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手品師はラーメンをすする  作者: つけ麺
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第2話「占い小屋の狐は笑わない」

 小早川瞬こばやかわ・しゅんがその噂を耳にしたのは、朝のキャンパスでだった。


「なあ聞いたか? 大学前の占い小屋、昨日事件があったらしいぞ」


 話していたのはサークル仲間の一人。小屋、と聞いて瞬はすぐに思い当たった。商店街の裏手、ひっそり佇む小さな掘っ立て小屋――その中で、**「キツネ先生」**と呼ばれる老占い師が、長年店を構えていた。


 瞬自身も、何度かその老人と話したことがあった。占いの実力もさることながら、目を細めた笑顔が印象的で、「君の手品は人をだますけど、人を救うこともあるよ」と言ってくれた数少ない“大人”だった。


「で、何があったんだ?」


「昨日の夜、小屋の中で倒れてたらしい。頭を殴られてたって……でも、鍵が内側からかかってたんだってさ。だから“密室”だとか」


 密室――その言葉に、瞬の背筋がぴりりと冷えた。


 


◆ ◆ ◆


 


 翌日、瞬は学校帰りに占い小屋へ足を運んだ。入口には黄色いテープが貼られている。すでに事件の痕跡はほとんど片づけられていたが、張り紙だけが風に揺れていた。


 「しばらく休業します。ごめんなさいね。—狐」


 狐。そう、老占い師・**鷹山恒彦たかやま・つねひこ**は、赤い羽織を好んで着ることから「赤いキツネ」と呼ばれていた。


 ふと視線を感じて振り返ると、警察関係者らしきスーツ姿の男が、瞬に近づいてきた。


「君、小早川くんだね? 君がよく占い小屋に通っていたと聞いた。少し話を聞かせてくれるかい」


 そうして聞かされたのは、事件の概要だった。


 昨夜の19時半頃、小屋の近くに住む女性が異音を聞いて通報。警察が駆けつけたとき、入口は内側から施錠されており、鷹山は頭部を負傷し倒れていた。幸い命に別状はなかったが、意識は戻っていない。


「……密室、ってことは、犯人は消えたってことですか?」


「ああ。窓は小さく、しかも鍵がかかっていた。つまり“逃げ場がなかった”はずなのに、犯人はどこにもいなかった」


「なにか、言い残してたとかは……?」


 警官はふと顎に手を当てた。


「ひとつだけ。意識を失う前に、こんな言葉を……『赤いキツネが、笑わなかった』と。意味がわからなくてね」


 


◆ ◆ ◆


 


 その夜。瞬はノートの上に事件の要素を整理していた。

•鷹山は頭を殴られて負傷

•現場は内側から鍵がかかった密室

•小屋の窓も閉じられていた

•被害者の言葉「赤いキツネが、笑わなかった」


 考えながら、瞬は昔、鷹山に言われた一言を思い出していた。


「君は手品で、人の目の“死角”を作るのが上手いね。でも、占いは“見えすぎる”くらいがちょうどいい」


 ――見えない場所。死角。

 密室を作るには「見えていない」ことが必要だった。


 そして、小屋の構造を思い出す。入口の真正面にある鑑定机、左右に置かれた観葉植物、小さな鏡――


 そうだ、鏡。あの鏡だけが、他の場所とは違っていた。


「……マジックミラー、だった?」


 手品でよく使う仕掛けのひとつに、マジックミラーがある。一方の側からは普通の鏡に見え、もう一方からは透けて見えるというアレだ。


 もし、小屋の一面にマジックミラーが使われていたとすれば――「見えていたと思った場所」に、誰かが潜んでいた可能性がある。


 


◆ ◆ ◆


 


 翌日、瞬は警察に頼み込み、現場を再訪した。


「……失礼、ここ。鑑定机の裏、壁の中って空洞じゃないですか?」


 壁を叩くと、確かに音が違う。


「まさか……小部屋?」


「マジックミラーと組み合わせて使えば、部屋の中に“もう一人の観客”を隠すことができます。手品の基本トリックです。たとえば“誰もいない”ように見えても、そこに誰かがいられる」


 さらに、鑑定机の脚元にはスライド式の板があった。そこを外すと、狭い通路――そして、そこから裏路地へ抜ける抜け道がつながっていた。


「つまり、犯人は“見えていた”が“見られていなかった”わけです」


「じゃあ、『赤いキツネが笑わなかった』という言葉は?」


「鷹山さんは、気づいたんです。マジックミラーの向こうにいる自分が“笑っていない”ことに。占い中の表情と違っていた。だから、鏡越しの“もう一人”を見抜いた」


 ――その瞬間、手にしたはずの安心が、危機へと変わる。


 だから、彼は伝えようとしたのだ。“笑っていないキツネ”こそが、本当の敵だと。


 


◆ ◆ ◆


 


 犯人は、数年前にこの町で占い詐欺を働き、鷹山に見抜かれて逮捕された男だった。出所後、復讐を企てた彼は、裏から忍び込めるように改造された小屋を使って、まるで密室のように見せかけたのだった。


「君のおかげで、助かったよ」


 数日後、病院のベッドで鷹山がそう言った。


「……あのとき、本当にキツネ先生が“笑っていない”って思ったんですか?」


「うん。だから、信じるのをやめた。私は“見抜いた”けど、“信じていた”から油断した」


 瞬は、ゆっくり頷いた。


「見抜くことと、信じることは……両立できないんですね」


「だからこそ、占いも手品も、人の心のバランスを問うんだよ」


 その言葉を胸に、瞬は静かに立ち上がった。


 


◆ ◆ ◆


 


 占い小屋は再び静寂に包まれていた。


 その扉の先には、笑うキツネも、泣くキツネもいない。


 ただ、少年が「信じる」と「見抜く」の狭間で、またひとつ大人になる――そんな物語が、静かに終わりを告げようとしていた。

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