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巡査部長:田平光輝


薄暗い病室の中、吉岡はゆっくりと目を開けた。頭に巻かれた包帯が鈍い痛みを訴える。視界がぼやけていたが、天井の白い光が徐々に鮮明になっていく。


「…ここは…?」

吉岡が低く呟くと、椅子に座っていた田平がすぐに立ち上がり、顔を覗き込んだ。


「吉岡さん、気が付きましたか!」

田平の声には安堵の色が混じっている。その隣には、別の捜査員である村井と坂本が立っており、心配そうな顔で吉岡を見つめていた。


「吉岡さん、大丈夫ですか?」

村井が優しい声で問いかけると、坂本も続けた。


「頭を強く打って倒れていたので、かなり心配しました。医者によれば命に別状はないとのことですが、無理はしないでください。」


「…村井、坂本…。」

吉岡は二人の顔を確認し、微かに頷いた。そして、隣で心配そうにしている田平に目を向けた。


「田平、状況を報告しろ。」


「逃げた男はどうなった?」

吉岡は鋭い声で田平を見つめた。


田平は申し訳なさそうに頭を下げた。

「申し訳ありません。追跡しましたが、途中で取り逃がしてしまいました。その間に吉岡さんが店内で襲われて…。」


「くそっ…。」

吉岡は歯を食いしばりながら、天井を睨んだ。頭の痛みを堪えつつ、さらに問い詰める。

「お前、店の周りで黒いフードの男を見なかったか?」


田平は少し考え込むような表情を浮かべ、首を横に振った。

「いいえ、僕が追いかけていた男はフードなんて被っていませんでした。周囲にもそれらしい人物は見当たりませんでした。」


吉岡は悔しそうに息を吐いた。

「じゃあ俺を殴った奴は、逃げた店員とは別の奴だ。手帳を奪って逃げたのもそいつだと思う。だが店の連中とは違う…。もっと組織的な動きだろうな。」


村井が不思議そうな顔で尋ねた。

「吉岡さん、手帳って何ですか?」


吉岡は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに別の話題に切り替えた。

「いや、ただのメモだ。田平、俺が意識を取り戻したことを本部に報告しろ。必要なら進展も確認しろ。」


田平は頷き、すぐに無線を手に病室の外に向かった。


村井が吉岡に近づき、椅子を引き寄せて腰を下ろした。

「吉岡さん、本当に大丈夫ですか?倒れた時、頭からかなりの血が出ていたので…。」


「俺は平気だ。それより、店の調べはどうなってる?」

吉岡はかすれた声で聞いた。


坂本が資料を取り出しながら答えた。

「逃げた男については行方不明のままで、防犯カメラが少なく、現場の状況が掴みにくいのが現実です。」


吉岡は短く舌打ちをした。

「くそっ…。」


田平が戻るまでの間、村井と坂本は吉岡を見守りながら、さらなる進展の糸口を探るために持ち帰った資料を確認していた。吉岡は無力感を振り払うように目を閉じ、体を休めるために静かに息を吐いた。



深夜の捜査本部の一室で、藤崎真里はデスクトップモニターに向かって集中していた。目の前には複数の監視カメラ映像が並び、再生と停止を繰り返しながら映像の細部を確認している。


「ここも違う…。何も映ってない…。」

藤崎は軽くため息をつきながら次の映像を再生した。だが、次の瞬間、画面の一角に目が留まった。


「…これは…?」

画面に映っていたのは、店から少し離れた路地裏の監視カメラ映像だった。そこには、黒いフードを被った男が歩いている姿が映っている。


藤崎は再生を一時停止し、男の姿を拡大した。画質はあまり良くないが、体格や歩き方に見覚えがある。


「これ、どこかで見たような…。」

藤崎は画面をさらにスクロールし、男がカメラの死角に入るまでの様子を注意深く観察した。そして、フードを被った男がほんの一瞬、横を向いた瞬間――その顔が映像に捉えられていた。


「まさか…!」

藤崎の手が止まり、背筋に冷たいものが走った。そこに映っていたのは、田平光輝の顔だった。


藤崎はすぐに映像を再生し直し、数回にわたって確認を繰り返した。

「間違いない…。これ、田平さん…?」

頭が混乱しながらも、藤崎は冷静に分析を続けた。


映像には、フードの男が手に何かを持ち、店の裏手へと向かう様子が映っていた。その後、映像は途切れ、次に現れたのは店から少し離れた通りを歩いている姿だった。


「何を持ってたの…?手帳?」

藤崎はモニターに映る男の手元を拡大するが、画質の荒さで細かい部分は判別できない。しかし、その動きや服装、そして顔の特徴は田平と一致していた。


藤崎はモニターの前で深く息を吐いた。

「これをどうする…。本部に報告するべきなのか…。」

だが、彼女はすぐに首を横に振った。田平は吉岡の信頼を得ている捜査官であり、確実な証拠がなければこの映像だけで断定するのは難しい。


「まずは吉岡さんに伝えるべき…。」

藤崎は映像データをバックアップし、慎重にUSBメモリに保存した。


藤崎はスマホを取り出し、吉岡の番号を呼び出した。数コールの後、吉岡が電話に出た。


「吉岡さん、すみません。意識が戻ったばかりなのに…。」


「気にするな。仕事だろ。それで、何か進展があったのか?」


吉岡の声はまだ病室からのものだった。


「監視カメラの映像で少し気になるものを見つけました。」

藤崎は緊張を隠しながら話を続ける。

「…それが、あの店の近くで黒いフードを被った男が映っていたんです。」


「黒いフードの男だと?」

吉岡の声に緊張が走る。


「はい。ただ、その顔が…。」

藤崎は一瞬言葉を詰まらせた。

「その顔が、田平さんに似ているんです。」


電話越しの吉岡は一瞬黙り込んだ。その静寂が、藤崎の心臓をさらに早く脈打たせた。


「藤崎、映像を俺に送れ。」

吉岡が静かに命じた。


「はい、すぐにお送りします。」

藤崎はデータを転送する準備をしながら、胸の奥に広がる不安を抑え込もうとしていた。


薄暗い病室に響くのは、壁越しの時計の針が刻む小さな音だけだった。吉岡はベッドの上で体を半分起こし、スマホを手にして画面をじっと見つめている。


頭に巻かれた包帯が鈍い痛みを訴えたが、それを気にする余裕もない。

画面には、黒いフードを被った男が路地裏を歩く姿が映っている。その男がカメラの方を向いた一瞬――吉岡は息を飲んだ。


「田平…?」

スマホを握る手に力が入る。


もう一度再生し直し、男の顔や体格、歩き方を確認する。その特徴は間違いなく田平のものだった。吉岡は眉間に深い皺を刻み、目を閉じた。映像の男が田平であるなら――いや、そんなはずはない。だが、その可能性が頭から離れない。


吉岡の意識は過去へと引き戻されていった。


まだ田平が新人だった頃。吉岡は彼の教育係を任されていた。

「吉岡さん、よろしくお願いします!」

若かりし頃の田平は、まっすぐで元気のいい男だった。警察官としての理想を語り、犯罪を根絶するという強い使命感に溢れていた。


「お前、そんな夢みたいなこと言ってて、現場で立ってられるか?」

吉岡は冷たく言い放ったが、田平はひるむことなく答えた。

「夢みたいじゃありません。俺は本気でそう思っています!」


吉岡はその時の田平の熱意を忘れたことはなかった。だが現場では、理想だけではどうにもならないことも多かった。田平もそれを知ることになる。


数年前、とある雑居ビルで立てこもり事件が発生した。容疑者は精神的に追い詰められており、刃物を手にして威嚇を続けていた。現場には当時まだ新人だった田平もいた。


「吉岡さん、俺、最前線に行きます!」

若い田平は、興奮した声で意気込んだ。しかし吉岡は首を振った。

「バカ野郎、そんな簡単にいくわけねえだろ。お前は後ろで状況を見てろ。」


現場の緊張感は極限状態だった。容疑者は窓際に立ち、刃物を振り回して叫び続けていた。いつ何が起きてもおかしくない。そんな中、吉岡が一歩ずつ前進し、説得を試みた。


「話をしよう。お前がどんなに追い詰められてるか、俺たちに話してくれ。」

吉岡の低く落ち着いた声は、容疑者の耳に届いたかに見えた。だが、次の瞬間、容疑者は突然刃物を構え、襲いかかってきた。


「吉岡さん!」

その叫び声と同時に、田平が吉岡の前に飛び出してきた。田平は容疑者の動きを封じるように抱きかかえ、もみ合いになった。その間に吉岡が容疑者の刃物を取り押さえ、無事に事件を収束させた。


事件が終わり、田平が肩を大きく切られて血を流していることに気づいたのはその後だった。

「田平!お前、何やってんだ!バカ野郎!」

吉岡は容疑者を拘束しながら怒鳴りつけた。


「…吉岡さん、俺、役に立てたでしょうか…?」

田平は薄く笑いながら言った。その目は痛みに耐えながらも、どこか誇らしげだった。


それ以来、田平はどんな厳しい現場にも動じない警察官へと成長していった。

吉岡の指導は厳しかったが、田平はそれを一度も嫌がらなかった。


「俺、吉岡さんみたいな警察官になりたいんです。」

ある日、酒を酌み交わした帰り道に田平が言ったその言葉を、吉岡は今でも覚えている。


「俺みたいになる必要はねえ。お前はお前でいいんだよ。」

吉岡はそう言いながら、田平の肩を軽く叩いた。


田平は失敗を恐れず、理想を追い続ける姿勢を貫いてきた。その姿に吉岡は、警察官としての誇りを見ていた。


深夜の病室で吉岡はスマホの画面に映る田平を見つめながら、心の中で呟いた。


(お前がこんなことをするはずがない…。俺はお前を見てきたんだ。ずっと見てきたんだよ、田平…。)


胸の中に、信じたくない気持ちと映像が示す事実がせめぎ合う。吉岡は拳を握り締めた。


(もしこれが事実なら…俺が責任を取る。お前が堕ちた理由を、必ず確かめる。)



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