26.ひとつの鍋から
その日は、雨だった。
しとしとと、魔王城の石壁を濡らす音。
遠征も訓練もなく、
皆どこか、手持ち無沙汰。
「……こういう日は」
私は、棚を開ける。
取り出したのは、大きな鍋。
七つの神道具のひとつ。
そして、木のお玉。
◆
「今日は、何を作る?」
リーヴェが聞く。
「みんなで食べるやつ」
「具体的には?」
「まだ決めてない」
◆
鍋を火にかける。
水を張る。
野菜を入れる。
肉も、豆も、芋も。
特別な料理じゃない。
あり合わせの、具だくさんのスープ。
◆
「雑だな」
魔王が言う。
「うん」
私は笑う。
「でもね」
◆
鍋の中で、
ゆっくりと煮える。
すると。
空気が、やわらいだ。
雨音が、遠くなる。
◆
「……静かだ」
古参兵が呟く。
「落ち着く」
リーヴェも、目を細める。
鍋の神器が、発動していた。
包み込むように。
部屋の魔力の波を、均していく。
◆
「鍋はね」
私は、そっと言う。
「違うものを、
一緒に温める道具」
強い味も、
やさしい味も。
戦場帰りも、
城育ちも。
◆
煮えた。
私は、お玉を手に取る。
とろり、とすくう。
その瞬間。
お玉が、かすかに光った。
◆
「……巡っている」
魔王が言う。
「何が?」
「魔力だ」
◆
一杯目を、古参兵へ。
二杯目を、リーヴェへ。
三杯目を、子どもへ。
四杯目を、魔王へ。
配るたびに、
部屋の空気が、整っていく。
◆
「偏らない」
リーヴェが、ぽつりと言う。
「誰かだけが、
強くなるわけじゃない」
◆
鍋が包み、
お玉が巡らせる。
温かさが、
均等に行き渡る。
◆
「これ、好き」
子どもが言う。
「なんか、
安心する」
◆
私は、最後の一杯をすくう。
「おかわり、あるよ」
鍋は、まだ余裕がある。
◆
雨は、まだ降っている。
でも、城の中は、
やけに静かで、温かい。
◆
「ミナ」
魔王が、低く言う。
「この鍋は、
戦より強いな」
「そう?」
「争わせない」
◆
私は、少し考えてから答える。
「勝つより、
一緒にいるほうが難しいからね」
◆
鍋は、最後まで温かかった。
お玉は、最後まで巡らせた。
その日、魔王城では、
誰も声を荒げなかった。
ただ、
同じ鍋を囲んだ。




