22.魔王、包丁を持つ
「……一つ、相談がある」
その言葉を切り出した魔王は、
いつになく真剣だった。
私は、鍋の火を弱めて振り返る。
「なに?」
「料理を、覚えたい」
……。
数秒、理解が追いつかなかった。
「え?」
◆
「お前が、
いなくなる可能性は、ゼロではない」
魔王は、視線を逸らす。
「だから」
「最低限、
城の台所が止まらぬようにしたい」
◆
私は、思わず笑ってしまった。
「魔王が?」
「魔王だが?」
「いや、
想像できなくて」
◆
「笑うな」
そう言いながら、
包丁を見る目が、少し怖い。
◆
最初の課題は、
野菜を切ることだった。
「……この刃は、
敵用ではないのか?」
「敵用じゃないよ」
「……信用していいのか?」
「たぶん」
◆
結果。
切り口は、
大きいか、薄すぎるかの二択。
「火力も、
難しいな」
「強すぎ」
「弱すぎだ」
◆
周囲には、
いつの間にか見物人。
「魔王さま、
その切り方は……」
「黙れ」
「はい」
◆
「いいから」
私は、隣に立つ。
「包丁は、
力じゃなくて、
重さを預ける感じ」
◆
魔王の手に、
そっと自分の手を添える。
ぴくり、と肩が動いた。
「……こうか」
「うん、
そう」
◆
出来上がったのは、
野菜スープだった。
見た目は、
正直、微妙。
「……飲めるか?」
「うん」
一口。
◆
「……あ」
私は、目を瞬いた。
「滋養は、
あるね」
「……本当か?」
「うん、
味は……」
言葉を選ぶ。
「素直」
◆
魔王は、
しばらく黙ってから言った。
「なら、いい」
「派手でなくていい」
「腹が、
落ち着けば」
◆
子どもたちが、
そっと手を挙げる。
「それ、
また作る?」
「……考えておく」
◆
鍋の底には、
少し焦げが残っていた。
でも。
誰も、
それを責めなかった。
◆
「ミナ」
魔王が、ぽつりと言う。
「教えてくれて、
ありがとう」
その声は、
いつもより低くて、静かだった。
◆
私は、笑う。
「どういたしまして」
「でもね」
少しだけ、意地悪く。
「毎日は、
作らせないよ」
「……なぜだ」
「私の居場所、
なくなるから」
◆
魔王は、
ほんの一瞬だけ困った顔をして。
「……それは、
困る」
そう言って、
鍋をかき混ぜた。
魔王城の厨房は、
今日も、平和だった。




