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鬼灯の祠  作者: 妖怪すずり
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第6話

 佳帆が行方不明になった日、聡は祠の前で倒れていたのを大人に発見された。その日のうちに大熱を出して、熱が下がったころに、佳帆が遺体となって見つかった。

 忘れていたのだ、今の今まで。いや、わざと忘れていたのかもしれない。

 これでは、自分が佳帆を見捨て、そして殺したも同然ではないか。

『ねえ、遊ぼうよ』『遊ぼう』『遊ぼう』『あのときみたいに』『あの子もいるよ』

 子どもたちが次々にささやく。ふわふわと宙を泳ぎ、彼らは聡の周りにまとわりつく。

 皮が手足のように動き、聡の腕を引っ張るかのような動きをする。静脈のようにも見える網目模様が、聡の腕にも延びてきて、その皮膚に絡みつく。

「おい、ボサッとすんな!」

 桐央が叫んだのと、彼が鬼灯の子たちを切ったのは同時だった。

 切られた子どもたちは地面にぱさりぱさりと落ちたかと思うと、枯れていくかのように茶色く変色し、動かなくなった。

「お前、変だぞ。どうした?」

 聡は己がひどく荒い呼吸をしていることに気がついた。心臓がばくばくと脈打っている。

「……思い出した。今さっきまで忘れていた。あの怪異に俺は出会ったことがある」

 聡は額を右手で押さえた。そして、その間から、やっとのことで言葉を吐き出した。

「因縁ってワケね、どーりでもう子どもでもねえのに狙ってくるってことか」

 ぱちん、ぱちんと、鬼灯の子どもが生まれる音がする。二十、三十という数になろうとしている彼らを、桐央は次々と短刀で切っていく。

「数多いな! お前はとりあえず逃げろ、この夢の中にも石の祠があるはずだ。そこまで走るぞ!」

 しかし、聡はその場から動こうとしない。

「チッ、さっさと来い!」

 それを見かねてか、桐央が聡の腕を取った。そして鬼灯の化け物とは逆の方向へと走り出す。のろのろとした走りで、聡は桐央に連れられる。

「なんで逃げねえんだよッ」

「……もう、いい」

 ぼそりとそう言った聡は、桐央の手を振り払った。ふたりは立ち止まる。

「は?」

 桐央は怪訝そうな顔で、下を向いたままの聡を見つめる。

「あの怪異に喰われても、俺は文句を言えない」

 逃げること、抵抗することが、急に無意味に思えた。

「そもそも、俺があの怪異に関わらなければ良かったのに」

 だって、これは自らがまいた種で。決まりを破った自分が悪くて。

「本当に死ぬべきは俺で、」

 聡は胸の奥のものを絞り出す。

「佳帆のもとに行けるなら、もうそれで、」

 背後に、怪異の子どもたちが迫っていた。『きゃはは』という声が重なって、それがだんだんと近づいてきている。さわさわと、子どもの手足の擦れる小さな音がする。その音がよく聞こえるほど、二人の間には沈黙があった。

「……視えてんだよ、お前の、悔やんでも悔やみきれねえのも、自分を責めてんのも、ヤケクソも」

 桐央が、下を向いていた聡の顔を両手で掴む。

「でもな、これ以上人を裏切るのが怖いからって、そもそも全部諦めようとするんじゃねえよ」

 ぐいと聡の顔が無理やりに上げられた。眼の前に、桐央の顔があった。

「顔を覚えようとしないってのも、今死のうとしてんのも、極端なんだよてめーは」

 桐央と視線がかち合う。黄色い、すべてを見透かすような瞳だ。

「つべこべ言わずに俺に助けられろ、じゃねえと俺の目覚めが悪ィんだよ!」

 そこまで叫んで、桐央は再び聡の腕を取った。走り出そうとしたときだった。

 どん、と。桐央が聡に体当たりした。

「ッ⁉️」

 聡はふっ飛ばされて、数メートル先に倒れ込む。

「なにを、」

 聡は桐央の方を振り向いた。桐央のすぐそばに、怪異の子どもたちが集まっている。

 子どもたちはくすくすと笑いながら、魚群のように蠢き、それがぎゅう、と凝縮されたようになったかと思うと、ひとつの形をつくる。

 頭に鬼灯の実の生えた、赤い着物の女だった。

『お前から、わたしの子にしてやろうかねえ』

 女が桐央に手を伸ばす。桐央はまるで地面に縫い付けられたように、その場を動かない。いや、動けないというのが正しいことに、聡はやっと気がついた。実際に、その脚に植物の根のようなものが絡まり、彼を捕らえている。

 女の手は人間の形をしているものの、植物の根の集まりでできていた。それが桐央の腕を掴む。根が、桐央の腕に食い込み、皮膚を突き破った。

「ぐあッ!」

 なぜか血は出なかった。代わりに皮膚のすぐ下に根が張っていく。それがどくどくと脈打ち、桐央の何かを吸っているかのようだ。

 桐央の短刀が、目の前に転がっているのが見えた。


 利用できる人間以外の顔を覚える必要などなかった。

 信頼できる人を失うことが怖くて、友人を作りたくなかったから。

 無意識下で、自分のことを『信頼できる人を裏切る側の人間』だと知っていたからかもしれない。

 佳帆は俺の背中を押した。鬼灯の怪物に襲われかけていた。

 俺は彼女を見捨てて逃げた。石の祠を過ぎると、怪異は追ってこなかった。

 なぜ助けに戻らなかったのか。

 後悔。自責。自暴自棄。

 すべてを投げ出して楽になりたいと思った。

 でも、目の前でもう一度、失っていいのか?

 また、見捨てるのか?


「やめろ!」

 聡は気がつくと、短刀を握って怪異に向かって走り出していた。

 桐央を締め上げていた化け物の手を、手首から切り落とす。すぐさま、彼の脚にも食い込む根も引きちぎった。聡にも絡みつこうとする根を振りほどき、女の胸のあたりに短刀を突き刺した。

『ギャアアアア!』

 女が叫ぶ。その隙に、聡は桐央の肩を思いっきり押した。桐央が女の呪縛から完全に解放された。それに安心するも、状況が最悪であることにそのとき初めて気がついた。

『この、くそ、喰ってやる、子どもにせずに、喰ってやる‼️』

 怒り狂った女の根が今度は聡に絡まる。飛んで火に入る夏の虫。女のもとに引きずり込まれるのを感じた。自嘲しながら、もう終わりか、と思った。


「よくやった」

 その声のした方向から小さく光が漏れる。そして、

「喰らいやがれ!」

 桐央の怒号が響く。

 それは、稲妻のようだった。鼓膜が破れそうなほど凄まじい音をたて、光の壁が、女を貫いた。


 女は真っ二つになり崩れ落ちた。起き上がる気配はない。聡の身体に巻き付いていた根はその力をゆるめ、ぱたぱたと地面に落ちた。

 聡が唖然として光の来た方向を見ると、桐央がなにか御札のようなものを指の間に差し、それを怪異のいた方向に向けていた。そして、その御札は黒ずみ、ボロボロと崩れ落ちた。

 そして、桐央は怪異のそばまでやってきてそれを見下ろす。

『こ、どもが、欲しかっただけ。それだ、けなのに、どうして、どうし、て』

 怪異は、まだなにかぶつぶつとつぶやいている。聡はその気味の悪さに、思わず距離を取った。

「おい」

 そう言って、桐央は怪異の注意を己に向ける。怪異の目と、桐央の目があった。そして、ごそごそと、羽織の袖を漁る。そこから出てきたのは、例のくまのぬいぐるみだった。

「これで満足しとけ」

 しゃがみ込み、それをそっと怪異の腕に抱かせる。

『こども、わたしの、こど、も、これで、やっと、……』

 怪異はそのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめると、サラサラと塵になって消えた。

 そして、ぽう、と複数の光がその身体から浮かび上がり、空へと消えていく。

「これは?」

「捕らわれていた子どもの魂だな。解放された」

 そのうちのひとつが、聡の周りをふわふわと回る。それから、聡の目の前で動きを止めた。

「佳帆……?」

 聡がその光に触れようとすると、光はするりとその手を避けて、くるりと旋回しながら空へと登っていく。他の光と近づいたり離れたり、追いかけっこのような動きをしながら、その光も天へと登っていった。

 佳帆の笑い声がした気がした。


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