54・人族の姫
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姫はラウルを取り戻すために何でもする所存だった。第一王子はフェリスが姫を望んでいることを告げなかったので、何も知らない姫はフェリスに肩入れした。
――あの優しくて気高きラウル様……
実はラウルは貴族の流儀に従って姫に型どおりのことしか言ってないのだが、姫は両思いだと思い込んでいた。
記憶は想起時に都合良く改ざんされる。
人族の記憶は、後からその時点で納得いくように作り替えられるのだ。教育があるかとか、知能が高いとかは関係ない。他人の暗示により子供の頃いじめや虐待を受けていたという記憶が作られて勝手に蘇り、「加害者」を非難する「被害者」となってしまう。
――ラウル様が魔王と婚約したなんて嘘。妾の恋人だから人質にとられたのだわ。卑怯よ!
姫は「恋人」という話は隠して、「人質に取られた」という話をして回った。熱心に。周囲もそれを信じる者が増えてきて反魔界という勢力が生まれてしまった。
レムスはそれを知って、人族の知性を疑いたくなった。魔王ミカ様に報告すると、
「あのお方たちはこの人族に期待を掛けていたんだがなぁ……」
と、少し寂しそうに呟いたが、勇者ラウルスをだまし討ちにした人族のことを思い出し、
「この習性はなかなか直らんと見える」と言った。
もちろん、見限る訳ではない。愛しいラウルは人族だし、過去出会った人族も良い奴は一杯いた。時々、欠陥が見えるということ。
――他の星ではどうなっているのだろう……
クリエーターはいろんな星の原住民を育ててきたはずだ。繁栄するか滅びるかまでは干渉するなと言われている。
いっそのこと人族を滅ぼしてしまいたいと思うこともあったが、その指令には逆らえなかった。今回も人族対魔界という形になってしまったが、前大戦も滅ぼすつもりはなかったのだ。ただ、体制が硬直化していたので退屈まぎれにかき回してやろうと思っただけであった。
――文明レベルを維持したまま、両者に被害がでないようにしたいものじゃのう。
最悪、王国は滅ぼしてしまって、東の大陸だけ生き残させる。というか、もう王国は用済みかもしれない。東の大陸の方が文明レベルは遙かに上だと思う。
だが、そうなるとラウルは悲しむかもしれないと思うと魔王ミカは胸が痛んだ。
――ラウルと話し合わないといけないな。
王国を滅ぼすにしても、ラウルの家族は保護してやりたい。
そうなると……ラウルは裏切り者呼ばわりされるかもしれない。その場合、ラウルは魔王ミカを選ぶだろうか?
――強大な力を持ってしても自分の恋は叶わないか……
魔王ミカは悲しくなった。
魔王ミカは一滴の涙を流し、その涙から歌い鳥が生まれた。
歌い鳥は悲しい歌声を城内に響かせた。