76・迷い
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ラウルは結婚式後の日々を過ごしながらも、心の奥底にある迷いを抱え続けていた。彼は魔族と人族の双方に深い関わりを持ちながらも、自分自身の本当の役割が何なのか、はっきりとは見出せず、毎日の生活を送っていた。魔界の地で過ごす時間は確かに充実しているものの、自分が果たすべき役割に対する疑問が、ふとした瞬間に彼の心を揺らしていた。
ある日の午後、ラウルは魔王ミカの元を訪れた。ミカは城の中庭で庭師たちが花の手入れをしているのを見守っていた。その優雅で穏やかな姿は、普段の威厳ある魔王としての顔とは違い、どこか親しみやすさすら感じさせた。風に揺れる花々の間で膝をつき、土を弄るミカの姿をしばらく見つめていたラウルは、意を決して声をかけた。
「ミカ、少し話せますか?」
ミカはふと振り返り、ラウルに優しく微笑んだ。その微笑みは、彼が求める安心をすべて与えてくれるかのような温かさを持っていた。
「もちろんじゃ、ラウル。どうした?」
ラウルは少し戸惑いながらも、自分の心の中にある葛藤を正直に語り始めた。
「僕は、自分がこの魔界でどういう立場であるべきか、まだ迷っているんだ。魔族と人族、両方に属している気がして、でもどちらにも完全には属していないように感じてしまうんだ」
ミカはじっとラウルの言葉に耳を傾けていた。彼の言葉には深い迷いが含まれており、それはミカにとっても理解できる感情だった。やがて彼女は庭師たちの作業を見守りながら、彼の目をまっすぐに見つめた。
「そなたはそなたじゃ、ラウル。魔族であろうが人族であろうが、それは本当には関係ないのじゃ。そなたがどの道を選ぶか、それがそなた自身を形作るのじゃ」
その言葉には確かに力が込められていたが、ラウルの心の中にはまだ何かがくすぶっているのを感じた。その夜、彼は一人で城の外に出て、静かな魔界の夜風に当たることにした。夜空には無数の星が瞬き、遠くには魔族の村の暖かな灯りが見えた。魔族たちはこの地で平和に暮らしている。その光景を眺めていると、自分がこの地に受け入れられていることを感じる一方で、どこか自分が浮いているような感覚が拭えなかった。
次の日、ラウルは魔族の村を訪れた。村人たちは彼を温かく迎え、家々に招き入れては自分たちの生活を見せてくれた。子供たちは興奮した様子でラウルに近づき、彼の持つ剣に目を輝かせたり、人族の世界について話を聞きたがった。ラウルは彼らに剣の使い方を少し教え、自分の故郷での出来事を語り始めた。彼の話が進むにつれて、子供たちの目には純粋な興奮と希望が宿り、彼の言葉に心を奪われていった。その様子を見ているうちに、ラウルは次第に胸が熱くなり、自分がこの村に必要とされていることを深く実感した。まるで彼の存在が、彼らの未来を照らす光となっているかのように感じられたのだ。
村で過ごす時間が増えるにつれて、ラウルは徐々に心の中にあった迷いが少しずつ薄れていくのを感じた。人族としての自分の背景は確かに大切なものだが、今、この魔族の村で共に過ごし、共に学びながら築いている新しい生活もまた彼の一部であることに気づき始めていた。
その夜、村の広場で小さな集まりが開かれ、ラウルは村人たちと共に静かに語り合った。焚火の光が広場を照らし、温かな雰囲気が広がる中で、ラウルは自分の役割について思いを巡らせていた。
村人たちとの交流を通じて、彼は少しずつではあるが、自分の存在意義を見出しつつあった。どちらに属するかよりも、この地で何ができるかを考え、彼は未来に向けて一歩を踏み出す決意を新たにしていた。
城に戻ったラウルは、ミカにそのことを伝えることにした。城の廊下を静かに歩きながら、彼は自分の心の中にあった迷いが少しずつ薄れていくのを感じていた。
「ミカ、僕は少しだけど、自分の道が見えた気がするよ」と彼は言った。
ミカはラウルの話を静かに聞き、彼が話し終わると、彼の手を取り、その目を見つめた。
「それで良いのじゃ、ラウル。そなたはいつもそなた自身であれば良い。それだけで十分じゃ。共に、この世界を守っていこう」
ラウルは深く頷いた。彼の心には、まだ完全には迷いが消えていないものの、自分自身の力と愛する者たちとの絆を信じ、これからの試練に立ち向かっていこうという決意があった。そして、ミカと共に新たな未来に向けて歩み始めた。その歩みはまだゆっくりとしたものだったが、一歩一歩確かに前に進んでいた。




