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社長の仕事

寺阪がリビングで茜と話し終え、自室に戻った後、深くため息をついた。

夜の静けさの中、茜の言葉が何度も頭をよぎる。彼女の不安そうな表情、亮太への愛情、そして抱えきれない借金という現実。


「俺に何ができるんだ…。」

寺阪は呟きながら、窓の外を見つめた。一人で抱え込んでいる茜に寄り添いたい。その気持ちは強かったが、どうしたらいいのか分からない。


ふと、自分の周りを思い返してみる。友人はいない。地元を出て一人暮らしを始めてから、親しい人間関係を築くこともなかった。相談相手なんて、今の自分にはいないに等しい。


しかし、頭に浮かんだのは実家の両親の顔だった。頼りない自分をいつも見守り、支えてくれた二人なら、茜のために何ができるのか、何か道を示してくれるかもしれない。


「…俺には、あの二人がいる。」

そう思うと、自然と実家に帰る決意が湧いてきた。


久しぶりに実家へ帰ることを決めた寺阪は、亮太と茜にそのことを話した。


「ちょっと実家に顔を出してこようと思います。もう何年も帰ってなくて…。」


茜は微笑みながら言った。

「それはいいことだよ。親御さんもきっと喜ぶだろうし、心悟くんがどんな風に変わったのか見せてあげたらいいよ。」


亮太も目を輝かせて言った。

「心悟くんのおうち、どんなとこ?僕も行きたい!」


寺阪は笑いながら、亮太の頭を撫でた。

「今度一緒に行こうな。今日は僕一人で行ってくるよ。」  


寺阪はスーツケースを片手に持ちながら、ホームの案内板を見上げていた。久しぶりの帰省で、少しだけ緊張していた。新幹線の発車時刻までまだ少し余裕があり、駅の待合室で少し腰を下ろした。


「…本当に久しぶりだな。」

心の中でつぶやきながら、スマホを取り出して茜にメッセージを送る。


寺阪:いま駅に着いたよ。明日には戻るから、亮太くんと仲良くね


しばらくして茜から返信が届いた。


茜:了解!久しぶりの帰省、楽しんでおいでね


そのメッセージに少しだけ笑顔を浮かべた寺阪は、やがて新幹線のホームへ向かった。


新幹線に乗り込み、指定された座席に腰を下ろすと、車窓から見える景色が少しずつ動き始めた。久しぶりの移動に、なんとなく懐かしい気持ちが湧き上がってくる。


「こうやって一人で帰るのも久しぶりだな。」

寺阪は窓の外を眺めながら、昔のことを思い出していた。学生時代、地元を出て一人暮らしを始めた頃のこと。自分に自信が持てず、親に頼り切りだった自分。そして、今の自分。


「少しは変われたかな…。」

そんな思いを抱えながら、寺阪は目を閉じ、うとうとと眠りについた。


実家の最寄り駅に到着し、寺阪は重いスーツケースを引きながら改札を抜けた。地元の風景は大きくは変わっていなかったが、それでもどこか懐かしさと新鮮さを感じさせた。


久しぶりに見た実家は、寺阪が離れていた数年の間に少しだけ古びた印象を受けた。それでも、庭先の花壇や玄関の飾りなど、両親が丁寧に手入れをしている様子が窺えた。


玄関の扉を開けると、中から母親の声が聞こえた。

「…どなた?」


「俺だよ、母さん。」


その声に驚いた母親が急いで出てきた。

「心悟!?どうしたの、急に!」


母親は目を見開いて寺阪を見つめた。少し日焼けした顔つき、すっきりとした髪型、そして引き締まった体つきを見て、以前の頼りなかった息子のイメージとはまるで違う姿に、しばらく言葉を失っていた。


「なんだか、すごく立派になったわね…。誰かと入れ替わったんじゃないの?」


寺阪は苦笑いを浮かべながら答えた。

「そんなわけないだろ。俺だよ。」


その時、奥から父親も顔を出した。

「おお、心悟か。久しぶりだな。…なんだその体つき、鍛えてるのか?」


「自重トレーニングくらいだよ。」

寺阪は照れくさそうに肩をすくめた。


父親は感心したように頷きながら、少しだけ厳しい口調で言った。

「少しは外で頑張ってるってことか。それならよかった。」


母親は寺阪の手を取りながら、少し涙ぐんだ声で言った。

「久しぶりに帰ってきてくれて、本当に嬉しいわ。でも、どうしてもっと早く帰ってこなかったの?」


寺阪は少しだけ顔を伏せ、静かに答えた。

「…なんとなく、自分に自信がなかったんだと思う。でも、最近やっと自分のやるべきことが見えてきた気がするんだ。」


母親はその言葉に目を細めて頷き、優しく微笑んだ。

「そうなのね。心悟が自分で決めた道なら、私たちは応援するわ。」


その夜、久しぶりに家族そろっての食卓が囲まれた。母親が作った料理の味は昔と変わらず、寺阪の心を温かく満たしてくれた。


「それで、最近は何をしてるんだ?」

父親が問いかける。


寺阪は少しだけ考えてから、茜と亮太のことには触れずに、アルバイトを始めた話をした。

「少しずつ働きながら、自分にできることを探してる。」


父親は静かに頷きながら、笑みを浮かべた。

「いいんじゃないか。自分のペースで進めばいい。」


母親は寺阪の顔を見つめながら、ぽつりと呟いた。

「心悟、本当に変わったわね。きっと誰か良い人に出会ったのね。」


その言葉に、寺阪は一瞬ドキッとしたが、特に答えることなく微笑みでごまかした。


その夜、夕食を終えた寺阪は、自分の部屋に戻る前にリビングで少しだけくつろいでいた。母親は早めに休むと言い、寝室に入っていったが、父親はまだコーヒーを片手にソファで新聞を読んでいた。


「…親父、少し話せる?」

寺阪がソファの向かいに座りながら声をかけると、父親は眼鏡を外しながら頷いた。

「珍しいな、お前から話を振るなんて。どうした?」


寺阪は一瞬言葉を詰まらせたが、やがて静かに口を開いた。

「実は…最近、ちょっと考えることがあって。」


寺阪は一息つき、茜と亮太のことを話し始めた。

「俺、最近その二人とすごく仲良くしてて、ある意味家族みたいな感じで付き合ってる。」


父親は腕を組みながら黙って話を聞いていたが、やがて静かに口を開いた。

「つまり、お前はその茜さんって人とその子供のために何かしようとしてるのか?」


寺阪は少し頷きながら続けた。

「そうなんだ。でも、茜さんには借金があって…。それが原因でいろんな問題を抱えてる。」


「借金って、いくらくらいなんだ?」

父親が少し鋭い目で尋ねた。


「1500万円だって…。元旦那がギャンブルで作った借金らしいけど、茜さんがその後処理を全部押し付けられてる。」


父親は深くため息をつきながら、手元のコーヒーに目を落とした。

「それは…確かに大変だな。でも、お前はその人たちのために、どうしたいと思ってるんだ?」


寺阪は目を伏せながら答えた。

「正直、俺にできることなんて限られてる。だから、親父に頼むのはどうかと思ったんだけど…助けてやりたい気持ちがあって。」


父親はしばらく考え込んでいたが、やがて静かに口を開いた。

「心悟、お前の気持ちは分かる。でもな、その茜さん自身がどうしたいのか、それをちゃんと聞くべきだと思うぞ。」


寺阪はその言葉にハッとした。

「…確かに、俺が勝手に動いても意味がないかもしれない。」


父親は優しく微笑みながら、寺阪の肩を叩いた。

「何か困ったことがあったら、また相談しろ。お前が本気で助けたいと思う相手なら、俺たちも力になる。」


なんせな、今までずっとプー太郎のお前の面倒を見てきたんだ。」

父親は笑いながら、寺阪の頭を軽く小突いた。

「どんなトラブルがあっても、俺にとっちゃどーってことない!俺は社長だしな。どんなトラブルも解決するのが仕事だ」


寺阪はその言葉に一瞬驚き、そして苦笑いを浮かべた。

「親父、急にキャラ変するのやめてくれよ…。でも、ありがとう。」


父親はコーヒーを一口飲みながら、少しだけ昔を振り返るような表情を浮かべた。

「でもな、心悟。俺も昔は厳しかったよな。あの頃のお前には、何か一つでも早く立派にしてほしくてな。」


寺阪は頷きながら、昔の厳しかった父親を思い出していた。

「そうだな…。今でも覚えてるよ。勉強しないと怒られるし、遅刻しても怒られるし、遅刻しなくても怒られるし、とりあえず何かと説教だった。」


父親は苦笑いしながら続けた。

「でもな、お前も少しずつ成長してるんだろ?そうじゃなきゃ、こんな相談なんて俺にしに来ないだろうしな。」


寺阪はその言葉に深く頷きながら、自分の中で少しずつ覚悟を固めていくのを感じた。

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