20.その使い道を、急がない
魔王城の門前が、少しだけ騒がしかった。
「アウルディア王国より、使者です」
聞き慣れた名に、私は手を止める。
「早いね……」
「嗅覚がいい国だ」
魔王は、そう言って立ち上がった。
◆
通された使者は、興奮を隠しきれていなかった。
「魔王様、
そして料理人ミナ殿」
深々と礼をしてから、
切り出す。
「城下で噂になっております。
“心を休ませる酒”が生まれたと」
◆
「王も王妃も、
強い関心を示しておられます」
「……そう」
私は、少しだけ苦笑した。
広がるのが、早すぎる。
◆
「無論、
強引な要求ではありません」
使者は、慌てて言葉を添える。
「ただ……
国として、どう扱うべきものか、
一度、話を伺えればと」
◆
魔王が、私を見る。
「どうする?」
私は、少し考えてから答えた。
「今は、
渡せないかな」
◆
使者は、驚いた顔をしたが、
すぐに姿勢を正した。
「理由を、
伺っても?」
「うん」
私は、静かに言う。
「お酒ってね、
扱いを間違えると、
人を壊すから」
◆
「元気を出すためじゃなくて」
「忘れるためでもなくて」
「……休むためのもの」
使者は、真剣に聞いている。
◆
「今は、
まだ“城の中”で」
「必要な人に、
必要な分だけ」
「それ以上は、
急ぎたくない」
◆
魔王が、頷いた。
「我も同意だ」
「これは、
武器にも、毒にもなる」
「だから――
台所の管理下に置く」
◆
「酒の製法は、
当面、外には出さない」
「代わりに」
私は、少しだけ微笑む。
「滋養粥や、
甘酒みたいなものなら、
教えられるよ」
◆
使者は、深く頭を下げた。
「……理解いたしました」
「王にも、
そのまま伝えます」
◆
使者が去ったあと。
城は、また静かになる。
「よかったのか?」
魔王が、ぽつりと聞く。
「うん」
私は、壺を棚の奥にしまいながら答える。
「早く広めるより、
長く続くほうがいい」
◆
「……似てきたな」
「え?」
「考え方が」
魔王は、そう言って小さく笑った。
◆
その日の夕方。
厨房では、
甘い香りが立ちのぼっていた。
「今日は、お酒じゃないよ」
「甘酒」
「こっちも、
ちゃんと元気出るから」
子どもたちが、嬉しそうに頷く。
◆
静かな革命は、
急がない。
守れる形で、
少しずつ。
それが、
この城のやり方だった。




