残影のコンフィ
実はロングペッパーも胡椒なんだよ。
そんなこと、僕には分からなかったよ。なんだかリーシャが言うと、どしてもそれっぽく聞こえちゃうんだよね。
ンフフ♪
最後にオーロックスの生乳を加えていく。
後は煮込んでいる鍋以外を、すべてを鋼鉄の心臓炉に入れて、じっ……くりとローストしていくだけ。
オーブンに興味津々のアルコン。私も一緒に中を静かに眺める。このローストされていく過程をときおり眺めるのが、ちょっぴり楽しかったっけ。こっちに来てからは暖炉の火を無心で眺めてしまってたな〜。使用人達には奇異な目で見られてたけど…。
お嬢様って、どうしていつも暖炉の前の椅子に座って、火を眺めてるのかしら? 悪魔と話してるって噂だけど……。
しーっ、聞こえちゃうでしょ。奥様が亡くなられてからずっとなのよ。
じゃあ奥様は悪魔が!?
しーっ、だから声が大きいって。
私の森耳は全てを捉えていた。
この世界で火は悪魔の魔法。という昔の概念が根強く残ってる事もままある。宗教ってどの世界でも迷惑よね。今の教皇が先代の教皇よりまともで良かったけど。
ユリアスって結構長風呂なのね。見に行く。ノック。もう一度。私の愛しの(小声) ユリアス〜♪
リーシャ様? どうぞ。
ごめんね。また後で……ユリアス、そんなに急に大胆に。でも私はいざとなったら受け入れる覚悟が…。
ユリアスの彫刻のような鎖骨。逞しく引き締まった腕に描かれる血管の生命力溢れるアート。そして計算されたような腹筋。心が惹かれる♪ 失礼しま〜す♪
?
既にお風呂を済ませ、鎧や盾を洗っているユリアス。遅くなってしまい申し訳ありません。
そんな〜、気にしなくていいわ。こんな時ぐらいゆっくりして。
感謝します。
そういえば…その盾、ずっと使ってるよね。
ええ、これは…とても大切な盾なんです。私にとって、単なる戦具ではなく、歴史をこの傷跡に刻み込んできた、生きた証なんです。表面に走る深い縦の傷、かすかに残る焦げ跡。縁に残る鈍く光る結晶のかけら。
なんだか一人で浮かれてた私が恥ずかしくなってきた。あぁ、ユリアスの辛さをもっと和らげてあげたい。でも私には美味しい物を作ってあげるぐらいしかできない。ユリアスの楽しみって何かあるのかな? こんな私に仕えていて、苦痛じゃないのかな。ずっと騎士として戦いに明け暮れてきたから……。でも今となっては、御父様への忠義の誓いも……今のユリアスに残されているのは私への忠誠だけ。私のこの想いをユリアスがもし知ったら、ユリアスの心は崩れ落ちるかもしれない。そんなユリアスを見たくないし、望んでない。でも……。うぅ……。オーブンの中で膨らみすぎた、スフレのように心が……なに考えてんだろう私。
リーシャ様? 大丈夫ですか?
だ、大丈夫。ふぅーー。
あまり顔色がよくないですよ。
料理してたから、その、熱くて。
料理も、大変なんですね。ユリアスが落ち込んでる?
そんな事ないよ。声が裏返ってしまった。私は、楽しくて料理してるから。本当。その、ユリアスは楽しみってなにかある?
戦わなくて良かった今日。そんな贅沢を、静かな釣り場と森の散策で少しだけ嗜ん事でしょうか。戦いの無い日が、私にとっての楽しみかもしれません。
ユリアス……。うっ、一滴の涙が溢れ出る寸前。ユリアス、食事の用意が出来たら呼ぶね。
はい。
強く勇ましく、そしていつ、何時も私を守ってくれる。ユリアスが盾となってくれているとき、この世のどんな悪意も私に触れることはできない。でもユリアスは心に深い傷を負っていて、時より見せる、普段の勇猛さとは対照的な………すべてを失った子供のような辛く悲しい目。深い悲しみの底から私を守っているかのような…あの切ない、あまりに切ない瞳。その瞬間、私は何度も知る。ユリアスは私を守るために、自分自身の心をも盾にして戦い続けてくれているのだと。その傷ついた心が、ユリアスの優しさ。でもユリアスは痛みを知るがゆえに真に高潔。でも鎧の下は……涙を堪える哀しき一介の騎士。




