4.倫子
閻魔大王様、私は田辺倫子と申します。どうか哀れな死人にご慈悲を。今から、私がバナナの祟りを被り、ついにこの世を去るに至った経緯をお話しいたします。
――あの日、いつものようにテニスサークルへ行き、サークル内の男性と話しているとき、付き合っている彼の視線を感じました。けれど私はそれに気づかないふりをし、態と楽しそうに談笑しました。その真意は、彼の態度が急に冷たくなった気がしていたため、他の男性と親しくするところを見せて、彼を焦らせて、もっと私のことを大事にしてほしいと考えたからです。しかし、彼は大事にするどころか、そんな私の顔面に拳を入れたのでした。
眼の周りに痣ができました。大変目立つので友人たちは私よりも怒り、彼と別れることをしきりに訴えました。ですが私には殴られた痛みよりも、濃い痣よりも、彼が暴力に至った理由の方がより気にかかったのでした。どうしてあの温和な彼が暴力なんて振るったのでしょう。あれは、暴力ではありません。愛の鞭なのです。
痣はなかなか消えませんでした。彼とはそれまでよりも頻繁に会うようになり、そして私の体には痣がいくつもできました。
ルームシェアをしている女友達も同じように痣を作っていましたが、最近は減ってきているようでした。まるで、彼女の痣が砂鉄のごとく私の体へと吸い寄せられているかのようです。とすると砂鉄は愛の砂であり、愛を引き寄せる磁石は固い物がよいでしょう。私は手ごろなバーバパパのマグカップを持って布団から抜け出しました。
深夜、久々に、疲れ果てて寝ている彼女の枕もとに忍び寄りました。その夜は睡眠薬を飲ませていませんでしたが、そんなことは、そのときの私には考える余裕がありませんでした。
私が彼女を殴るのも、彼と同じく愛の鞭なのです。私は彼女が大好きです。それでも思い通りにならない彼女に心からの愛と腕力を込めるのです。
私が腕を振り上げたその時、後頭部を何者かに叩きつけられてしまいました。私は彼女の上に倒れます。目を覚ました彼女は上半身を起こし、私の後頭部をよしよしと撫でました。
薄れゆく意識の中で、姿見に映った私を殴った恋人を見ました。彼は二つ目のバーバパパのマグカップを手に、狂ったように激しく体を掻き毟っています。
「違う」
彼は叫びます。
「違う、違う――! ……僕を騙したのはどいつだ?」
殴打された頭がとても痛く、私は呻き声をあげました。彼が何度も何度も現実を否定しているのですが、その声がうるさくて余計傷が痛むので堪りません。
「もういいから静かにして」
私の気持ちを察してくれたのか、大好きな彼女が淡々と言いました。
「あなたの所為じゃない、これはバナナの祟りなのよ」
部屋が静まり返ります。私は気持ちが悪く、意識が朦朧とします。気味の悪いことに、彼女の頭がバナナに見えるではありませんか。マグカップを持った彼は顔を青くしたバナナ。そして、鏡に映る私は、真っ黒に変色した腐ったバナナです。
もしや、これは本当にバナナの祟りなのでしょうか。黄色いバナナは、腐ったバナナにこう言います。
「覚えてないの? バナナを捨てたのは倫子、あんたよ」
――それが、私が最期に聞いた言葉でした。
これがバナナの祟りなら、私はもう二度とバナナを捨てたりしません。いえ、もう、そんな機会は有り得ないでしょうけれど。
最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございます(^^)
買ったのはルームメイトでも捨てたのは倫子なのです。
……食べ物を粗末にしたらバチが当たりますよ~。