溜めで消えろって言ってんだよ! 汚ぇツラ晒されるのは迷惑だって言ってんだよ! ムナクソ悪いし寝覚めも悪いんだよ!」
偉そうに人を見下すキャップ野郎も、救いようのないクズどもも、全部オレの目の前から消えてしまえばいい! なんでオレがわざわざ迷惑を被る必要があるんだ! クズはクズらしくクズみたいに消えればいいだろうが!
「偉そうに人様に講釈垂れてんじゃねーぞクズが! 自分をクズだと理解できてないクズってホント最悪だよな! いや、理解できてないどころか正義の味方気取りか? 自己満足も甚だしいんだよ! クズがクズをどうしたってクズだ! どんなに言いつくろったっててめえはこのオレの柔肌に傷をつけた、最ッ低最ッ悪のカスにも劣るクズだ!」
「……もういい。わかった。あ、クズな俺のなけなしの良心で顔だけは焼かないでおいてやる。ま、恐怖でぐっちゃぐちゃになって見れたもんじゃなくなるだろうけど──《メラメラブーメラン》」
キャップ野郎の合図とともに、五つの炎のブーメランがオレの周りをクルクルと旋回し始める。一つ一つが十分な回転を持っていて、さらには轟々と燃え盛っている。普通のブーメランの軌道──物理法則を無視して動いているところを見ると、キャップ野郎の合図一つでオレに襲いかかってくるんだろうな。
「上等だコラァ……!」
ぐらつく体を振るい立て起き上がる。足は生まれたての子鹿のようにプルプル震え、背中は未だに火傷でひりひりする。だが、長々と話していたおかげで動けないほどではなくなった。オレの脚は確かに地面を踏みしめている。
炎のブーメランの回転速度はどんどんあがり、いよいよその瞬間が近づいてきたらしい。バールのような物はすっ転んだときにどこかへ飛んで行ってしまっている。もう頼れるのは己の体一つだけだだ。でも、その体はきちんと動くんだ。なら──やるしかないよなぁ?
「二度とふざけた口利けねえように躾けてやるよ……! 直々にぶん殴ってやる!」
「能力もなしに? キミ、本当に面白いこと言うよな。脳ミソまで筋肉なのか?」
「能力がなければてめえをぶちのめせねえ道理なんてねえだろうが。やってみなきゃわかんねえだろ。バカか、てめえは!」
「いや、無理だろ。常識的に考えて」
「オレは常識って言葉も大っキライなんだよぉぉぉ!」
体が熱い。頭は怒りでぐらぐらしている。キャップ野郎の小馬鹿にした態度、チャラチャラした身なり、そのくせきっちりした黒い頭髪──全てが憎い。あれをどうにかするためだったらオレはなんだってする。くだらねえ価値観の元で出来た常識なんでオレのこの手でぶっ飛ばしてやる!
「メラメラブーメランだなんてクソダサい能力名しやがってよぉ! おまけにしっかりでけえ声で叫びやがって! ガキのほうがまだセンスがあらぁ!」
「うっせぇ! これはそういうもんだからしょうがねえんだよ! 軽口も本当に終わりだ! ──《メラメラブーメラン》!」
迫る五つの炎のブーメラン。思わず見惚れるような軌道を描いて接近するそれは、轟音を立ててオレに喰らいつこうと滑り寄る。左右の二個はきっとなんとか避けられる。でも、残りの三つは間違いなく当たる。誰がどう見たって直撃コースだ。──だが、避ける必要がどこにある?
「本当にセンスねえよなぁ。オレだったらこうするぜ」
できる。オレなら出来る。いや、やって見せる。あのキャップ野郎に出来てオレにできないはずがない。心臓がどくんと大きく跳ね、風穴が開いたかのように頭はすっきりしている。
──能力があろうがなかろうが、オレがあいつに負けるはずがない。
──ないと勝率は下がるが、オレが負けるなんてありえるはずがない。
──あると絶対に勝てるが、オレはそれをもっていない。
──ないのならつくればいい。
オレはにんまりと笑って拳を強く握りしめた。そのまま固く握った拳を高く、高く振り上げる。まるで月を掴むかのように高く振りあげる。
わかる。それがわかる。使い方がわかる。全てが分かる。全身に形容しがたい何かが流れ、解き放たれるのを今か今かと待ち構えている。そいつの使い方を頭ではなく心で理解する。だって、それはオレの一部だから。オレの、オレだけのものなのだから。ああ、最高に気分がいい!
──世界がしん、と静まり返り、一瞬が永遠になる。
「──これがオレの能力!」
繰り返し、言い換えて、再び断言する。
「拳撃必殺ッ! 《ライクライクストライク》!」
キャップ野郎の顔が驚愕に染まるのに癒悦を感じながら拳を振り降ろす。
オレの周りの全てが吹っ飛んだ。
20141024 試験的にタイトルを変えました。
20151002 タイトルを元に戻しました。