13.『ミナ様へ』と書かれた封書
その封書は、魔王城にしてはずいぶんと地味だった。
黒い蝋印もなければ、威圧感のある紋章もない。
少し厚めの紙に、丁寧な文字。
宛名だけが、やけに目を引いた。
料理人 ミナ様
「……私?」
思わず声に出すと、周囲が一斉にこちらを見る。
「ミナせんせー宛てだ!」
「名前、書いてある!」
子どもたちが嬉しそうに騒ぎ出す。
魔将軍のガルディスが腕を組んだ。
「魔王宛てではない、か」
リュシアスも淡々と頷く。
「正式な依頼文だな。
だが、完全に個人指定だ」
私は、少しだけ指先が緊張するのを感じながら、封を切った。
◆
拝啓
魔王城にて料理をされていると伺いました、ミナ様。
私どもは、城から北へ二日の場所にある小さな集落です。
冬を前に、皆で食べてはいるのですが……
なぜか、元気が出ません。
病ではなく、呪いでもなく。
ただ、日々が重く、子どもたちの笑顔が減っていくばかりです。
無礼を承知でお願い申し上げます。
一度で構いません。
どうか、ミナ様の料理を。
読み終えたとき、厨房は静まり返っていた。
派手な言葉はない。
でも、切実だった。
◆
「……どうする?」
ガルディスが聞く。
私は、すぐには答えなかった。
「詳しい話を聞きたいです」
自分でも驚くくらい、落ち着いた声だった。
「何を食べているのか。
保存食は何があるのか。
人数は、子どもは、冬はどれくらい厳しいのか」
一拍置いて、続ける。
「私、万能じゃないですから」
それでも。
封書を胸に抱いたとき、分かった。
これは、無視できない。
◆
魔王が、静かに言った。
「行け」
短い一言。
「料理のための門は、もうある」
その言葉に、なぜか胸が温かくなる。
子どもたちが期待に満ちた目で見る。
「ミナせんせー、いくの?」
「いくよ」
笑って答える。
「美味しいもの、作ってくる」
◆
その夜。
私は棚を確認し、
自分で作った塩と味噌を点検し、
保存食を包みにまとめた。
包丁の刃を整えながら、ふと思う。
昨日まで、
私は「ここにいる人」だった。
でも今日は。
――名前で、呼ばれた。
必要とされた。
大げさじゃない。
世界を救う話でもない。
それでも。
「……ミナ、か」
小さく呟いて、息を吐く。
魔王城の門が、静かに開く。
戦いのためじゃない。
料理のために。
私は、一歩を踏み出した。




