第1話 カウントダウンの始まり
"お前は誰だ?"
"██████。"
"お前は何者だ?"
"██に憧れる男だ。"
"お前の使命はなんだ?"
"██の助けになることだ。"
「おい!ナナシ!いつまで寝てるんだ?ナナシ!」
「うるさいなぁ。人がせっかくよく眠ってるってのによぉ。」
見上げた顔に映るのは顔面にしわを寄せ、何かを言いたそうにしている男。確かこいつはノイ、僕たちの指導きょ────。この時、ようやく自分の状況を理解した。目の前にいる男の名はノイ・ネスシエ、僕たちの指導教官。僕たちは今ノイ教官から座学を教わっていた。僕はつい先程まであちらの世界を満喫していた。この意味が理解出来ようか。いや、理解したくない。
「ナナシ、覚悟はいいんだよな?」
この状況の最適解はなんだろうか。素直に謝ることだろうか?素直に謝ってもノイにボコられるだけだろう。では、ノイを倒すか。いや、それは無理だ。対魔隊最高順位第2位兼元副司令官。この肩書きがすべてを物語っている。もはやきっと手を出す前に血祭が開催されるだろう。それならば、手段は決まったも同然だ。
ポケットの中からキセルを取り出した。っと言ってもこのキセルはただのキセルではない。むしろ、キセルとしての役割は果たさない。このキセルは大気中のラトを取り込み、体に集めるためのものである。どうやら、僕の体の中にあるラトを蓄える器官が機能していないようでラトを集めることができない。そこでこのキセルを使って集めるのだ。まぁ、集めても蓄えることができないから、使用する度に集めなければならないのが難点ではある。だが、これが唯一の解決策だ。集めたラトを収縮させる。
【影式一期 ききるんべ】
これはラトが好んだとされる世界にあるという遊びをもととした技であるという。「影式一期 ききるんべ」は一時的に姿を見えないように透明化させるものである。この透明化している間に身を潜めれば僕の勝ちといったところだろう。さあ、どうする?ノイ・ネスシエ!いくら強かろうと手が出せなければどうしようもあるまい!
ノイはため息をつくと、突如として何も見えない場所に強烈なパンチをお見舞いした。二人から見たらノイが何をやっているのか理解できないだろう。はたから見たらそこには何もないのだから。だが、僕は理解させられた。なぜなら、ノイの強烈な一撃は僕の顔面にクリーンヒットしたのだ。
「あまり舐めるなよ?ナナシ!」
いやはや、ここまでの力があるとは。姿や気配は完璧に消したはずだ…。それをどうやって見破ったというのだ。あぁー…、つーか…、これ…、結構やばいやつだぁ。視界がじょじょにぼやけていき、目に移る色は一色に染まっていく。
「ナナシ!さっさと授業に戻れ!返事をしろ!」
ナナシは何も言わない。ぴくりとしない。まるでただの屍のようだというやつだ。
「ノイ教官の言う通りだぞ、ナナシ。ノイ教官に教えを乞うことができるのだってあと僅かじゃないか。このままだとあの約束を果たせないぞ!それはお前が一番分かってるんじゃないか。」
意気揚々と口を開いたのは僧侶見習いのロヨス・ウォクだ。
「あのー…せんせー!」
もじもじと指先を口元くらいまで挙げた少女の名はキャロ。魔法使いである。
「どうした!キャロ!」
「ナナシは当分の間、授業に参加するのは難しいかと…。」
「どうしてだ?」
「だって、泡吹いて気絶してるんですもん。」
「あぁ…。やりすぎたか…。」
「それはそうですよ。衝撃波がキャロのとこまで届いてるんですもん。」
「こういう時はこの『ロヨス・ウォク』にお任せを!」
ロヨスが杖を取り出すと青々とした空に真っ黒な雲が集まり始める。
【雷振】
複数の黒雲からそれぞれ巨大な雷が落ち、雷はナナシの元で一つになろうとする。
キャロは慌ててラトを収縮し、ナナシの真上に魔法陣を形成させる。
【カシキ 調和】
一つとなった巨大な雷とナナシとの距離がわずかとなった時、魔法陣から旋律の光線が放たれた。雷と光線は互いに打ち消しあった。
「何すんだよ!キャロ!」
「それをこっちのソリフだよ!キャロが打ち消したから良かったものの、あのまま雷振を落とせばナナシは気絶どころじゃなくなってたでしょーが。まさか、ナナシがラトを蓄えることができないのを忘れたわけではないでしょうね?」
「そうか。あいつ、ラトをまとえねぇのか。」
ラトは様々な用途があり、「影式」や「カシキ」、「雷振」のような使用法は魔攻と呼ばれる。魔攻とはラトを何かしらのエネルギーとして使うことによって一般的に必殺技と呼ばれるようなものを扱うことができる。ラトの使用用途は時代や生物種、地域や個々の才によって千差万別であるが、主に十種の使い方があり、これを「ラト拾の恩恵」と呼ぶ地域もあるらしい。魔攻もその一つである。そして、体纏もその一種である。体纏とはラトを体に纏うことによって、身体の能力を補うものである。例えば、相手を殴る時、ラトの纏うことによって普通に殴るよりも強い衝撃を与えることができる。また、逆に相手に攻撃された際にラトを纏うことによって体に与えられる衝撃を緩和されることができる。
「そうだよ。まったく。」
キャロはロヨスに呆れながら頬をぷっくりと膨らませる。
「まぁ。そろそろ目を覚ますだろう。」
「ノイ教官、しばらくはあのパンチをまともに受けたら起きられませんよ。」
ロヨスがノイにそう言うと、
「イテテテ。ったく、少しは加減してくれよ。」
頭を抑えながらナナシは立ち上がる。
「また殴られたくなければ居眠りしないことだな。次はちとばかし本気だすからな。」
ノイはそう言うと左手で握りこぶしを二、三度叩いた。圧倒的な次元を見せつけられた。そう感じざる負えない。…にしても、ノイはどうやって透明化した僕を殴ったのだろうか。九ヶ月近くにいたがまーたく分からねぇや。つーことはあと三月程経てばあの日からちょうど一年経つのか。思えばあっという間だったな。あと三ヶ月で約束を果たせるのか?
「あっ。言い忘れてたが明日から実技になるからよろしくな。初めての実技でどこまでやれるか楽しみにしてるからな!」
「…えっ?」
「…えっ?」
「…えっ?」
僕は何を言っているのか理解できなかった。反応を見るにロヨスとキャロも理解できなかったのだろう。今までの授業を全て「座学」として括るつもりなのか?ある日は常に100dB以上の声を出しながらのランニング、ある日はいつ頭が折れるかと不安になる勢いのあった滝行、ある日は暗所で四方八方から動物やら人間に襲われるわ。あれを実技と言わずして何という。実技では何をやるつもりなのだろうか。…明日から授業サボろうかな。
「まあ、何をやるかは明日のお楽しみにってやつだ!」
その日、彼らは恐怖に怯えながら今日と別れるのであった。




