27.受け止めて、待つ
魔王城から半日の距離。
小さな村――魔族と人間が細々と交易する境界の村。
そこから、相談が届いた。
「作物の味が、急に落ちた」
◆
畑に立つと、確かに違和感がある。
枯れてはいない。
だが、実が固く、えぐみがある。
「争いは?」
リーヴェが周囲を見る。
「ないよ」
村長が首を振る。
「ただ……」
少し気まずそうに言う。
「人間側の商人と、値段で揉めまして」
◆
その空気。
私は、わかってしまった。
「土が、緊張してる」
◆
軽いトラブルは、解決している。
けれど。
互いに言い過ぎた言葉が、
畑に残っていた。
◆
私は、持ってきたまな板を置く。
七つの神道具のひとつ。
「ここで、切るの?」
村の子どもが聞く。
「ううん」
私は、そっと手を置く。
◆
まな板は、
何を乗せても受け止める。
重さも、衝撃も。
刃の音も。
◆
村人に言う。
「言いたいこと、あるなら言って」
「ここで」
◆
最初は、ぎこちない。
だが一人が口を開く。
「安く買い叩かれたと思った」
「品質が落ちたと思った」
言葉が、出る。
荒れない。
跳ねない。
まな板が、受け止めている。
◆
「……そうか」
商人側の代表が、頭を下げる。
「急ぎすぎた」
◆
空気が、少し緩む。
だが。
畑のえぐみは、すぐには消えない。
◆
私は、小さな壺を取り出す。
掌に乗るほどの大きさ。
「それは?」
「時間を、預ける道具」
◆
村の味噌と、塩と、刻んだ野菜を入れる。
壺に蓋をする。
そっと、畑の中央に置く。
◆
壺が、静かに温もる。
焦らない。
急がない。
感情も、土も、
時間が馴染ませる。
◆
三日後。
再び訪れると。
実は、やわらいでいた。
えぐみが、消えている。
◆
「……戻った」
村長が目を見開く。
「壊れてなかったんだ」
「うん」
私は笑う。
「熟すのを、待てなかっただけ」
◆
壺を開ける。
中は、旨味の詰まった調味。
それを、収穫した野菜に少し添える。
「うまい!」
子どもが叫ぶ。
◆
リーヴェが、静かに言う。
「戦場では、
待つことは死に繋がる」
「でも」
畑を見る。
「ここでは、
待つことが生きることか」
◆
まな板は、受け止めた。
壺は、熟成させた。
大きな奇跡じゃない。
でも。
村は、また笑っている。
◆
帰り道。
「ミナ」
リーヴェが言う。
「お前の道具は、
戦より難しいな」
「そう?」
「待つほうが、
勇気がいる」
◆
魔王城へ戻る空は、
ゆっくりと晴れていた。




