16.アウルディア王国にて
アウルディア王国は、穏やかな国だ。
魔王城と正式に友好関係を結び、
争いよりも交易と暮らしを重んじる。
大陸の中央に位置し、
豊かな農地と流通路を持つこの国は、
人間の国々の中でも珍しく「疲れにくい」国だった。
そして――
この国には、よく知られた事実が一つある。
王女は、王城よりも外で暮らすことが多い。
◆
「今日も、戻られないのですね」
侍女の言葉に、王妃は苦笑した。
「ええ。魔王城の方が、身体が楽なのよ」
転送ゲートを使い、
王妃が魔王城に滞在していることは、
もはや隠し事でもなかった。
理由を、城の者は皆、知っている。
食事だ。
◆
その日の王城では、
一つの報告が上がっていた。
「北の村を行き来する行商人からです」
差し出されたのは、小さな包み。
「“身体が楽になる粥”だと」
王妃は、包みを受け取り、静かに頷く。
「……温めて」
◆
椀に盛られた粥は、
見た目だけなら、実に地味だった。
「質素ね」
そう言ってから、王妃は一口。
数秒、言葉を失う。
「……あら」
王も、続いて口にする。
そして、小さく息を吐いた。
「……やはり、あの者か」
派手な香りはない。
だが、身体の奥が、静かに整っていく。
◆
「作ったのは、魔王城で料理をしている者です」
行商人が、慎重に言葉を選ぶ。
「名は――ミナ」
王妃は、微笑んだ。
「でしょうね」
それ以上の説明は、不要だった。
王も、椀を置く。
「この味は、偶然では出ない」
◆
「これは、国に必要だ」
王の声は、低く、しかし即断だった。
「贅沢品ではない。
だが、疲れた民を支える料理だ」
王妃も頷く。
「ええ。
滋養粥――そう呼ばれているそうよ」
◆
「正式に話を聞こう」
王が言う。
「礼を尽くして、だ」
アウルディア王国が、
一人の料理人に、国として向き合う。
その決断は、静かだった。
◆
一方、その頃。
北の村では、
いつも通り滋養粥が炊かれていた。
「これ、落ち着くね」
「うん」
私は、湯気の立つ鍋を見ながら笑う。
この粥が、
アウルディア王国の王城で語られていることを。
この時の私は、
まだ知らなかった。




