ギルドへの帰還
澄んだ空気の中で山の稜線が白く霞み、遠くから鳥の声が響いていた。
朝靄が薄く降りる中、ソファは昨夜の笑い声がまだ耳に残ったまま目を覚ました。
身支度を整え宿の階下へ降りると、カンナが大鍋の蓋を開けていた。
「おはようさん。よく眠れたかい?もう皆出てったよ」
「もう?」
「ノエルちゃんとピエール君は男共引き連れて状況確認に行ったよ。セレナちゃんは広場で村の病人や怪我人を診てくれてる。…飲むかい?」
カンナが差し出した湯気立つスープを受け取り、ソファは湯気の向こうに揺れる陽光を見つめた。
村の人々の声、鳥の羽ばたき、朝の匂い
――どれも穏やかで、憧れた世界――。
「…少し、様子見てくるね。これ、御馳走さま」
そう呟き、食器を置いて外に出る。
広場では、セレナが膝をつき治癒を行っているようだ。
「おはよう、ソファ。
しっかり休めたみたいね?」
「おはよう。セレナこそ朝から大丈夫?手伝うよ」
「フフッ。宴の夜は転ぶ子が増えるからね。
もうこのコで最後よ。ほら、痛くないでしょう?」
セレナが男の子に柔らかく微笑む。その指先には淡い緑光――風と木の精霊の癒し。
「戻った! ノエル姉ちゃんたちだ!」「オーガいなくなったってほんと?」
ノエルは笑いながら子どもたちの頭を軽く撫でる。
「ほんとよ。森はもう大丈夫。オーガは持って帰ってきたわよ~?」
後ろのピエールは荷を降ろしながら呟いた。
「…言われるままに持ち帰ったが、どうするつもりだ」
村の入り口では、ピエールと村人たちの手で氷漬けのオーガが降ろされていた。
片腕を振り上げ、爪を振り下ろす寸前の格好。
氷は厚く、深く、血潮も怒りも凍りついたまま。
すべてが透明の中に封じられ、朝日を受けて銅像のように輝いていた。
「…持って帰ってきたの?なんで?っていうか、頭は?」とソファ。
「念のため頭落としといた」なんでもないというようにノエル。
「え?なんで?ごめん。意味が…」
ますます混乱するソファを見てお腹を抱え笑うノエル。
なんだどうしたと騒ぎを聞き集まった村人たちも氷漬けのオーガを見て絶句する。
「なんだいこんなもの!持って帰ってきちまったのかい?」
「あ、カンナ。どう?これ村の入り口に飾らない?」とノエル。
「冗談言わないどくれよ。趣味が悪いったらないよ」
「いやぁ~、確かに趣味は悪いけどさ、盗賊避けになると思わない?
この村子供多いし、男連中もよく村開けてるみたいだしさ。
入り口にこれ飾ってたら、警戒すると思わない?」
「解けちまったらどうすんのさ?」
「さっき試してみたんだけどさ。“これ”多分解けない。
念のため頭は落としてあるから解けても大丈夫よ!」
「かっこいいよ!」「ほしいほしい」「怖くない?」「顔がないから大丈夫」
大人そっちのけでオーガの前ではしゃぐ子供たち。
「…分かったよ。置いていきな!」
カンナの一言に歓声を上げる子供たちと引きつった笑みを浮かべる大人たち。
「…これでこの村での仕事は終わりっ!と」
「準備はできてるぞ」
「ありがと。ピエール。
ソファ~セレナ~行くよ~」
意気揚々とゴルドホーンエルクに乗り込むノエル。
「ちょっと待って!すぐ行くから!カンナさん!お世話になりました」
「せっかちねぇ。あ、カンナさん?
何かあったらギルドの“アリア”に私たち指名で依頼をくれればすぐ駆け付けるわ」
慌ててノエルの後を追うソファと、子供たちや村人に挨拶を交わすセレナ。
子供たちは走り回り、名残惜しそうにその足元を離れない。
「また来てね!」
「次は祭りの時だ!」
「また竜見せてね」
無邪気な声に、ソファとセレナは笑って手を振った。
荷馬車の車輪が軋む。その音に合わせて、人々が一斉に手を振った。
風に舞う埃と乾いた土の匂い。
誰かが鐘を鳴らし、その音が山の向こうに溶けていった。
ソファは振り返り、もう一度だけ手を高く掲げる。
笑顔の奥に、少しの寂しさ。それでも胸の奥には、確かに残る温もりがあった。
「―いい村だったね。また戻ってきたいな」
陽光を背に受け、彼女たちは再び道へと踏み出した。
◇
一度アリアへの報告の為、帰ることにした一行は今後の打ち合わせを行っていた。
「とりあえずソファが戦うってのは大丈夫そうね」とノエル。
「えっ?私一緒に戦える?」
「戦闘技術はまだまだだぞ?孤立したら相手にもよるがまず無理だ」
「そうね。ヤクモの制御も全然ね」
戦えると聞いて一瞬喜んだソファが、絶句し固まる。
「ふふっ。何驚いてるの?」
「このまま一緒に皆で旅したいなって思ってて…私足手まといかな?」
「何言ってんの?まだハンターになって1週間かそこらでしょ?
ルーキーじゃん。足手まといで当然じゃん」
「ノエル。言い方。今回もそうだけど、
まずはソファがどれだけできるか、何ができないかの確認中なのよ?焦ることないわよ」
「魔法だけなら大したものじゃないのか?
岩山にしても、ゴブリンやオーガの時にしても、聞いた事もない魔法だったが…」
「制御できないのが問題!
あんな魔法こっちに来たらどうすんの?」
「…考えたくないな。
出来れば氷で頼む」
「言っとくけどあれ解かせないからね。可能性はあるかもだけど、多分死ぬわよ?」
「…ソファ。制御できるまで使わないでくれ」
「みんな私をどうしたいの?
これってからかわれてる?」
「いいじゃない。パーティーっぽくなってきたわね。次はどうしようかしら?」
「とりあえず、前衛はピエールね。
アタシたちは後衛だし…ちょっとバランス悪いんだよねぇ」
「前は5人とも後衛だったんだよね?」
「そうよ。もし体術だけなら今のソファと同じくらいじゃないかな」
「前衛がもう1人いた方が面白そうだわ」
「ピエール、あんた武器何使えるの?」
「剣と槍だな。短剣は苦手だ。
斥候も…そこまで器用ではない」
「斥候は任せて。ソファも使えそうだから十分よ」
「えっ?私も?」
「ヤクモの力ね。
ちゃんと発動してたわよ」
「あっ!あぁ~≪アルゴス≫ね、
皆も使えるんだ?」
「何それ?呪文?よく分かんないけど、探知できてるならそれよ」
「私とノエルは、精霊の力ね。多分ソファもそう。
私たちは“音”を見てる感じかしら。ソファは?」
「わかんない…。ヤクモ、教えて。
≪アルゴス≫ってどういう力なの?」
「ん?“におい”だよ」
「やっぱりね~。だと思った」「ありがとうね」
ノエルとセレナがヤクモを撫でると嬉しそうに目を細めるヤクモ。
「で、前衛はどうするんだ?
ギルドで募集するのか?」
「誰にしようかしら?
皆とってもいいコよ?」
「暑苦しいのはイヤ!
臭いのもイヤ!
下品なのもイヤ!」
「私は気にしないけど…。
そうなると限られるわね」
「セレナもキツくない?
私はピエールさんみたいな人がいい」
「ありがとう。だがすまないが、出来れば女性はやめてくれ」
「「なんで?」」
「君たちは大丈夫だ!
そういう意味じゃない。
ただ他の女性になると…その…」
「「あぁ~」」
「怖いんだ?へぇ~、そうなんだ?」
「聞きたい聞きたい!ファニーさんって怒ると怖いの?」
「また話が逸れてるわよ?帰ったら聞けばいいじゃない」
「セレナ…勘弁してくれないか…」
――穏やかで賑やかな馬車の一行は、やがて見慣れた街並みへ帰ってきた。
◇
「アリア~。帰ったよ~」
ノエルはカウンターのアリアを見つけると声をかけた。
「あら、お帰りなさい。
無事帰ってきてくれてありがとう。
報告は聞いてるわ。ホーンラビット、ワイルドボア、ゴブリン、オーガもね」
「近くの村で追加あったからね」
「報酬はまとめてでいい?
分けた方がいいかしら?」
「こっちで分けるからまとめてでいいよ」
「了解。飲んでるんでしょ?後で持っていくわ」
手をひらひらさせて答えながら、先にテーブルについた3人の元へ向かうノエル。
「さて、と。とりあえずお疲れ~」とエールを掲げるノエル。
「「おつかれ~」」と3人も応じる。
「これからどうするんだ?」とピエール。
「後でアリアが報酬持ってきてくれるから皆で分けましょ。2,3日はオフでいいかなぁって思うんだけど、どう?」
「私はいいわよ。さっきから皆が煩くて…数日ギルドにいないと暴発しちゃいそうだから」
「私もいいよ!でも小さな依頼なら受けててもいいかな?」
「Dランクまでならね。C以上ならアタシに声かけなさい」
「分かりました。ちょっと掲示板見てくるね」
「…俺も構わないが、
その前に。報酬は貰っていいのか?」
「当たり前でしょ?皆で山分け。そういえば言ってなかったね。
ファニーもいるんだし、アンタたちはこの国に来たばっかりなんだから。
アリアがその辺はキッチリしてくれてると思うけど、アンタが稼がないと!」
「すまない。助かる」
「…相変わらず固いわねぇ。
もうちょっと馴染めないと問題ね。
…この後少し時間貰えるかしら?」
ピエールの隣に座っていたセレナが濡れた瞳を向けすり寄る。
「ちょっ!待て!セレナ!どういう意…」
ドンッ!!
「皆さんお疲れ様でした!」
アリアとともにファニーが報酬を手にテーブルにやってきた。
意味ありげな笑みを浮かべるノエルとセレナに、固まるピエール。
「ちょっと主人に話がありますので。少し…」
丁寧に言葉を交わすファニーに笑顔で答える3人、と青褪めるピエール。
「…謀られた」呟きとともにピエールはファニーに2階へと連行された。
階下では様子を見ていたハンターたちの囃し立てるような声。
「アンタ分かっててやったでしょ?」
「あら?態度が固いのは問題でしょう?
離れていたのは数日だけど、色々あるでしょうし、お膳立てをしてあげたの」
「“色々”って何かなぁ?私はギルドの仕事を教えてるだけよ」
「アリア厳しいからなぁ~。休憩ってことでいいでしょ?」
「今日はもう上がってもらったわ。人を鬼みたいに言わないでくれる?」
「やるじゃん。“それ”も仕事?」
「私たちの仕事は、依頼の仕分けだけじゃないわ。
外に出るだけでリスクはあるんだし、帰ってきた時に“休息”してもらえるなら、
その方が効率いいじゃない?」
「やっぱり鬼ね。でも、ピエールはファニーに任せたけれど…このコたちはアリアが見てくれるのね?」
セレナにそう言われてアリアが辺りを見回すと、
ギルド中のハンターが聞き耳を立てて集まっていた。
「あっ!」
⦅アリアちゃ~ん⦆
⦅この後癒してくれんのか?⦆
⦅ありがてぇありがてぇ⦆
⦅女神だな⦆
⦅2階、まだ空いてんのか?⦆
⦅待てコラ!順番だろ⦆
⦅あ?おめぇは一日中飲んでただけじゃねぇか⦆
ギルド内は血走った目のハンターたちが蠢き、テーブルの3人は取り囲まれた。
「あ~あ。アタシ知らないからね。これゾンビだよゾンビ」
「助けて!お願い!セレナ!」
「私も今回は“帰ってきたハンター”だから。ね、ノエル。言ったでしょう?暴発寸前って」
「もうしてんじゃん。コイツら弦張り切って指先から血が出てるよ」
「裏切り?味方がいない?
ギルドにも危険がいっぱい?」
「あっちにソファいるわよ?
助けてもらいなよ」
「神?ソファちゃ~ん!助けて~!」
掲示板と睨み合っていたソファはアリアの声に振り向き、状況を確認すると引きつった表情を浮かべた。
「いつの間にゾンビが?」
「ソファちゃん!ちょっと!」
「アリアさん?どうしたの?」
ゾンビの壁の隙間から現れたアリアが抱き着く。
「助けて!あれ、なんとかしてくれない?」
⦅ソファちゃんじゃねぇか⦆
⦅依頼手伝ってやろうか?⦆
⦅女神が増えたぁ⦆
⦅お前どっちするよ?⦆
⦅順番だろ順番⦆
⦅ええなぁええなぁ⦆
⦅アリアちゃん…⦆
「何したの?ゾンビ魔法?なんとかって…どうすればいいの?」
「魔法!魔法!オーガ凍らせたんでしょ?それよ!それ!」
「ええっ?皆死んじゃうよ」
「死なない程度に凍らせて!」
「無理むりムリむり!」
「だいじょうぶ。てつだうよ」
「「ヤクモ?」」
「カチカチにして
ちょっと止めればいい?」
「「できるの?」」
「だいじょうぶ」
「ヤクモちゃん、お願い!」
「アリア好きだもん。まかせて。
ソファ、行くよ?」
「あ~もう!知らないからね?
≪フェンリル≫」
――床を這うように白い霧が広がり、氷の蔓が一気に伸びる。
ハンターたちが驚く間もなく、氷柱が立ち上がり“氷の檻”が完成した。
⦅う、うぅぅぅ……さむ……⦆
⦅お、おい……出してくれ……鼻水が……⦆
⦅俺は手伝うって言っただけだぜ?⦆
⦅悪ノリしすぎたよぉ…勘弁してくれよぉ…⦆
“檻”の反対側ではノエルが大爆笑しており、セレナが拍手を送る。
「ヤクモちゃん、ありがとね。…アナタたちは少し頭を冷やしましょうね」
アリアは小声でヤクモに礼を告げ、“檻”に向けにっこり笑う。
“檻の中のゾンビ”たちの絶叫と天井の軋む音が交じり合い、
ギルドの夜は――いつもより少し、涼しく更けていった。
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⦅どうすんだよ?⦆⦅知らねぇ⦆
⦅開かねぇ⦆⦅出れねぇ⦆
⦅お前が調子乗るから…⦆
⦅そうだそうだ!⦆⦅寒い…⦆
⦅俺にいい考えがある!⦆
⦅お前が?⦆⦅期待薄…⦆
次回予告!俺たちを氷の檻に閉じ込めたソファちゃんの単独クエスト!
飼い犬探しか?戦闘か?護衛か?気になるだろ?
⦅いいじゃねぇか⦆
⦅お前にしちゃあな⦆
⦅…おい!天井ギシギシ言ってんぞ⦆




