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追放されたオメガの食堂~嵐の夜に保護した銀狼の獣人王と幼いもふもふ孤児たちに手料理を振る舞ったら、溺愛されました~  作者: 水凪しおん


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番外編「春の芽吹きと小さな秘密」

 長く厳しい冬が終わり、森の木々が少しずつ緑色の芽を出し始める季節。

 空気はまだ冷たさを残しているが、日差しには確かな春の温もりが混ざっている。

 リオンは食堂の裏庭で、冬の間に硬くなった土をクワで掘り起こし、新しい種を蒔く準備をしている。

 土の表面を削り取ると、湿った土の豊かな匂いがふわりと立ち上り、春の訪れを鼻先で感じさせる。

 額に滲んだ汗を麻の手ぬぐいで拭い、リオンは大きく息を吐き出す。

 太陽の光がリオンの銀色の髪を照らし、眩しいほどの輝きを与えている。

 食堂の中からは、子供たちの声が聞こえない。

 朝食の後、ルカとミーナはガレルに連れられて、森の奥へと遊びに出かけている。

 最近、3人はリオンに内緒で何かを企んでいるようで、時折声を潜めて話し合っている姿を見かけることがあった。

 リオンは微笑みながらクワを置き、冷たい井戸水で手と顔を洗う。

 指先に触れる水はまだ冷たいが、冬の突き刺すような鋭さはもうない。

 厨房に戻り、午後の軽食の準備を始める。

 小麦粉に新鮮な卵とたっぷりの乳を混ぜ合わせ、薄く焼き上げる甘い菓子の生地を作る。

 木のボウルの中で泡立て器を動かすたびに、甘くまろやかな匂いが空気に溶け込んでいく。

 生地を休ませている間、リオンは窓から外の森をじっと見つめる。

 ガレルと子供たちが無事に帰ってくるのを待つ時間は、リオンにとって心穏やかで幸せなひとときだ。




 その頃、森の奥深くでは、ルカとミーナが地面にはいつくばるようにして何かを探していた。

 ガレルは少し離れた場所から、腕を組んでその様子を静かに見守っている。


「あった! これ、甘いやつ」


 ルカが琥珀色の瞳を輝かせ、落ち葉の下から小さな赤い実を見つけ出す。

 それは春の初めにしか採れない、強い甘みと酸味を持つ希少な果実だった。


「ミーナも、見つけた」


 ミーナも短い尻尾を振りながら、少し形が歪な赤い実を小さな手で大切に包み込んでいる。


「よし、それくらいあれば十分だろう。傷つけないように袋に入れろ」


 ガレルが低く穏やかな声で指示を出すと、2人は慎重な手つきで小さな麻袋に実を収めていく。

 彼らはリオンに喜んでもらうために、この特別な果実をずっと探していたのだ。

 ガレル自身も、高い木の枝にしか咲かない白い花をいくつか摘み取り、革の袋にそっとしまっている。

 3人は泥だらけになりながらも、誇らしげな顔で食堂への家路につく。

 木々の間を縫って歩く足取りは軽く、彼らの心は早くリオンの喜ぶ顔が見たいという思いで満ちている。




 食堂の扉が開く重い音がして、リオンが厨房から顔を出す。

 入り口には、全身に泥と落ち葉をつけたルカとミーナが、満面の笑みを浮かべて立っていた。

 その後ろには、同じように服の裾を泥で汚したガレルが、少し照れくさそうに片手で首の後ろを掻いている。


「おかえりなさい。すごい泥だらけね、一体どこまで行ってきたの?」


 リオンが驚いて駆け寄ると、ルカが背中に隠していた小さな麻袋を前に突き出した。


「これ、リオンにあげる」


「あまい、きのみだよ」


 ミーナもルカの隣で、誇らしげに胸を張っている。

 リオンが麻袋を受け取り、中を覗き込むと、そこには潰れないように丁寧に集められた赤い果実がたっぷりと入っていた。

 果実の表面には森の朝露が光り、甘酸っぱい香りがふわりと鼻をかすめる。


「まあ……これ、探してきてくれたの?」


 リオンが感激して2人の顔を交互に見つめると、彼らは力強く頷いた。


「これでおいしいおかし、つくって」


「リオン、いつもおいしいごはん、ありがとう」


 子供たちの無邪気な言葉に、リオンの胸の奥が熱く締め付けられる。

 リオンは膝をつき、泥で汚れるのも構わずに2人の小さな体を両腕でしっかりと抱きしめる。


「ありがとう。とっても嬉しいわ。これで、とびきり美味しいお菓子を作るからね」


 リオンの言葉に、ルカとミーナは歓声を上げて飛び跳ねる。

 ガレルがゆっくりと近づき、リオンの前に片膝をつく。

 彼の大きな手には、森の奥で摘んできた白い花が握られている。


「……俺からは、これを。春の訪れを知らせる花だ。お前に似合うと思ってな」


 ガレルがぶっきらぼうに花を差し出すと、リオンは頬を赤く染めながらそれを受け取る。

 白い花びらは繊細で、甘く清らかな香りを放っている。


「ありがとうございます、ガレルさん。大切にします」


 リオンが微笑みかけると、ガレルの金色の瞳が優しく細められる。

 彼は太い指でリオンの頬についた微かな泥をそっと拭い取り、そのまま頬に手を添える。

 ガレルの手から伝わる熱が、リオンの肌を心地よく温めていく。


「さあ、手を洗って着替えてきて。お菓子の生地はもうできているから、この実を使って一緒に焼きましょう」


 リオンが立ち上がり、声をかけると、3人は足早に洗面台へと向かう。

 リオンは厨房に戻り、受け取った赤い果実を冷たい水で優しく洗う。

 果実の水気を丁寧に拭き取り、薄く広げた生地の上に並べていく。

 赤と白のコントラストが美しく、オーブンで焼く前からすでに美味しそうな香りが漂っている。

 着替えを終えた3人が厨房に集まり、オーブンの前で焼き上がりを待つ。

 甘い匂いが食堂全体を満たし、窓の外からは春の小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 焼き上がったお菓子をテーブルに並べ、果実水を注ぐ。


「いただきます」


 元気な声とともに、小さな宴が再び始まる。

 赤い果実は熱を通すことで甘みが増し、柔らかな生地と見事に調和している。

 ルカとミーナは口の周りに粉をつけながら、幸せそうに頬を張っている。

 ガレルも目を細めながら、静かに菓子を味わっている。

 リオンは胸元に飾った白い花の香りを嗅ぎながら、目の前に広がる幸福な光景を心に刻み込む。

 季節は巡り、景色は変わっていく。

 しかし、この小さな食堂に満ちる温かな家族の絆は、決して変わることはない。

 春の陽光が差し込むテーブルで、彼らの穏やかで甘い時間は、これからも永遠に続いていく。

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