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85・愛

魔王ミカの城は、鍛冶場の金属音と剣の響きに満ちていた。石造りの広い庭では、騎士ラウルが汗を流しながら、師であるミカの厳しい指導に全身全霊で応えていた。


夏の陽射しが容赦なく照りつける中、ラウルの剣は乾いた空気を切り裂いていく。彼の動きは最初、まるで棒切れのように硬直していた。鍛え上げられた筋肉は力強いが、繊細さには欠けていた。


ミカは腕組みをして、彼の稽古を冷静に見守る。かつての勇者ラウルスの面影を持つラウルを見るたび、彼女の瞳には過去の記憶が揺れていた。戦いの傷跡は、彼女の肌に深く刻まれている。


「お主、その構えでは敵一人も倒せぬぞ」


ミカの声は氷のように鋭かった。ラウルは背筋を伸ばし、再び構えをとる。剣は重く、彼の意志とともに揺れる。


昼の稽古が終わり、日が傾きかけたころ。中庭の石畳には長い影が伸びていた。汗で濡れたラウルの髪は、額に張り付いている。


ミカは珍しく柔らかな眼差しでラウルを見つめた。

「お主、少しは進歩しておるな」


彼女が手に持つのは、懐かしそうな包み。開けられた中からは、ネイミスの国の伝統的なお菓子の香りが漂う。

「勇者ラウルスも好んだものじゃ」


夕暮れの風が、二人の間に静かに流れる。ラウルは、ミカの過去の物語を聞くのが好きだった。戦い、和解、そして失われた愛。彼女の言葉は、時に鋭く、時に柔らかだった。


「私は勇者ラウルスの代わりにはなれません」とラウルは言った。「でも、私には私なりの方法で、あなたを守ることができます」


その言葉は、単なる誓いではなかった。彼の瞳には、覚悟が宿っていた。


ミカは微かに震える手で、ラウルの手を取った。長い年月が作り上げた鎧が、ほんの少し、崩れかけている。涙は彼女の頬を伝わらなかったが、彼女の瞳には深い感情が宿っていた。


「お主、本当に勇者の血を引いておるな」


星月夜、魔王の城は静寂に包まれていく。魔王と騎士。過去の喪失と、新たな希望。すべてが、この夏の夜に溶け合っていくのだった。

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