73・結婚式」
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――そろそろ結婚式をしよう。
それは、ラウルが静かに提案した言葉だった。魔界を取り巻く騒乱がようやく一段落し、長らく続いていた緊張が緩んだ今、この瞬間を逃してはならないと感じたのだ。表向きには膠着状態とされているが、戦火が広がる前に、自分たちの愛を形にする時間があるのなら、今がそのときだ。
「今のうちに式を挙げないと、次はいつになるかわからない。何が起こるかもわからないからな」
ラウルの声は柔らかいが、その奥には決意が感じられた。彼は微笑んでミカを見つめている。
魔王ミカは、その提案に対してしおらしく頷いた。彼女にとって、人族が行う結婚式というものは未知の儀式だった。かつて、前の勇者ラウルスとの間でも、結婚式という形で愛を誓うことは叶わなかった。彼は帝国に人質として囚われ、彼女はその最期を見守るしかできなかったのだ。
その記憶が、今なおミカの胸を締め付けていた。けれども、今のラウルとの未来は違う。彼女はそれを信じ、心から彼の提案を受け入れた。
幸いなことに、ラウルの家族や親しい友人たちは今や魔界に移り住み、魔界という異なる地で生活している。ラウルの結婚式を共に祝ってくれる仲間がここにいることは、彼にとって何よりも心強い。そして、ミカにとっては、魔族全体が家族のような存在だった。そもそも、魔族は全て魔王ミカから生まれてきた存在であり、彼女と彼らの絆は深く、強固なものであった。
それでも、二人は式を大々的に行うつもりはなかった。旧帝国や東の大陸からの賓客を招待することはせず、内輪でひっそりと行うことに決めたのだ。ラウルとミカは共に、それが最善の選択だと合意した。式の後に結婚した事実を公布する予定ではあるが、今はただ静かに、互いに誓いを交わしたいと願っていた。
式の準備が進み、神への報告の儀式も簡潔に行われた。とはいえ、魔界には人族のような宗教的な神はいない。しかし、魔族にとっての創造主、いわばクリエーターに報告することが重要だった。
クリエーターは無関心も良いところで、ただ「良きかな」とだけ言い、何事もなかったかのように再びその眼を閉じた。まるで、結婚というものが日常の一部でしかないかのように。
だが、それで良かった。ミカもラウルも、クリエーターの干渉を必要としなかった。ただ二人が共にいること、それこそが何よりも大切だったのだから。
そして迎えた披露宴の日。
広い魔界の大殿堂に、魔族たちとラウルの縁者が一同に会した。会場は煌びやかな魔力の光で彩られ、黒と金の装飾が荘厳な雰囲気を醸し出している。魔族たちの姿はまばゆく、時折、会場に神秘的な輝きが流れるたびに、彼らの目に深い感情が宿った。
披露宴は、形式的なものというよりも、心からの交流が中心だった。魔族とラウルの家族や友人たちが互いに「よろしくお願いします」と言葉を交わし合い、祝福を贈った。魔族の中には、かつての勇者ラウルスを知っている者もいた。その者たちは、新たな勇者と魔王の縁を目の当たりにし、涙を流しながら感慨深げにその瞬間を噛みしめていた。
一方で、ラウルの家族も、魔王ミカとの結びつきに最初は戸惑いを見せながらも、彼を大切に思う気持ちから、次第に祝福の言葉を口にした。
「まさか、魔王と縁者になるとは……」
そう呟いた家族の言葉は、驚きと喜びが入り混じったものであった。彼らにとって、ラウルとミカの結びつきは、これまでの常識を覆すものであり、それでもなお、心からの祝福を贈ることができたのは、ラウルへの深い愛情があったからに他ならなかった。
そして、披露宴は穏やかに、そして温かい雰囲気の中で進んでいった。どこか懐かしさを感じさせる時間が流れ、二人の新たな未来が祝福されるその場に、誰もが心からの喜びを抱いていた。




