表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/6

第二話 堕落のトルコライス

「ギンちゃん、いつもありがとうね、花板にもよろしく言っとくれ」


「はい、伝えておきます」


 束になった昆布を風呂敷で包んでいると、おかみさんは小さくため息をついた。


「それにしても……最近は北の海がいやに荒れてるっていうじゃないか、昆布もいつまで入ってくるか心配だよ」


「そうなんですか?」


 そういえば、花板も外海が荒れていると言っていた。


「なんでも王政が倒されたとか……いやだねえ、こっちの海に変なのが流れてこなきゃいいんだけど」


 外海からの流れ者……ベーリング嬢の異国的な横顔が浮かぶ。


「まあ、今後ともひいきにしとくれ」


 問屋を出ると、波の音と共に石畳を行き交う下駄の音や賑やかな話し声が聞こえてきた。


 遠い海の不穏なうわさなどどこ吹く風といったように、街は今日も活気にあふれている。


 ここのところ気の休まることがなかったから、久しぶりに街を歩くとなんだかほっとする。


 お使いを済ませたらまっすぐ帰るつもりだったけど、飾いでも見ていこうかな。

でも、私には似合わないんだよな。


『装飾品が似合わないのは、お前自身に完成された美しさがあるからだ』


 昔、ムラサキ殿下に言われた言葉を思い出して、ズキッと心が痛む。

あの頃は、その言葉がただ嬉しかった。


 でも……ムラサキ殿下もやはり華やかな女性に心を惹かれてしまうのだろうか。


 なんだかまた気分が落ち込んできた。

雲行きも怪しくなってきたし、寄り道はやめて板場に帰ろうか。


 ため息をついて顔を上げると、意外な顔が目に入った。


 ベーリング嬢だ。


 こちらには気づいていないようで、何かに追い立てられるように小走りで裏路地へと入っていった。


 こんなところで何をしているんだろう……この岸には流れ着いたと言っていたけど、知り合いでもいるんだろうか。


 静かに後を追っていくと、このあたりではまず見かけない、大柄な男性が待ち構えていた。

身を隠すようにして話している2人の会話は、ここからでは聞こえない。


 いったいベーリング嬢は何者なの……?

それに、この岸に入り込んでいる外海の者は、もしかしたら想像しているよりずっと多いのかもしれない。


 何が目的なのかはわからない。

でも、放っておくわけにはいかない。


 とりあえず帰ってムラサキ殿下……いや、花板に報告しなければ。


 きびすを返そうとしたときだった。

大きい手で背後から口を塞がれた。





 暗い裏路地、私は自身の2倍はありそうな大きい体に、閉じ込められるように身動きを封じられていた。


「おい、こいつ違うぞ、地元の女だ」


 低く、くぐもった声が聞こえる。


「なんだと、クソッ……逃げられたか」


 会話を聞く限り、相手はふたり……他にも仲間がいるんだろうか。


「まあいい、今日のところはこいつが戦利品だな。ウオガシの女は西方では大人気だ、高く売れるぜ」


 戦利品という下卑た言葉に、ゾクっと足もとが冷える。


「そいつはいいや、あっちの香味は刺激的だからな……揚げたてのヒレカツを乗せられてデミグラスでもかけられた日にゃあもう立派なトルコライスだ、すぐに自分が何者だったかも思い出せなくなるさ」


 全身から力を抜いて、うなだれているふりをしながら、ゆっくりと懐を探る。


 チャンスは一瞬。

日高か? いや、ここは利尻だ。


 音を立てないよう昆布を構えると、まっすぐ真一文字に引く。


「ぐあっ!」


 悲鳴とともに体が自由になる。

転げるようにひたすらに駆けると、表通りに出たところで誰かにぶつかった。


「ギン、どうしたんだ!」


 驚いたようにこちらを見ていたのは、配達帰りだろうか、作務衣に身を包んだワサビ殿下だった。





「どうしたんだ? ギン、なんで裏路地なんかに」


 ベーリング嬢が外海のものと連絡をとっているのを見かけて、普段ならまずはムラサキ殿下に報告するのに今は殿下のことを信頼できなくて、そうしたら急に襲われて、ウオガシの女が捕まって外海に売られていて、いや、それよりはやくここから離れないと。


 いろんなことが頭をよぎったけど、ワサビ殿下の顔を見たら張りつめていたものが一気にほどけてしまった。


「おい、ギン! どうした、何があったんだよ!」


 気づいたらワサビ殿下の胸にすがって涙を流していた。


 ワサビ殿下の手がためらいがちに肩に触れる。


「とりあえず、シナノザカに来い。何があったのかは知らねえが、話ならいくらでも聞いてやるから、な?」


 手の甲で涙を拭いながら、私は繰り返し頷いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ