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茜と亮太を支えるパートナーとしての生活が始まり、寺阪はこれまで感じたことのない充実感を味わっていた。ただし、彼らはまだそれぞれの部屋で生活しており、日中は亮太と遊んだり茜を手伝ったりすることで、少しずつ家族のような絆を深めていった。


数カ月前まではずっとニートだった寺阪。

今の収入では茜や亮太を本当の意味で支えるには程遠い。寺阪は次第に、自分の将来について真剣に考え始めた。「バイトを続けても先が見えてるな…」

寺阪はアルバイト先のレジで忙しく働きながら、ふとそんなことを考えていた。収入は安定しているが、もっと自分の力でしっかりと稼げる仕事に就きたいという気持ちが強くなっていた。


その日、帰り道に寺阪は決意を固めた。

「このままじゃダメだ。ちゃんと正社員を目指さないと。」


寺阪は翌日から、本格的に正社員の仕事を探し始めた。求人サイトを検索し、履歴書を準備して、いくつかの会社に応募した。最初は応募するだけでも緊張していたが、次第に自分が成長するためにはこの一歩が必要だという思いが強くなっていった。


数日後、いくつかの会社から面接の連絡が来た。その中でも、親の会社の飲食業チェーン店「テラテラ」からも面接のオファーが届いていた。


寺阪は最初、親の会社で働くことに対して強い抵抗を感じていた。自分が社長の息子であることがバレるのを避け、親のコネで働いていると思われるのが嫌だった。だから、最初は本当に働くべきかどうか迷っていた。


それでも、生活の安定を考えると、親の会社に頼らざるを得ない状況だった。寺阪は決断を下し、店の見学をすることにした。


寺阪が店舗に到着し、店長と対面した。最初は少し緊張していたが、店長は驚くほど親しみやすく、すぐに会話が弾んだ。


「君、前にどこかで見たことあるような気がするな。」

店長が言うと、寺阪は少し焦りながらも答えた。

「え、そうですか?たぶん、ただの勘違いだと思います。」


店長は少し考えてから、笑顔で話し続けた。

「まあ、気にしないでおこう。今日は君がどう働けるかを見せてもらいたいんだ。ここでしっかり学んで、成長してくれればと思ってる。」


寺阪は安堵した。自分が社長の息子だということに気づいていない様子だったので、心の中でほっと一息ついた。


面接が進む中、店長は寺阪に期待をかける言葉をかけた。

「君みたいな若い力が入ってくれたら、ここももっと良くなると思うよ。君にはぜひ来てもらいたい。」


寺阪は少し迷いながらも、決意を固めて言った。

「ありがとうございます。精一杯頑張りたいと思います。」


寺阪が正式にテラテラで働くことが決まった翌日、バイト先でお別れ会が開かれることになった。居心地の良かったこの場所を離れることへの寂しさと、新しい一歩を踏み出す期待感が、寺阪の胸中で交錯していた。


お別れ会の当日、店の営業が終わった後に、スタッフ全員が集まった。バイト仲間たちが持ち寄った手作りのプレゼントやカードがテーブルに並ぶ。最後には、店長の柏原貴史が中心になって、みんなで寺阪を送り出すスピーチをすることに。


「おいおい、みんな静かにしろー!ここでオレ、柏原がしっかり締めるから!」

そう言いながら、柏原は手を広げて笑顔を見せた。親しみやすく温かい雰囲気のある顔には、いつもの明るさが満ちている。


「えー、心悟くんがうちを辞めるなんて寂しいけど、正社員になるんだってな!」

店内が拍手で包まれる中、柏原は続けた。

「いやあ、最初に君が面接に来たときは、正直大丈夫か?って思ったけどね。ほら、ちょっと緊張してて、でもなんか真面目そうな感じだったからさ。」


みんながクスクスと笑う中、柏原は寺阪を見て言った。

「でも、君は本当に変わったよ。最初は無口で、何考えてるかわかんない感じだったのが、今やみんなに頼られる存在だもんな。すごい成長したよ。」


寺阪は少し照れながら頭を掻いた。「ありがとうございます…。店長のおかげです。」


柏原は少し声を詰まらせた。そして、ふと涙ぐみながら言った。

「でもさ、寂しいよな…。君がいなくなるのは、本当に寂しい。正直、今夜オレ、一人で泣くかもしれないぞ!」


場が一瞬しんとなった後、仲間たちから「店長、もう泣いてるじゃん!」という声が上がった。柏原の目尻には、涙がしっかりと光っていた。


寺阪は立ち上がり、深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございました。最初は自分に自信がなくて、みなさんに支えてもらってばかりでした。でも、この場所で働いたことが、自分を変えてくれました。」


柏原は声を詰まらせながら「お前、がんばれよ!」と背中を強く叩いた。

寺阪は、その温かさを胸に刻み込みながら答えた。

「はい、絶対に頑張ります。」


お別れ会が終わり、スタッフたちが帰宅した後の店内は静寂に包まれていた。柏原店長は一人、テーブルを片付けながらふと立ち止まった。そのいつもの笑顔は消え、どこか険しい表情を浮かべていた。


スマートフォンがポケットの中で振動する。画面には「非通知」の文字。柏原は周囲を確認し、誰もいないことを確かめてから電話に出た。


「はい、こちら柏原。」

声を抑えた柏原に、電話越しから少し機械音がかかった冷たい声が聞こえてきた。

「状況は?」


柏原は一瞬息を整えた後、低い声で答えた。

「問題ありません。計画通り進んでいます。」


「彼に変化は?」

冷徹で感情の見えない声が続く。


「特にありません。こちらから干渉しすぎないよう慎重に動いています。」

柏原の視線は、誰もいない窓の外へ向けられている。


「余計なことはするな。感情を挟むな。」

電話越しの声に冷たさが増し、柏原の顔がわずかにこわばる。


「わかっています。」

そう答える柏原の声には一瞬の戸惑いが混じったが、すぐに冷静を装い続けた。


「任務に支障が出れば、責任を取ることになるのはわかっているな。」

最後にそう告げられると、電話は切れた。


柏原はスマートフォンをテーブルに置き、深く息を吐き出した。その目には微かな疲労と不安の色が浮かび、店内の静けさが一層際立つ。


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