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81・悩み

毎週日曜日午後11時にショートショート1、2編投稿中。

Kindle Unlimitedでショートショート集を出版中(葉沢敬一で検索)


すっかり投稿忘れてました。

ラウルは、訓練場で木刀を振るいながら、汗を流していた。魔王ミカの期待に応えるべく、毎日欠かさず修練を積んでいたが、彼の胸には常に一つの思いが引っかかっていた。


――自分は勇者ラウルスの代わりでしかないのか?


ミカが時折見せる、遠い目をしながら「勇者」の名を口にするたび、ラウルは胸が痛んだ。魔王がラウルに接する時の愛情のこもった眼差しや、励ましの言葉が、彼自身に向けられているのか、それとも過去の勇者の影を見ているだけなのか、その区別がつかなかった。


ある日、訓練中ミカがラウルに声をかけた。


「ラウル、今日は疲れておるのか? 少し表情が冴えぬように見えるが……」


彼女は、年増の少女のような少し甘えた口調で心配そうにラウルに話しかけた。ミカの表情には心からの気遣いがあった。ラウルは一瞬ためらったが、自分の胸に溜まっていた思いを抑えきれず、つい本音を口にしてしまった。


「ミカ、正直に言います。僕は……僕自身として見られているのかどうかがわからないんです。僕がここにいるのは、ただ勇者ラウルスに似ているからなのでしょうか?」


ミカはしばし沈黙した。彼女の目が揺らめき、過去の記憶と現在の現実が交差するように見えた。しかし、すぐに彼女はニヤリと微笑み、ラウルの肩に優しく手を置いた。


「妾は……ラウルよ、お主のことをちゃんと見ておるぞ。確かに、妾はラウルスを忘れることはできぬ。彼は妾にとって特別な存在じゃ。しかし……そなたはそなた。そなたの努力、剣技、そして強さを妾は知っておる。お主が勇者の影ではなく、自らの光を持っていることも、妾はちゃんと見ておるのじゃ」


ラウルはその言葉に驚きと同時に、胸が温かくなるのを感じた。だが、その時、ミカは急に腕を組んで真顔になり、


「ちなみに、そなたが勇者ラウルスに似ているのは顔だけで、性格はだいぶ違うぞ。ラウルスはもっとクールだったからの。そなたの方がこう……なんというか、もうちょっと素直で、ちょっとおっちょこちょいじゃな!」


ミカは急に吹き出して笑い出した。ラウルは驚きつつも、ミカの笑顔につられて少しだけ笑みを浮かべた。


「そなたは、妾にとって新しい風なのじゃ。勇者とは違うが、妾が待ち望んでいた、今の妾に必要な風。だから、そなた自身の道を見つけてよいのじゃ。勇者の影に囚われることなく、そなたの未来を歩めばよい」


ミカのその言葉は、まるで母が子を優しく包み込むような温もりに満ちていたが、次の瞬間ミカはさらに茶目っ気たっぷりに付け加えた。


「まあ、もし勇者の影に負けそうになったら、妾が後ろからドンッと蹴飛ばしてやるから安心せよ! 痛くないように靴はふわふわのスリッパにしておくからのう!」


ラウルは思わず吹き出してしまった。「ありがとう、魔王様……いや、ミカ」


そう言いながら、ラウルは彼女に向かって深く頭を下げた。そして、自分の中で何かが少しずつ変わり始めたのを感じた。勇者の影に怯えるのではなく、自分自身の光を見つける旅が始まろうとしていた。


その日の訓練は、今まで以上に充実したものになった。ミカはラウルを優しく、そして厳しく導き続けた。そして、時折ミカは「ほれ、ちゃんと構えぬとまた妾のスリッパが火を噴くぞ!」とからかい、ラウルはそれに苦笑しつつも力を込めた。彼は初めて、自分の剣に自信を持ち、そして未来に向かって自分の道を切り拓こうと決意を固めたのだった。

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