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1.勇者じゃなくて料理配信者が、魔王城に召喚されました

――今日は「調味料なし縛り」でいきます。


 そう言った瞬間、コメント欄が爆発した。


『無理ゲーwww』

『素材の味理論きた』

『登録者1000万人を敵に回した女』


「大丈夫。火入れと香りで、料理は変わるから」


 私はカメラに向かって笑い、フライパンを温める。

 料理は趣味で、仕事で、人生そのものだ。だからこそ断言できる。

 調味料は近道だけど、すべてじゃない。


 ……まあ、この時はまさか、本当に調味料の存在しない世界に放り込まれるとは思ってなかったけど。


 鍋の中が、赤黒く光った。


「え?」


 次の瞬間、視界が裏返る。

 キッチンも、カメラも、コメント欄も消えた。


 ――目を開けると、そこは石造りの広間だった。


 天井は高く、壁には禍々しい紋様。

 赤い灯り。角の生えた人影。尻尾。明らかに人間じゃない。


「……あ、異世界?」


 口に出してから、我ながら冷静すぎると思った。


「召喚は成功だ」


 玉座に座る男が、低く言う。

 黒衣、赤い瞳、圧倒的な魔力。――魔王。どう見ても魔王。


 私は立ち上がり、深呼吸した。


「えっと……私、勇者じゃないです。包丁しか持てません」


「承知している」


 即答だった。


「君を呼んだ理由は、戦争ではない」


 魔王は指を鳴らす。

 無言で運ばれてきたのは、食事だった。


 大皿に盛られた肉。焼き色は悪くない。

 芋のような根菜。茹で加減も問題ない。

 見た目だけなら、合格点。


  一口、食べた。


「…………」


 無味。

 正確には、旨味が存在しない。


 塩がない。

 甘味もない。

 香りを引き立てる概念が、根こそぎ欠けている。


「……これ、毎日ですか?」


「そうだが?」


 魔王は不思議そうに首を傾げる。


「栄養は摂取できる。問題があるのか?」


 私は、頭を抱えた。


「問題しかありません……!」


 素材は良い。

 火も通っている。

 なのに、料理として死んでいる。


 ――ああ、なるほど。


 魔王が私を召喚した理由が、ようやく分かった。


「この世界には、調味料が存在しない」


 魔王の言葉に、私はゆっくり顔を上げる。


「正確には、味を“足す”という文化がない。必要性を理解していない」


 ……最悪だ。

 でも。


 私は、フッと笑った。


「なら、作りましょう」


「何を?」


「調味料です」


 魔王城の厨房を借り、私は動いた。

 魔獣の骨を砕き、弱火で煮出す。

 肉を焼いて、溢れた脂を集める。

 香草を乾かし、細かく刻む。


 塩はない。

 でも、旨味は作れる。


 完成したスープを、近くにいた魔族が恐る恐る口に運ぶ。


 次の瞬間。


「……っ!?」


 魔族の表情が変わった。

 魔力が脈打ち、肩の力が抜ける。


「身体が……軽い……」


 鑑定結果が、空中に浮かぶ。


《料理行為:魔力循環 改善(大)》

《精神安定》

《忠誠度 微上昇》


 静まり返る魔王城。


 そして、魔王が静かに言った。


「……君は勇者より、よほど危険だな」


 私は苦笑した。


「戦えないだけです」


 ――その代わり。


「胃袋なら、落とせますけど」


 魔王城に、初めて“笑い声”が響いた。

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