21.それは、酔ってない
事件は、静かに始まった。
魔王城の朝は、いつも通りだった。
鍋は温まり、
子どもたちは見学という名の応援をしている。
平和。
……の、はずだった。
◆
「ミナ!」
ガルディスが、珍しく慌てて駆け込んでくる。
「城下が、少し騒がしい」
「え?」
「“魔王城で酒が配られている”って話が、
広まってる」
私は、思わず手を止めた。
「……それ、
半分だけ合ってて、
半分違うやつだ」
◆
城下に降りてみる。
すると。
「あれが噂の酒か!」
「飲んだら、
魔王みたいに強くなるんだろ?」
「いや、
心が休まるって……」
情報が、
自由に育っていた。
◆
「ちがうちがう!」
私は、慌てて声を張る。
「強くはならないし、
配ってもいないよ!」
「え?」
「え?」
◆
そのとき。
人だかりの向こうから、
見覚えのある服装が現れた。
「……アウルディア王国?」
使者、というより、
若い役人が一人。
「確認に来ました」
真面目そうな顔。
「“酒が出回っている”と」
◆
「出回ってないです!」
私は、即答した。
「……飲んだ者が、
元気そうなのは?」
「それは」
鍋を指さす。
「甘酒」
◆
「酒じゃないのか?」
「ない」
「酔わない?」
「酔わない」
「……甘い?」
「甘い」
◆
沈黙。
役人は、しばらく考えたあと、
小さく呟いた。
「……それは、
酒ではないな」
◆
誤解は、解けた。
……と思った、そのとき。
「でも!」
城下の誰かが言った。
「甘くて、
元気出るなら、
それも酒じゃないか?」
「いや、
違うだろ!」
◆
私は、苦笑する。
「えっとね」
「お酒は、
大人が、
特別な日に、
ちょっとだけ」
「これは、
毎日飲んでいいやつ」
◆
魔王が、腕を組んで言う。
「つまり」
「酒は、
“休むための刃物”」
「甘酒は、
“布団”だ」
◆
「……わかりやすい」
役人が、感心したように頷く。
城下の空気も、
少しずつ落ち着いていく。
◆
「じゃあ、
酒は?」
「城の奥」
「管理下」
「勝手に作らない」
◆
その日の昼。
甘酒が、城下に振る舞われた。
「酔わないのに、
眠くなる……」
「これは、
平和だな……」
◆
私は、鍋を見ながら思う。
悪意は、なかった。
ただ、
期待が、先走っただけ。
◆
噂は、
正しく整えれば、
味方になる。
今日の事件は、
それを教えてくれた。
魔王城は、
今日も平和だった。




