88・遺物
フェリスは、重厚な木製の机が据えられた広い執務室の中央に立っていた。机上の古びたランプが静かに光を放ち、その柔らかな明かりが部屋全体に影を落としている。壁には書棚が並び、あちこちに積み重ねられた書類が、この場所が策略を練る場であることを物語っていた。
「勇者の遺物か」フェリスは手にした勇者の木刀をじっと見つめながら冷たく呟いた。「確かに特別な力を感じるが、それを守る者たちは愚かだ」
側近の一人が一歩前に進み、控えめに口を開いた。「木刀を魔王城から持ち出したのは人族と聞きますが、どのように動かされたのです?」
フェリスは薄い笑みを浮かべた。「人族の中には、勇者の血筋を妬み、その力を憎む者が少なくない。少し耳元で囁くだけで、自らの手で木刀を奪い、ここへ運ぶよう仕向けることなど簡単だ」
「具体的には?」別の側近が慎重に問いかける。
「ある小国の落ちぶれた騎士だ」フェリスは淡々と語った。「奴はかつての栄光を取り戻すために勇者の遺物を手に入れようとした。だが、木刀は奴の期待を裏切り、何の力も発揮しなかった。そして私が現れた時、奴はすでに己の無力さを悟っていたよ」
「その騎士はどうなったのでしょうか?」側近が小さな声で尋ねた。
「木刀を渡した瞬間、奴の役目は終わった」フェリスの声には冷酷さが滲んでいた。「その願いが叶うことなく、静かに消えていった」
フェリスは再び木刀を手に取り、その形状をしばし眺めた。「次は、この木刀を使ってラウルを罠にかける。奴がこれを放っておけるはずがない」
「どのように罠を仕掛けますか?」別の側近が問いかけた。
「木刀が中立地帯にある聖域に隠されていると情報を流す」フェリスは木刀を机に置き、指先で軽く叩いた。「さらに、それを人族が盗み出したという証拠を添える。これで魔王ミカも疑念を抱くことはない」
「ラウル様が動く保証は?」側近がさらに慎重に尋ねる。
フェリスは嘲笑を浮かべた。「木刀は奴の家宝だ。その所在が不明となれば、確認せずにはいられまい。そして奴が現れた時、この私が迎え撃つ。その無力さを思い知らせてやる」
「魔王ミカが同行する可能性については?」側近がさらに探るように尋ねた。
「その心配は不要だ」フェリスは冷笑を浮かべた。「東の大陸で軍が動いているという偽情報を流しておく。彼女はそちらに気を取られるだろう」
ランプの薄明かりの中、フェリスは木刀をじっと見据え、低い声で呟いた。「ラウルよ、この罠から逃れる術はない。お前が屈服する瞬間が待ち遠しい」
執務室の静けさの中、フェリスの策略が着々と進行していた。ラウルを狙う罠は今、影の中で確実に形を成しつつあった。




