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接触

夜の静寂を切り裂くように、一台の車が施設の前に停まった。車から降りた女性は、顔を覆うフードを深くかぶり、周囲を警戒するように速足で建物の中に入った。


施設内は薄暗く、冷たい空気が漂っている。廊下を進んだ彼女は、奥の部屋の扉を開ける。部屋の奥には一人の男が座っており、書類を手にしていたが、彼女の姿を見ると眉をひそめた。


「こんな時間に、何のつもりだ?」

男の声は低く、冷たい。


女性は一瞬躊躇したが、やがて静かに口を開いた。

「連絡がないのよ。このまま何もしないでいるのは、さすがに不安になる。」


男は書類を机に置き、椅子に深く腰掛けたまま女性を見据えた。

「お前に動けという指示は出ていない。それなら動くべきじゃない。」


女性は視線を伏せ、息をついた。

「それはわかってる。でも、何もわからないままでいるのは辛いの。」


男の顔には苛立ちが浮かんだが、声を抑えて答えた。

「お前が何もする必要がないのは、そのためだ。全てこちらで計画通り進めている。」


女性は短く頷き、低い声で呟く。

「…信じるしかないのね。」


男は立ち上がり、冷ややかな視線を女性に向けた。

「何か動きがあれば、必ず伝える。それまで勝手にここに来るな。」


女性は何も言わずに背を向け、部屋を出た。外に出ると、冷たい夜風が彼女の頬を撫でる。車に乗り込み、ハンドルを握った手には微かに力が入っている。


エンジンの音が静かに響き、車は夜の闇の中へと消えていった。


深夜の警視庁サイバー犯罪対策課。静まり返ったオフィスに、キーボードを叩く軽快な音が響いていた。モニターには無数のSNS投稿がリアルタイムで流れ、見ているだけで目が疲れそうだ。


「これだけ膨大なデータの中から、異常を見つけろってのは無茶な話よね…」

藤崎真理は軽く溜息をつきながら、モニターに集中する。彼女は32歳。肩まで伸びた黒髪を一つに束ね、デスクの片隅には飲みかけのエナジードリンクが置かれている。


彼女はITに精通したエリート捜査官で、数年前にサイバー犯罪対策課に配属された。冷静で的確な判断力を持つ一方、同僚の間では「感情が読みにくい」と評されることも多い。だが、その無駄のない仕事ぶりは誰もが認めるところだった。


「真央ちゃん事件の捜査に参加してくれ」

そう依頼されたのは、つい先週のことだ。彼女は失踪事件そのものには関心がなかったが、犯罪グループがSNSを活用している可能性があると聞き、興味を抱いた。


「…あった。」

モニターに目を凝らしていた真理が小さく呟いた。スクリーンには、たった一文の投稿が表示されていた。


投稿内容は一見、普通のように見えるが、どこか異様な雰囲気を漂わせていた。


「遠い場所で光が消える。静かに、誰にも気づかれないように。」


アカウントを調べると、作成されたばかりの匿名アカウントだった。フォロワーはゼロで、投稿もこの一件のみ。文脈のないこのメッセージが意味するものは何か。


「何かのコードか…?」

真理は独り言を呟きながら、さらに情報を検索する。彼女はすぐに、この投稿が自動生成されたものではなく、人間が意図的に書き込んだものだと気づいた。

数分後、彼女は事件捜査本部に連絡を入れる。



「どうした、藤崎?」

吉岡浩司が現れると、真理は即座にスクリーンを指差した。


「これです。この投稿、普通じゃありません。」

吉岡が画面に近づき、投稿文を読み上げる。

「遠い場所で光が消える…なんだこれ、詩か?」


「詩にしてはタイミングが悪すぎます。アカウントを作成したのは、真央ちゃん失踪事件の後。単なる偶然とは思えません。」

真理はさらに調査結果を補足する。

「アカウントの作成元は特定できていませんが、投稿は国内のサーバーを経由しています。ただ、特定にはもう少し時間がかかりそうです。」


吉岡は腕を組み、画面を睨みつけた。

「遠い場所で光が消える…ってのは暗号か、何かを示唆してるのか。」


「まだ断定はできません。ただ、これが事件に関係している可能性はあります。」

真理が淡々と答える。


「吉岡さん、もしこれがただの偶然だったら?」

田平光輝が口を挟む。彼は画面をちらりと見ただけで、表情を変えない。


「だったらだったでいい。ただ、もし関係してたら見逃したらおしまいだ。」

吉岡はそう言い切り、真理に指示を出した。

「引き続き調査を続けてくれ。他にも似たような投稿がないか探してくれ。」


「了解です。」

真理はすぐに作業を再開し、吉岡と田平はその場を後にした。



次の日、吉岡と田平は、商店街の一角を歩いていた。周囲は静かで、昼間にも関わらず人通りが少ない。


「次はあそこの店だ。」

吉岡が古びた中古品店を指差す。


田平はその店を一瞥し、即座に言葉を返した。

「吉岡さん、ここは関係なさそうです。小さな店ですし、目立つ動きもなさそうですから。」


吉岡は一瞬足を止め、田平を睨む。

「可能性を潰すな。」


田平が返す言葉を見つけられないうちに、吉岡はすでに店に向かって歩き出していた。


中古品店の中は狭く、棚には年代物の家電や雑貨が乱雑に並べられていた。カウンターの奥には、一人の男が座っている。30代半ば、痩せて猫背の男だった。


「こんにちは、警察だ。」

吉岡が名乗ると、男は一瞬だけ目を泳がせた。


「あ、はい。何か…?」

男の声はどこか上ずっていた。


「最近、この辺で不審な人物や変わった出来事がなかったか聞いている。」

吉岡はあくまで冷静な口調で尋ねる。


男は慌てた様子で首を振った。

「い、いえ、何もないです。普通ですよ、ここは。」


吉岡の視線が男の動きを鋭く追う。その瞬間、男の手がカウンターの下に隠れるのが見えた。吉岡は何も言わず、その手元に注意を向ける。


「何か隠してるのか?」

吉岡がわずかに声を低めて問いかける。


「い、いや、そんなことないですよ!」

男は慌てて両手をカウンターの上に出した。


「この店、普段はどんな客が来るんだ?」

吉岡が話題を変えた。


「えっと…地元の人がほとんどです。あんまり知らない人は来ないですけど…。」

男は目を泳がせながら答えた。


吉岡は少し間を置いてから、カウンターの奥を指差した。

「そのバッグ、何が入ってる?」


カウンターの端には黒いナイロンバッグが置かれていた。男は一瞬顔を引きつらせる。

「あ、これですか?仕入れた商品が入ってるだけで…。」


「見せてもらってもいいか?」

吉岡がそう言った瞬間、男の動きが一瞬止まった。


すみません、ちょっと裏で片付けが…。」

男は明らかに挙動不審な動きを見せながら、カウンターの裏側に足を向けた。その時、吉岡が一喝した。


「おい、待て!」


その瞬間、男は振り返ることもなく、カウンターを飛び出して全力で店の出口に駆け出した。


「逃げやがった!」

吉岡が動きかけたところで、田平が冷静に前に出た。


「僕が追います!」

その一言を残して、田平は迅速に男を追い、店を飛び出していった。



店内に残った吉岡は、カウンターに残された黒いナイロンバッグに目を留めた。


バッグを開けると、中には工具や古びた部品が乱雑に詰め込まれているだけだった。特に怪しいものは見当たらない。


カウンター奥の引き出しを開けると、小さな黒い革表紙の手帳が見つかった。

「…何だこれは。」

吉岡は手帳を慎重に手に取り、ページをめくり始めた。


最初のページには、動物名と金額が書かれていた。


「黒猫/3万」

「白鳩/5万」

「赤狐/4万」

「青馬/7万」


「隠語か…?」

吉岡の眉間が深く寄る。さらにページをめくると、公園名と子供たちの名前が書かれているページに辿り着いた。


「星花公園/高橋 たかし(5歳) 黒」

「桜山児童公園/中村 ゆい(6歳) 白」

「陽向広場/大西 こうた(7歳) 赤」


「黒猫、白鳩、赤狐…。」

吉岡の表情が硬くなる。次のページをめくると、リストはさらに続いていた。


「虹野公園/伊藤 ひろき(4歳) 黒」

「光風台公園/田辺 あいり(6歳) 白」

「青空公園/三浦 かずき(8歳) 青」


それぞれの名前の横には「済」や「未確認」といったメモも記されている。

「くそ…これは誘拐リストだ。」

吉岡は手帳を強く握りしめ、無線を取り出した。


その時、背後で微かな足音が聞こえた。吉岡が振り返ろうとした瞬間、鈍い衝撃が後頭部を襲った。

「ぐっ…!」

手帳を持ったまま吉岡は床に崩れ落ちた。意識が遠のいていく中、黒いフードを被った人物が手帳を拾い上げ、何も言わずにその場を去っていった。


店内に静寂が戻った。すると、床に転がった無線機から田平の声が流れる。


「すみません!取り逃がしました!店に戻ります!」

無線越しに聞こえる田平の声が、店内に響く。


吉岡は微かに意識を取り戻し、無線機に目を向けたが、動くことができない。

「…手帳…。」

そう呟くと、再び意識を失った。


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