若きハンターたち
知らぬ間にうっかり消えておりました…
再投稿となります。
31話くらいまで、順次投稿して行きます。
夕暮れの光が石畳を照らし、長く伸びた影が揺れる通りの突き当たり。そこに石と木材で組まれた二階建ての建物が鎮座していた。
風格を帯びた外壁は陽に焼け、角の木枠はところどころ擦り減っている。だが入口上に掲げられた“ハンターギルド”の紋章だけは磨き込まれた銀のように輝き、夕陽を反射して遠くからでも目を引いた。
扉の前では、旅装束の冒険者や重武装のハンター、物資を抱えた商人たちが談笑し、ひっきりなしに人が出入りしている。そのざわめきは、まるで建物自体が脈打っているかのような活気だった。
一歩中へ足を踏み入れると、磨きあげられた木の床がぎしりと鳴り、温かな空気が体を包み込み、香ばしく焼いた肉の匂い、煮込み鍋から立ちのぼる香草の香り、鼻をかすめる酒精アルコールの甘い刺激が、まるで歓迎の手のように押し寄せる。
壁にはびっしりと依頼書が貼られ、冒険者たちがそれを囲んで議論を交わし、奥の酒場スペースでは笑い声と木製ジョッキがぶつかる乾いた音が絶えない。ランタンの揺れる灯りが、騒がしくも温かい空間を照らし至る所で宴が始まっていた。
ソファ、デイル、マウロの三人は、初依頼の報告を終え、ギルドの名物受付嬢『アリア』から報酬袋を受け取り、ほっと息をつくと、そのまま酒場の空いた席に腰を下ろした。
「いやー、生きてギルドに帰ってきてみると、椅子ですらこんなにありがたいんだな……」
デイルが椅子の背にもたれかかり、全身の力を抜いて息を吐いた。
「…初依頼で死ぬかと思った」
マウロも首をぐるぐる回しながら、まだ緊張が抜けない様子で呟いた。
ソファはとりあえず頼んだエールが運ばれ、ウエイトレスのエルフに礼を言いながらも二人のやり取りを聞いていた。喉を潤すと、不意にジョッキを持つ手が震えた。
(…まだ震えてる…落ち着いて。
無事生きて帰ってきたじゃない)
そう思いながらも、胸の奥に張りついた“恐怖の残り香”は、なかなか消えてくれない。
すると、奥の席に座っていたスキンヘッドのハンターが、気安い調子で話しかけてきた。
「おいおい、シケた面してるってことは、初依頼から修羅場だったか?でも生還すりゃ勝ちだな!」
デイルが苦笑する。
「…修羅場というか、予想外の連続というか…」
男は面白そうに眉を上げた。
「ほぉ?詳しく聞かせろよ。ルーキーの初仕事の失敗談なんか酒の肴にちょうどいいじゃねぇか。おいおめぇら!ルーキーの初仕事の武勇伝だぞ!」
ソファたちは顔を見合わせた。
どうせいずれ誰かに話すことになる。いっそここで吐き出してしまうのも悪くない。
ソファは、ゆっくりと息を吸い込んでから吐き出した。
「……森に入ったのは、お昼前でした。最初は本当に、穏やかだったんです。依頼書のゴブリンが出たときも、試験と同じくらいで……」
語り始めた瞬間、酒場のざわめきが少し遠く感じられた。
さっきまでの喧騒が薄れ、代わりに森の匂いと木々の陰が脳裏に浮かび上がる。
――初めてのゴブリン戦。
――小さな成功。
――そして、予兆もなく現れたオーガ。
――逃げ場を探す間もなく迫る巨体。
――恐怖で足がすくんだ、自分。
――そのとき森の奥から現れた“彼”。
「……助けてくれたんです。
それも素手でオーガを倒して」
酒場のハンターたちが一斉にざわつく。
「オーガなんて森の方にいたか?」
「素手?」「まぁた大将か?」
「そんなデタラメ、あの人ぐらいだろ」
「今日はおっさんまだ来てねぇぞ」
口々にギルド内のハンターからの返事とともに数人がソファたちのテーブルを囲んで酒盛りを始め、彼女は首を傾げながらも続けた。
「はい。若い……ってほどでもないですけど、三十代くらいの男性で」
「おっさんじゃねぇか!」
スキンヘッドの男が即答する。
「おっさん……?」
「ギルドの名物だよ。通り名は何でも通じるが、A級だぞ、あれで」
デイルが前のめりになる。
「俺たち、名前も聞けなかったんですけど……」
「もうすぐ来るんじゃねぇか?」
そう言って男が入り口の方に顔を向けた瞬間、扉がガタンと開いた。
「おいダンナ! ルーキー助けたんならギルドまで送ってやれよ!名前もしらなきゃ礼も言えねぇって愚痴ってんぞ!」
重武装の男の大声が飛ぶ。
ソファが振り返ると、そこには薄衣の上着を軽く引っかけた、見覚えのある姿が立っていた。
助けてくれた“彼”。
イツカ。と言うらしい。
「なんだよコード。それにオリバーか?入ってきて早々うるせぇな」
周囲から笑い声が上がる。
イツカはそのまま空いている席に腰を下ろし、軽く手を挙げた。
「ま、飲めよ。初依頼達成だろ?おいセレナ!とりあえず酒とてきと~に食い物持ってきてくれ!」
厨房のエルフ属の女性にそう声をかけ話に加わった。
「あの…今日はありがとうございました!」
ソファ、デイル、マウロの3人は立ち上がり深々と礼を述べた。
「いいって、いいって。たまたま通りがかったとこにお前らとオーガがいただけだ。気にせず座って飲もうぜ」
よく通るが渋い低い声に裏表のなさそうな微笑み。気付けば周りの冒険者も集まりだしてテーブルも椅子も片付けられ、皆車座になりながら宴会が始まった。
何が起きてるかも分からないまま次々と料理が運ばれ、酒が運ばれ…
(……助かったんだ。ほんとに)
気付けば大騒ぎになり初日の冒険の記憶はここで途切れる事になった。
そして、ギルドの夜は、いつの間にか本格的な宴へと変わっていった。




