身辺
ふたつめ。
本当にいたら、多分一番いやな奴。
帰宅したユキエは汗ばんだ制服を着替え、ため息をひとつついた。
変な生き物が回りに多いこと。
いや、自分がそういったモノを引き寄せやすい体質であること。
それが、最近のユキエの悩みのひとつ。
思えば、この家に生まれた時からその縁はあった。
ユキエの家の裏には、小さな池がある。
季節になると芭蕉やガマなどが咲き風流なのであるが、そこに好んで近づく人はいない。
ここにもまた、困った生き物が棲んでいた。
小さい頃、ユキエは縁日などでゲットした金魚をよくこの池に放流していた。
親には「あまり池には近寄るんじゃない」とたしなめられていたけれど、「足を入れたり水遊びしたりとかしなければ、大丈夫」くらいに思っていた。
しかし、放した日から長くても2日ほどで、金魚がみな姿を消してしまうのだった。
不思議に思いつつも、放流は続けられた。
ユキエがそれを目にしたのは、小学1年生のころであったろうか。
またも縁日で大漁ゲットした金魚を池に放してやったところ、底から黒く丸い影が浮かんできたのだ。
影は、大きな口を開けたまま勢い良くジャンプし、その口腔に数匹の金魚を収めた。
黒光りするその魚の体は、まるで鎧のような硬い鱗に覆われ、かつヌメヌメっていた。
バスケットボールほどの大きさで、体の半分が顔、顔の大部分が口。
大きく開いた口には、捕らえた獲物を逃がさない鋭い歯が無数にならんでいる。
ぎょろりとした大きな目は、金色に輝き、それが一瞬ユキエを見た。
たじろぐユキエを尻目に、怪魚は残りの獲物を瞬く間にたいらげた。
呆然とするユキエだったが、すぐに悟った。
今まで放してやった金魚を、こいつが全て喰っていたんだ、と。
悔しくて涙がこみ上げてきた。
空腹を満たした黒い魚は、背びれをひるがえし、ユキエに近寄ってきた。
ユキエが嗚咽をあげながら魚をにらみつけると、魚は尾ひれを振って、大きな顔をプカーと水面から出した。
そして、物欲しそうに鋭い歯を「カチカチッ」と鳴らした。
ユキエを「餌をくれる人」と思って催促しているのだ。
カッと頭に血が上ったユキエだったが、すぐにその血が引いた。
よどんだ池の底から、丸い黒い影が2つ、3つ浮かんでくるのを見たからだ。
あわてて家に駆け込んで、事の次第を母親に説明し、嗚咽交じりでユキエは叫んだ。
「もうあたし金魚すくわない!あいつら許さないんだから!ごはん食べないでみんな死んじゃえ!」
「金魚は金魚鉢で飼えばいいんじゃない」
「・・・はっ!そっか!なんで今まで気づかなかったんだろう」
「それに、アンタが金魚を食わせなくても、池には蛙とか小鳥とかがやってくるから、あの魚はごはんには不自由しないわよ」
「・・・・・・・」
かくして、ユキエの家に金魚鉢が導入され、縁日の金魚は安定した棲家を得た。
裏の池の怪魚も無事繁殖を繰り返し、元気に水音をあげてジャンプしている。
だが、時折小鳥の断末魔が聞こえてきたりするのだった。
この魚はこの地方の淡水にのみ生息し、国の特別天然記念物に指定されていたりする。
味が非常に泥臭いため食用には向いていない。
また、獰猛な性格で、釣り上げた後釣り人を噛んだりする。
人になつくことは非常にまれな事であったため、ユキエのこの事例は学校や教育委員会、学者などのエライ人たちにも知れ渡り、ユキエは一時地域の有名人になった。
しかし、このキモい魚が金魚の仇であることにかわりないユキエにとっては、実に迷惑な思い出である。