82・セリス
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ラウルの妹セリスは、兄が何度も語っていた哲学者テルゴウスに興味を持っていた。彼の話す世界観、視点、そして魔王ミカへの忠誠心。そのすべてが彼女には興味深かった。ある日、彼女はテルゴウスのもとを訪れ、長い対話をすることになった。
「あなたがテルゴウス殿ですね? 哲学者だと兄から聞きました。今日は少しお話しさせていただけますか?」
「もちろんだとも。セリス殿、何を知りたいのかな?」テルゴウスはにこやかに笑みを浮かべ、手にしていた古びた巻物を脇に置いた。
「兄ラウルや魔王ミカ様に対するフェリスの執拗な敵対心について考えていたのです。最近、ラウルがフェリスを救いたいと話しているのを耳にしましたが、それがなぜ彼に届かないのかも気になっていました。彼の動機、なぜそこまで頑なに対立し続けるのか、その理由が知りたくて」
「フェリスの動機か……なるほど、興味深いテーマだね。私はフェリスの動機の根底に『不満足』があると思っている。これは生きることそのものに染みついた、尽きることのない不安定な感情、決して満たされない渇望だ」
「不満足、ですか……?」
「うむ。どれだけ手に入れても、何かが欠けていると感じ続けるあの感覚だ。フェリスは力を得て、仲間も得たが、それでもなお、心の奥底で何かが欠けているという思いから逃れられない。常に求め続けているが、何を求めているかも分からないまま、ただ渇望し続けているのだろう」
「それは……苦しみですね」セリスは考え込んだ。「フェリスにとって、その『不満足』こそが彼を突き動かす原動力であるということですか?」
「そうだ。そしてその『不満足』は彼にとって地獄そのものだ。彼は地獄の苦しみに自ら飛び込むことで、かろうじて生の充実感を感じているのかもしれない。何かを敵にして戦うことで、自分が生きていると感じるのだろう。その対象がラウル様や魔王ミカ様であるのは、彼らが象徴する『安定』と『平和』が、彼女にとっては脅威だからだ」
「なるほど...つまり、フェリスは永遠に何かを求め続けることで生きていると感じているのですね。だけど、それってあまりに哀れな生き方ではないでしょうか」
「確かに、哀れにも見える。しかし、私たちはその哀れさを簡単に断罪することはできない。フェリスにとって、それが唯一の存在意義なのだから。戦うこと、苦しむこと、それによって彼は生を感じているのだよ」
「それでも、ラウルはフェリスを救いたいと考えている。あの兄の優しさは、フェリスには届かないのでしょうか」
「セリス、それが可能かどうかは、フェリス自身が自分の内なる『不満足』に気づき、それと向き合うかどうかにかかっている。ラウルができることは、そのきっかけを与えることだけだ。彼が本当に変わりたいと思うまでは、彼の優しさは届かないだろう」
セリスは静かにうなずいた。テルゴウスの言葉は、彼女にフェリスの苦しみの深さを教えてくれた。フェリスの敵対心の根源が、ただの憎しみや怒りではなく、もっと根深い存在の渇望によるものだと知り、セリスは新たな視点を得た。
「ありがとう、テルゴウス殿。フェリスのこと、少し理解できた気がします。私は、いつか彼がその『不満足』から解放される日が来ることを願います」
「私もだよ、セリス殿。願わくば、争いのない未来が訪れることを」
セリスは深く一礼をし、その場を後にした。彼女の中で、フェリスに対する見方が少し変わり、ただの敵対者ではなく、同じ苦しみを持つ一人の存在として理解しようとする気持ちが芽生えていた。