表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/89

83・過去からの声

毎週日曜日午後11時にショートショート1、2編投稿中。

Kindle Unlimitedでショートショート集を出版中(葉沢敬一で検索)

魔王ミカが夜、側近と共に王座の間で会談をしていると、突然、庭の方向から重々しい足音が響いた。その音は、静寂を裂くかのように鋭く、異様なまでの威厳に満ちていた。ミカが眉をひそめると、宰相テルゴウスが静かに扉を開けた。そこには、一人の古くからの魔族、エルディスが立っていた。


彼の姿からは、幾多の年月を生き抜いた経験が滲み出ていた。老いの痕跡は微塵も見られず、その目は深い闇のように澱んでいながら、揺るぎない決意で光っていた。一歩一歩、王座に近づくその歩みは、まるで時そのものが彼の周りを歩んでいるかのようだった。


「エルディス、久しいな。そなたを知らぬ者もいるゆえ、名を名乗り話してくれ。妾に話があるとは、ただ事ではあるまい」ミカの声は冷静を装いながらも、微かな緊張を宿していた。


しかし、エルディスはミカの子供の一人。彼の立ち振る舞いは、謁見というよりむしろ、長い旅を終えて故郷に帰った息子が、母に近況を報告するような親密さに満ちていた。深々と頭を下げながら、その声は飄々としながらも、深い敬意に彩られていた。


「エルディスでございます、ミカ様。千年前に勇者ラウルスと共に冒険を致しました。その彼の最後の日々について、今宵お伝えしようと思い参りました」


ラウルスの名を聞いて、ミカの胸の奥底で何かが揺れた。懐かしさと痛みが絡み合い、彼女の眼差しは一瞬、遠い記憶の奥底へと旅立った。いつもの威厳と冷静さは、儚い思い出の前でかすかに揺らめいていた。


「語れ、エルディス。その者のことを私は聞きたい」彼女の声は柔らかく、しかし奥底に秘めた感情の重みで震えていた。


エルディスは静かに姿を変え、人間の姿になった。彼の目には、ラウルスと過ごした日々の断片が映し出されているようだった。懐かしさと悲しみが交錯する声で語り始めた。


「勇者ラウルスは、あの戦いの後、国に戻り、人々の中で暮らしておりました。しかし、彼はその地で真の安らぎを得ることは叶いませんでした。民には愛されましたが、王宮では異質な存在と見なされ、心ない者たちに常に監視され続けたのでございます」


ミカは目を伏せ、深い息をついた。ラウルスの苦難を知りながら、改めて聞くその言葉に、言葉にできない痛みが心に広がっていく。


「エルディスよ、なぜ千年もの間、このことを語らなかったのだ?」彼女の問いには、驚きと寂しさが絡み合っていた。


エルディスの苦笑には、遠い記憶の痕跡が宿っていた。「ミカ様、語るべき時を見定めていたのでございます。ラウルスが逝かれた後、ミカ様は大変お心を痛めておられました。あの時に全てをお話ししても、ただその苦しみを増すばかりと感じ、控えさせていただいた次第です」


沈黙が流れる。ミカはエルディスの言葉の真意を受け止め、静かに頷いた。「そうか、妾を気遣ってくれていたのだな。感謝するぞ、エルディス」


「長らくミカ様の側に仕え、いつかラウルスの遺した思いを共に分かち合える日が来ることを願っておりました」エルディスの声は、千年の時を越えた思いを運んでいるようだった。


「彼は病に倒れて、弱っていく中でも、最後まで希望を失わなかったんだ」エルディスの言葉は温かく、しかし深い悲しみに満ちていた。「ラウルスは、未来を信じていた。人と魔族が共に手を取り合って生きる世界を、ずっと望んでいた。彼が最期に語ったのは、そんな世界への夢だったのだ」


ミカは深く息を吐き、目を閉じた。「ラウルスの思いは、今もこの胸にある。私はその夢を叶えるために千年を生きてきた。しかし……未だにその全てを成し遂げたとは言えぬ」


その時、若きラウルが静かに前に進み出た。エルディスの語りに深く揺さぶられ、その瞳には先祖の魂が灯されたかのような、揺るぎない決意が宿っていた。


「ミカ様、そしてエルディス。私は勇者ラウルスの血を引く者として、その志を引き継ぎたい。祖先が望んだ未来を、今度は私が実現する番だ」


ミカは若きラウルの瞳を見つめた。そこには、かつてのラウルスと同じ、強さと優しさが宿っていた。「よかろう、ラウル。そなたに勇者の志を託そう。妾の夫として、共に歩む。その道がいかに険しくとも、共に未来を切り開こう」


エルディスは微笑んだ。その目には、まるで長い年月をかけて育んできた希望が、今まさに実を結ぼうとしているかのような、静かな慈しみがあった。「その志こそが、ラウルスの遺した真の力だ。共に、未来を築いてくれ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ