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25/28

25.刃は、やさしく断つ

 最初に異変に気づいたのは、リーヴェだった。


「……城の西塔」


 低く、呟く。


「魔力が、淀んでいる」


 ◆


 西塔は、かつての戦の名残が残る場所。


 封じた魔物。

 消えなかった怨念。


 そして。


「古傷が、疼く」


 リーヴェが、腕を押さえる。


 遠征で負った傷だ。


 治っているはずなのに、

 時折、痛む。


 ◆


「呪い、だな」


 魔王が静かに言う。


「強いものではない」


「だが、

 長く残る類だ」


 ◆


 私は、厨房に戻った。


 棚から取り出す。


 一本の包丁。


 七つの神道具のひとつ。


 見慣れた刃なのに、

 今日は少し、冷たい。


 ◆


「切るのか?」


 リーヴェが問う。


「うん」


 私は、頷く。


「でも、怪我はさせない」


 ◆


 まな板の上に置いたのは、

 固い根菜。


 そして、

 西塔から持ってきた、小さな呪い石。


 黒く、濁った欠片。


 ◆


「料理と、関係あるのか?」


「あるよ」


 私は、刃を入れる。


 す、と。


 音もなく、根菜が割れる。


 同時に。


 空気が、震えた。


 ◆


「……!」


 リーヴェが息を呑む。


 腕の古傷が、じわりと熱を帯びる。


 だが、痛みは増さない。


 代わりに。


 何かが、引き剥がれる感覚。


 ◆


 包丁の刃が、淡く光る。


 切ったのは、野菜。


 でも。


 断たれたのは、

 “結びついたままの呪い”。


 ◆


「呪いはね」


 私は、静かに言う。


「無理に壊すと、

 跳ね返る」


「だから」


「料理みたいに、

 切り分ける」


 ◆


 呪い石が、ぱきり、と音を立てる。


 粉々にはならない。


 ただ、

 色が薄くなる。


 ◆


 リーヴェは、ゆっくりと腕を回した。


「……軽い」


 驚いたように、呟く。


「消えた、のか?」


「ううん」


 私は首を振る。


「切り離しただけ」


 ◆


「未練も、呪いも」


「完全には消えない」


「でも」


 刃を布で拭きながら言う。


「今の自分と、

 絡まないようにできる」


 ◆


 魔王が、低く笑う。


「なるほど」


「その刃は、

 敵を殺すためではないな」


「うん」


「未来を、守るため」


 ◆


 その夜。


 西塔の空気は、澄んでいた。


 リーヴェは、

 珍しく長く眠った。


 悪夢を見ずに。


 ◆


 翌朝。


「……あの包丁」


 リーヴェが言う。


「戦場に持っていったら、

 最強だな」


 私は、慌てて首を振る。


「だめ」


「台所専用」


 ◆


「そうか」


 彼女は、少し笑った。


「なら、守る」


 その言葉は、

 戦士の誓いだった。


 ◆


 包丁は、棚に戻る。


 静かに。


 今日もまた、

 誰かの未練を、

 やさしく断つために。

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