表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/89

80・策謀

毎週日曜日午後11時にショートショート1、2編投稿中。

Kindle Unlimitedでショートショート集を出版中(葉沢敬一で検索)

フェリスは暗黒街の奥深く、薄暗い広間にて、これから起こる激動の渦に備え、慎重に計画を練っていた。周囲には煤けた壁に掲げられた古い地図。闇に溶け込むその姿は、まるで影そのものが意思を持ち、動き出そうとしているかのようだった。その日は冷たい雨がしとしとと降り続き、広間に集まる者たちの頭上からは、天井の隙間から水滴がポタポタと垂れ落ちていた。湿った空気が広間を包み込み、冷えた雨音が彼らの緊張感をさらに重苦しいものにしていた。集まった者たちの息遣いもまた、音を吸い込むこの広間において、妙に生々しく響いていた。その雨音は彼らの不安を拡大し、沈黙の中に重い影を投げかけていた。


しかし、その中心に立つフェリスは、まるでその不安や重圧に無関心であるかのように静かに微笑みを浮かべていた。その微笑みには何か冷たく、計算し尽くされた狡猾さが漂っていた。「次の一手だ」と、フェリスは低く呟き、右腕である部下、エルネスに視線を向けた。「暗黒街を出て、東の大陸の貴族どもにメッセージを届けよ。我々が新たなる秩序を求めて動き出したことをな」


エルネスは微笑みを浮かべ、恭しく頭を下げた。「お任せを、フェリス様の御意思、必ずや全てに伝えて参ります」彼はすぐに部下を連れて広間から姿を消した。


フェリスはエルネスが去るのを確認し、重い沈黙が戻る中、古びた地図に再び視線を落とした。地図の表面は何度も折りたたまれ、指で触れられ、擦り切れていたが、それが彼の次なる一手を示す唯一の道しるべであった。フェリスはその古びた紙に描かれた線に指を走らせ、何度も頭の中で未来の戦略を反芻していた。地図には暗黒街から東の大陸全土までの経路が詳細に示されており、いくつもの印がつけられていた。その印の一つ一つがフェリスにとって新たな支配を実現するための戦略の一部であり、それを手にするための道筋であった。


「かつて勇者と呼ばれたフェリスが、今や暗黒街の支配者として世界を変えるのだ」と、フェリスは低く呟き、自分の中で燃え盛る炎を再確認していた。その炎はかつての純粋な希望から変わり果て、今では野望と憎悪に満ちたものへと変貌していた。


そのとき、後ろから足音が聞こえた。振り向くと、そこにはフェリスの元仲間の一人、カティアが立っていた。彼女はフェリスの元に近づくと、ためらいがちながらも強い決意を込めて問いかけた。「フェリス、どうしてこんなことをするの?」カティアの声は震えていた。その瞳にはかつての仲間への失望と、未だに捨てきれない希望の光が交差していた。「あなたが目指す世界は、こんなやり方で本当に実現できるの?」


フェリスはその問いに対して一瞬の間を置き、赤い瞳をまっすぐにカティアに向けた。彼の目はかつての情熱と、それが今は暗い決意に変わったことを語っていた。「カティア、私たちは何を望んで戦ったのか、覚えているか?」その声にはかすかな嘲りが含まれていた。「私たちは理想なんて持っていなかった。ただ、私は力を手にし、秩序を作り替えるために剣を振るったんだ」フェリスは一瞬地図に目を戻し、未来を切り開こうとする自身の強烈な欲望がそこに反映されているのを感じた。


カティアは目を細め、その言葉にこたえることができなかった。フェリスの心には深い傷が残っているのだと彼女は理解していた。しかし、彼の今の行いがその傷を癒すものではないことも感じていた。


「それでも、私は信じている。あなたが本当の意味での希望を取り戻すことを。そして、それが戦いだけでなく、他の道を見つけることであるはずだと」


フェリスは唇の端に苦々しい笑みを浮かべながら首を振った。「私にとっては、もう戻ることなどできない。あの日、信じたものに裏切られてから、私の力は光の中では価値を失った。今の私が持つ力は、闇の中でこそ、その意味を持つのだ」その声は静かであったが、その奥には深い絶望と憎悪が滲んでいた。


カティアは心を決めたように一歩前に踏み出し、その手をそっとフェリスの肩に置いた。触れた瞬間、彼の肩越しに伝わる冷たい緊張感が彼女を突き刺した。「フェリス、もしあなたが本当にその闇に閉じこもるなら、私は…私は必ずあなたを止める。かつての仲間として、そして今度は敵としてでも」その声には涙がにじみ、震えていたが、それでも彼女の決意は揺らぐことはなかった。


フェリスはその手をそっと払いのけ、カティアに背を向けた。「ならば、来るがいい。私はどこにも行かない。ただ、この場所で私の道を進むだけだ」


カティアはフェリスの背中を見つめながら、一瞬ためらい、何かを言おうとしたが、その言葉は喉の奥で消えてしまった。彼の背中はまるで一つの巨大な壁のように感じられ、彼女の心に残る僅かな希望を打ち砕いているようだった。しかし、彼女はそのまま諦めることはなかった。深い息をつき、決意を新たに広間を去っていった。その足音は徐々に遠ざかり、再び広間には重たい静寂だけが残された。


フェリスは広間に響く静寂の中で一人きり、再び地図に視線を戻した。その目には冷たい光が宿り、まるで未来を見据えるかのように地図を睨みつけた。彼の手は無意識に握りしめられ、地図に刻まれた道筋が、彼の新たな支配の証であるかのように感じられた。


「さて、次はどの駒を動かすか…」彼の声は低く、広間に響いた。その声に呼応するように、広間の空気が緊張に包まれる。フェリスは次の一手に思いを馳せながら、その手で地図上の印を軽く撫でた。彼の指先には、その印に込めた決意と野望が静かに宿っていた。彼はそう呟きながら、再び計画に意識を集中させた。嵐の前の静けさは、徐々に激しい運命の波乱を予感させるものへと変わり始めていた。


部屋の隅に東の大陸では禁止されているはずの奴隷の女が怯えてフェリスの視界から逃れようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ