9.冬支度は、静かな魔法
朝の空気が、少しだけ冷たい。
「……来ましたね」
私は吐く息を見て、そう言った。
魔王城の倉庫前には、籠が積まれている。
根菜、乾きやすい野菜、果実、穀物。
「全部、今日のうちに?」
ガルディスが腕を組む。
「はい。冬は、待ってくれませんから」
◆
最初は、干す。
薄く切って、風に当てる。
「太陽と風に、任せます」
「魔法を使えば早いのでは?」
王城から来た役人が言う。
「急ぐと、味が逃げます」
私は首を振った。
「食べ物は、時間も一緒に閉じ込めるんです」
リュシアスが、静かに結界を張る。
「……虫除けだけでいいな?」
「完璧です」
◆
次は、漬ける。
塩。
香草。
果実の酸。
「これは、少しだけ」
小さな樽に、慎重に詰める。
「強すぎると、冬に飽きます」
魔将軍たちは、真剣な顔だ。
「……戦術と似ているな」
「そうですね」
私は笑う。
「全部を全力で使わない」
◆
最後は、甘くする。
煮詰めた果実を、瓶に詰める。
「冬は、心も冷えますから」
「……なるほど」
王妃が、そっと頷く。
彼女は、以前よりずっと元気だ。
「寒い日に、これを少し舐めるだけで、救われる人がいます」
◆
倉庫に並ぶ、保存食。
派手ではない。
だが、確かに“生き延びる力”だ。
《備えによる安心感》
《全体ストレス耐性 上昇》
《士気 安定》
誰かが、ぽつりと言った。
「……今年の冬は、怖くないな」
その言葉に、皆が静かに頷く。
◆
作業の合間、子どもたちが覗きに来る。
「これ、いつ食べるの?」
「冬です」
「全部?」
「少しずつ」
私は、瓶を一本渡す。
「これは、春まで取っておく約束」
子どもは、真剣な顔で頷いた。
◆
夕方。
倉庫の扉を閉める。
音は小さい。
でも、確かな重みがあった。
「……不思議だな」
魔王が言う。
「剣を磨くより、安心する」
「でしょう?」
私は、少しだけ誇らしい。
「冬を越える準備ができたら、
次は春を待つだけです」
冷たい風が吹く。
でも、城の中は温かい。
鍋には、今日作った保存食を使った汁物。
静かな夕食。
争いの話は、誰もしなかった。
冬は、もうすぐそこまで来ている。
――それでも、大丈夫。
そう思える夜だった。




