はじまり
キラキラと夕日が美しい、海岸沿いの通学路。
ユキエと後輩の愛はそんな夕日には目もくれず、足早にかつ音を立てず下校する。
ユキエの鋭い目は、明らかに何かを警戒しており、常に砂浜を見わたしている。
愛は、ユキエのすらりとしたコンパスの速いペースに、小走りで追いすがる。
顔にはうっすらと汗と笑みが浮かんでいる。
だいたい、愛の顔というのはいつも笑ったような目をしているので、その笑顔が「素の顔」なのか「本当に笑っている」のか少々分かりづらいものがあった。
二人が警戒しているのは、ここの浜に住み着いている生き物であった。
通称「オッサン」は、夕日の美しい日に浜に現れる。
ヒトのような形をしているが、体格はふた回りほど小さい。
だが、力はかなり強く、ヒトを見ると石を投げつけ、ひどいときは頭ほどの大きさの石を投げたりもする。
学校としても、「通学路に面した海岸にそんな生き物がいたのでは生徒の安全に関わる」といって追い払おうと何度も試みたが、その度に教師が怪我をした。
迷惑なことに、この生き物は絶滅に瀕しているらしく、行政側も駆除など手が出せないのが現状だ。
オッサンの石を投げつける習性を、年頃の男子は度胸試しに利用している。
近づける距離を競ってみたり、大声で呼んだり、投げてきた石を投げ返したり・・・。
それがまたオッサンの気分を害してしまい、結果的にこの浜のオッサンは非常に神経質で凶暴な性格になってしまった。
普段は汽車で通学しているユキエと愛だったが、汽車の運行は週に4回。
しかもその運航日がランダムときたものだ。
汽車の動かない日は、こうしてビクビクしながら家路に付かなければならないのだ。
線路に平行して続く通学路の行く手にトンネルが見えてきたところで、ユキエの目はそれを捕らえた。
岩陰からのそのそと出てくるオッサンの姿があった。
「愛、走るよ」
ユキエが振り返り小声で言うと、先の小走りで息を切らしている愛がうなづいた。
トンネルに入ってしまえば、通学路は海岸沿いを離れ、オッサンの攻撃から逃れられるのだ。
走り出した二人に、オッサンが気づかないわけがない。
オッサンはキーと叫び歯をむき出して、二人にその辺の石をばんばん投げつけてきた。
コントロールがいまいち良くないのが幸いであったが、それでも数打てば当たるものである。
小石が愛に直撃したらしく「いてっ」という声が、走り続けるユキエの耳にも届いた。
300メートルほどを全力で駆け抜け、二人はトンネルに無事たどり着いた。
浴びせられた小石や砂を払い落としながら、愛がぼやく。
「ったく、なんなんスかね。役所も早いとこ駆除しろよって、ねえ先輩」
「愛」という可愛らしい名前であるが、男である。
女の子が産まれることを期待した彼の両親が、赤ちゃんの頃の彼の「女顔」っぷりにそんな名前をつけてしまった。
「愛、どっか当たったんでしょ。大丈夫?」
さほど心配してない、と分かる棒読みでユキエが尋ねると、ニッと笑って答える。
「頭にちっちゃいコブができましたよ、この辺」
「あー、ほんとだ。つんつん」
「ちょ、やめてくださいようっ」
ぶらぶらと二人はトンネルを抜け、オッサンの住むことのできない港町へ、二人の住む町へ帰ってきた。