食材の美学。
僕はリーシャと同じで釣りは全然なんだけど。ユリアスはどうなの? 釣りってやった事ある?
小さい頃に経験が。テメア海にも何度も潜った事がある。
私とアルコンは目を合わせる。
経験のない事なんてあるの?
大袈裟な事を言うな。あの頃は……生き抜く為に必死だったっだけだ。
ユリアスもとても辛い過去を経験してきている。
ユリアスの母は早くに他界し、漁師だった父は戦争で行方不明に。その後、引き取ってくれた石切りをしていた叔父は落石事故で。叔父の親友だった鉱夫は落盤で生き埋めに。
私の母も早くに他界。父は行方不明。蔑まれ、公爵令嬢らしき物はユリアス以外全て失って辺境の地へと追放。
恐らく私と共感性を持たせる為だと思うけど……現実だとユリアスが不憫過ぎて、私まで辛くなる。私はこっちに来る前に無駄に見てきた物で何とか乗り越えた。
ユリアスは父が最後に従軍した戦場で父の遺体をずっと探していたとか。
うぅ……なんて悲しい話なの。
キターー!!
もう!
またアルコンの声でビックリしてしまった。
アルコンの竿が引いている。
どどど、どうすればいいの!?
そんなに無理に引っ張ったらダメだ。
そ、そうよ。私の手作りだから優しく扱ってね。とにかく落ち着いて。
そ、そんな事言われたって。
アルコンが何かを思い切り釣り上げた。
遠くの地面に落ちる物体。
急に軽くなったから切れたと思ったのに。
アルコン凄いよ!
でもあれって……なに?
何かぬるぬるした丸い謎の物体の影が動いている。霧のせいでうっすらと朧げではっきりと見えない。
でもあれってもしかして……。
近付かない方がいいんじゃない?
でも好奇心から近付く。警戒しながら。
リーシャ様…。
手のひらをユリアスの方に向け大丈夫のサインを送る。
あれってこの世界だと顔に張り付いて寄生してきたりしない…よね。
内心鼓動が早くなりながら近付くと……見えてきたのはオペラに載っていたパレオクトプスだった。つまりは蛸。
黒い体に白く発光している斑点。2つの斑点が動いて動物の鋭い目のようになり私の方をじっと睨みつけてくるよう。
小型だから恐らくオス…かな? 斑点がはっきりとしているから子供ではないはず。私のオペラの解釈が間違っていなければだけど。
小型といっても私の上半身を覆えるぐらいは伸びそう。
パレオクトプスが何かを咥えていた。尾ヒレに背ビレ……魚?
相変わらず斑点の模様で私を威嚇してきている。
パレオクトプス、もとい蛸は陸でも敏捷らしいから逃げられないように気を付けないと。
そ〜っと近付いて、丸〜い頭をすっと鷲掴み。
あっ♪ スクイーズみたい。すっごいモチモチしてる。ワシ、ワシ。私の鷲掴みに怒ったのかまたたく間に腕と顔に吸盤でまとわりついてきた。
痛い痛い痛い痛い、髪痛い。吸盤が髪に!
リーシャ様! 蛸の触手の間からユリアスが短剣を振りかざしているのが見えた。
あぁユリアス♡ あなたはいつも私をすぐ助けに来てく……ダメよ!!
し、しかし。
蛸が縮んで腕が解放され、私の頭の上をたゆたうように這っていく。
私は腕を組んで仁王立ち。ユリアス、食材は鮮度が一番大切なの。ここでしめたら素材本来の瑞々しさや旨味が大きく損なわれてしまうわ。少し下を向き祈りのポーズ。蛸の触手が濡れた髪のように垂れてくる。大袈裟なように聞こえるかもしれない。けれど、まだ短いとはいえ料理と食に生涯を捧げてきた私にとって、これはとても、とても大切な事なの。目を開け、ユリアスの顔を見上げる。ユリアスなら、分かってくれるよね?
リーシャ様。ユリアスは真剣な表情で私を見つめ、聞いてくれていた。
まるで周囲の霧が夜空に輝く星々のようにキラキラと光っているよう。
ユリアスの顔が周囲の煌めきで一層引き立っている。
でもすぐに蛸の触手が私の耽美で幻想的な視界を覆ってしまった。




