4.魔王は、温かい料理に弱かった
魔王は、いつも一人で食事をしていた。
玉座の間の奥。
広い食卓。
並ぶ料理は、他と同じ――焼いただけ、煮ただけのもの。
誰も一緒に食べない。
誰も、味の話をしない。
「……それ、楽しいですか?」
思ったことが、口から出ていた。
魔王は少しだけ目を細める。
「食事は義務だ。王である以上、贅沢は不要だろう」
ああ。
この人も、だいぶ無理してる。
魔族たちは皆、強い。
でも強さは、ずっと張り詰めていないと保てない。
疲労。
古傷。
治らない病。
それを「当然」として、笑わないまま生きてきた。
「……今日は、私が作ります」
「厨房の者は十分だ」
「違います」
私は、魔王をまっすぐ見た。
「王様のための料理です」
◆
作ったのは、特別なものじゃない。
骨出汁をベースにした、滋養のあるスープ。
柔らかく煮た肉。
香草を効かせた温かい煮込み。
派手さはない。
でも、身体を休ませるための料理。
魔王は黙って、一口食べた。
――そして、止まった。
「……温かいな」
「はい」
「……身体の奥が、緩む」
《疲労回復》
《精神安定(大)》
《魔力循環 正常化》
魔王は、ゆっくり息を吐いた。
「……久しいな。食事で、何も考えずに済むのは」
その言葉に、胸が少しだけ締めつけられた。
「……この世界は、長く争ってきた」
魔王はぽつりと語る。
「魔族も、人間も。
土地は痩せ、作物は育たず、保存も利かない。
奪わねば、生きられなかった」
――食の問題。
だから、争っていた。
「だが……」
魔王は、空になった器を見つめる。
「もし、腹が満たされ、心が満ちるなら。
争う理由は、どこへ行く?」
その問いに、私は微笑んだ。
「……美味しいものを食べてる時、
ケンカしたい人、あんまりいませんよ」
魔王は、初めてはっきり笑った。
「……確かに、そうだな」
◆
その日から、魔王城の空気は変わった。
魔族たちは、食卓で言葉を交わすようになり。
傷を庇い合い、無理をしなくなり。
「侵攻」ではなく「交渉」という言葉が、会話に混じり始めた。
「人間側も、食に問題を抱えているだろう」
魔王は言う。
「ならば、まず食から話をしよう」
私は、ちょっと驚いた。
「……平和的解決、ですか?」
「腹が減っている相手に、剣を向けるのは合理的ではない」
ああ、この人、魔王だけど――
すごく理性的だ。
魔王は私を見る。
「君を召喚して、正解だった」
私は肩をすくめた。
「戦えない料理人ですけど?」
「いや」
魔王は静かに言った。
「君は、この世界を変える」
――剣でも、魔法でもなく。
「食事で」
私は、笑った。
「じゃあ次は、人間側にも“ごはん”出しましょうか」
争いの長かった世界に、
少しずつ、湯気が立ち始めていた。




