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23/28

23.蒸されて、ほどける

その魔将軍は、夜に帰ってきた。


 遠征帰り。


 鎧には傷があり、

 外套には乾いた土。


 けれど、背筋は真っ直ぐだった。


「第三魔将軍、帰還した」


 女の声は、低く落ち着いている。


 ◆


「……無事で何よりだ」


 魔王がそう言うと、

 彼女は短く頷いた。


 だが。


 私は、見逃さなかった。


 歩き方が、少し硬い。


 呼吸が、浅い。


 ◆


「報告は、あとで」


 魔王が言う。


「まず、食え」


 第三魔将軍は、わずかに目を細めた。


「……命令か?」


「そうだ」


 ◆


 厨房。


 私は、蒸し器を出す。


 七つの神道具の一つ。


 見た目は素朴な器具なのに、

 蓋を置いた瞬間、

 空気が変わった。


 ◆


「今日は、茶碗蒸し」


「……甘いのか?」


「しょっぱいやつ」


 私は、笑う。


 ◆


 卵。


 出汁。


 細かく刻んだ具。


 すべてを、静かに注ぐ。


 蒸し器に入れ、

 火を弱くする。


「蒸し料理はね」


 私は、背を向けたまま言う。


「急がせないの」


 ◆


 湯気が、立つ。


 ただ、それだけ。


 なのに。


 第三魔将軍の肩が、

 ふっと下がった。


 ◆


「……妙だ」


「なにが?」


「魔力の巡りが、

 戻ってくる」


 彼女は、自分の手を見つめる。


「戦場の癖が、

 抜けていく」


 ◆


 蓋を開ける。


 ふるり、と表面が揺れた。


 静かな料理。


「どうぞ」


 ◆


 一口。


 第三魔将軍は、

 しばらく動かなかった。


 やがて、小さく息を吐く。


「……蒸されている」


「うん」


「身体が」


 ◆


「不思議だな」


 彼女は、少し困ったように言う。


「痛みが、

 薄くなる」


「忘れるんじゃない」


 私は、首を振る。


「ほどけるだけ」


 ◆


 茶碗が、空になる。


 第三魔将軍は、

 静かに箸を置いた。


「……もう一つ、

 頼んでいいか」


 その声は、

 遠征帰りとは思えないほど柔らかかった。


 ◆


「もちろん」


 私は、蒸し器を見つめる。


 神道具の効果は、

 派手じゃない。


 けれど。


 確実に、

 必要なところに届く。


 ◆


「名を、聞いていなかったな」


 魔王が言う。


 第三魔将軍は、少し考えてから答えた。


「……リーヴェ」


 そして、私を見る。


「お前は?」


「ミナ」


 ◆


「……気が合いそうだ」


 私は、笑った。


「私も」


 湯気の向こうで。


 また一つ、

 魔王城が、柔らかくなった。

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