25.刃は、やさしく断つ
最初に異変に気づいたのは、リーヴェだった。
「……城の西塔」
低く、呟く。
「魔力が、淀んでいる」
◆
西塔は、かつての戦の名残が残る場所。
封じた魔物。
消えなかった怨念。
そして。
「古傷が、疼く」
リーヴェが、腕を押さえる。
遠征で負った傷だ。
治っているはずなのに、
時折、痛む。
◆
「呪い、だな」
魔王が静かに言う。
「強いものではない」
「だが、
長く残る類だ」
◆
私は、厨房に戻った。
棚から取り出す。
一本の包丁。
七つの神道具のひとつ。
見慣れた刃なのに、
今日は少し、冷たい。
◆
「切るのか?」
リーヴェが問う。
「うん」
私は、頷く。
「でも、怪我はさせない」
◆
まな板の上に置いたのは、
固い根菜。
そして、
西塔から持ってきた、小さな呪い石。
黒く、濁った欠片。
◆
「料理と、関係あるのか?」
「あるよ」
私は、刃を入れる。
す、と。
音もなく、根菜が割れる。
同時に。
空気が、震えた。
◆
「……!」
リーヴェが息を呑む。
腕の古傷が、じわりと熱を帯びる。
だが、痛みは増さない。
代わりに。
何かが、引き剥がれる感覚。
◆
包丁の刃が、淡く光る。
切ったのは、野菜。
でも。
断たれたのは、
“結びついたままの呪い”。
◆
「呪いはね」
私は、静かに言う。
「無理に壊すと、
跳ね返る」
「だから」
「料理みたいに、
切り分ける」
◆
呪い石が、ぱきり、と音を立てる。
粉々にはならない。
ただ、
色が薄くなる。
◆
リーヴェは、ゆっくりと腕を回した。
「……軽い」
驚いたように、呟く。
「消えた、のか?」
「ううん」
私は首を振る。
「切り離しただけ」
◆
「未練も、呪いも」
「完全には消えない」
「でも」
刃を布で拭きながら言う。
「今の自分と、
絡まないようにできる」
◆
魔王が、低く笑う。
「なるほど」
「その刃は、
敵を殺すためではないな」
「うん」
「未来を、守るため」
◆
その夜。
西塔の空気は、澄んでいた。
リーヴェは、
珍しく長く眠った。
悪夢を見ずに。
◆
翌朝。
「……あの包丁」
リーヴェが言う。
「戦場に持っていったら、
最強だな」
私は、慌てて首を振る。
「だめ」
「台所専用」
◆
「そうか」
彼女は、少し笑った。
「なら、守る」
その言葉は、
戦士の誓いだった。
◆
包丁は、棚に戻る。
静かに。
今日もまた、
誰かの未練を、
やさしく断つために。




