5.人間の使者は、魔王城のごはんに敗北した
人間側から使者が来ると聞いた時、
魔王城は一瞬だけ、ぴりっとした空気になった。
「警戒は必要だ」
「交渉の場だ。剣は抜くな」
魔将軍たちが真面目な顔で言う中、
私はエプロンを締め直した。
「じゃあ、ごはん作りますね」
全員が、私を見た。
「……ごはん、だと?」
「はい。話し合いの前に」
魔王は少し考えてから、頷いた。
「理にかなっている」
よし、通った。
◆
問題は、素材だった。
城の在庫だけじゃ足りない。
使者用となると、ちゃんとしたものを出したい。
「森と川、行きましょう」
そう言った瞬間。
「俺も行く」
ガルディス(脳筋魔将軍)が当然のように名乗り出る。
「力仕事要員ですね」
「否定はしない!」
さらに。
「私も同行する」
リュシアス(氷の美形魔将軍)が、静かに言った。
……え、あなた来るの?
「冷却と保存が必要だろう」
「文明担当ですね」
「……その呼び方はやめろ」
でも、断らない。
◆
森は豊かだった。
香りの強い葉。
実の詰まった木の実。
川には、脂の乗った魚。
「この世界、素材は本当にいいんですよ」
私は夢中で籠に入れていく。
ガルディスは無言で重い荷物を運び、
リュシアスは魚を氷魔法で瞬時に締める。
「……鮮度が保たれる」
「最高です。冷蔵庫もあるし」
「……便利だな」
ぽつりとした一言に、ちょっと笑った。
魔将軍たちが、誰かのために動いている。
それだけで、世界は少し変わる。
◆
そして、人間の使者。
緊張した顔。
鎧を着たまま。
警戒心、全開。
その前に出したのは、
森と川の恵みを使った、温かい料理だった。
「……毒見を」
「どうぞ」
一口。
――止まる。
「……な、なんだこれは」
「ごはんです」
使者の手が、震えている。
「温かい……香りが……」
二口目。
三口目。
顔が、完全に崩れた。
「……人間の食事より、ずっと……」
言葉が続かない。
私は、そっと言った。
「この世界、みんなお腹が空いてたんですよ」
使者は、はっとした顔になる。
魔王が、静かに続けた。
「争いの理由は、奪わねば生きられなかったからだ」
「……」
「腹が満たされれば、剣は鈍る」
沈黙の後。
使者は、深く頭を下げた。
「……まず、食の話をさせてほしい」
その瞬間、
長く続いた争いが、ほんの少しだけ、ほどけた気がした。
◆
後片付けをしながら、私は思う。
森で素材を集めて、
川の魚を焼いて、
みんなで食べる。
それだけなのに。
「……平和って、案外こんなものかもしれませんね」
ガルディスが頷き、
リュシアスは無言で皿を運ぶ。
魔王城の厨房は、今日も賑やかだった。
――次は、人間側の台所改革かな。
私は、次の献立を考え始めていた。




