23.蒸されて、ほどける
その魔将軍は、夜に帰ってきた。
遠征帰り。
鎧には傷があり、
外套には乾いた土。
けれど、背筋は真っ直ぐだった。
「第三魔将軍、帰還した」
女の声は、低く落ち着いている。
◆
「……無事で何よりだ」
魔王がそう言うと、
彼女は短く頷いた。
だが。
私は、見逃さなかった。
歩き方が、少し硬い。
呼吸が、浅い。
◆
「報告は、あとで」
魔王が言う。
「まず、食え」
第三魔将軍は、わずかに目を細めた。
「……命令か?」
「そうだ」
◆
厨房。
私は、蒸し器を出す。
七つの神道具の一つ。
見た目は素朴な器具なのに、
蓋を置いた瞬間、
空気が変わった。
◆
「今日は、茶碗蒸し」
「……甘いのか?」
「しょっぱいやつ」
私は、笑う。
◆
卵。
出汁。
細かく刻んだ具。
すべてを、静かに注ぐ。
蒸し器に入れ、
火を弱くする。
「蒸し料理はね」
私は、背を向けたまま言う。
「急がせないの」
◆
湯気が、立つ。
ただ、それだけ。
なのに。
第三魔将軍の肩が、
ふっと下がった。
◆
「……妙だ」
「なにが?」
「魔力の巡りが、
戻ってくる」
彼女は、自分の手を見つめる。
「戦場の癖が、
抜けていく」
◆
蓋を開ける。
ふるり、と表面が揺れた。
静かな料理。
「どうぞ」
◆
一口。
第三魔将軍は、
しばらく動かなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……蒸されている」
「うん」
「身体が」
◆
「不思議だな」
彼女は、少し困ったように言う。
「痛みが、
薄くなる」
「忘れるんじゃない」
私は、首を振る。
「ほどけるだけ」
◆
茶碗が、空になる。
第三魔将軍は、
静かに箸を置いた。
「……もう一つ、
頼んでいいか」
その声は、
遠征帰りとは思えないほど柔らかかった。
◆
「もちろん」
私は、蒸し器を見つめる。
神道具の効果は、
派手じゃない。
けれど。
確実に、
必要なところに届く。
◆
「名を、聞いていなかったな」
魔王が言う。
第三魔将軍は、少し考えてから答えた。
「……リーヴェ」
そして、私を見る。
「お前は?」
「ミナ」
◆
「……気が合いそうだ」
私は、笑った。
「私も」
湯気の向こうで。
また一つ、
魔王城が、柔らかくなった。




