4・酒宴
毎週日曜日午後11時にショートショート1、2編投稿中。
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勇者のことが好きだった魔王は勇者そっくりの子孫に何か伝わってないか尋ねた。
「そういえば、ネイミスというお菓子に目がなかったと聞いてます」
「それなら、妾も知っている。今でもよく食べるぞ。そなたはどうじゃ?」
ネイミスというお菓子は平たく言えばアップルパイ状のものを細かく刻んで糖蜜をかけたもの。
「僕も大好きです」
「明日、作らせよう。すぐに出立することはないじゃろ?」
「はい、ありがとうございます」
魔王は給仕を呼ぶと、明日出すように言付けた。
「他に聞いていることはないか?」
「子供の頃、大変な泣き虫だったと聞いてます」
「ほう、それは知らんな」
余裕たっぷりの印象しかなかった勇者の姿からは想像付かない。
「子供の頃は食が細くて小さくて、よく虐められたとか。それを守っていじめっ子を追い払っていたのが兄のご先祖様だったそうです」
「想像も付かんな。本当か?」
「流れ者の剣士に剣を教えて貰っている内にメキメキと強くなって、身体も成長していったと聞いてます」
あの太刀さばきはその剣士から習ったのだろうか? その剣士の名は?
「剣は伝わってないのか? 妾に聞かずともその流派の剣を学べばよかろうに」
「いえ、基本は習ったそうですが、剣に開眼したのは神の啓示を受けたと聞いてます」
魔王は勇者の剣を思い出した。あれは天賦の才もあったが、それだけじゃないと見た。魔王とても取得するのに数ヶ月かかったのだ。手取り足取り教えて貰って。そして、背後の考え方を全部知ることは叶わなかったが、一端を知るだけで物凄いものだと感じたのだった。
「あれは、全ての人を幸せにする剣だった。妾がそなたに教えてやれるのはその一部でしかない。残りは自分で見つけるのだな」
「はい。一度戻って家族を説得して帰ってきます。魔王さま」
「うむ。もっと飲め」
魔王は酒を勧めた。退屈が紛れそうで楽しみだ。
「私に代々の勇者さまが練習に使っていた木刀が伝わってますが、それも持ってきます」
「なに? ぜ、是非頼む。見たい。手にしたい」
勇者の剣は魔王城の宝物殿に保管していたが、長年汗とともに振られた木刀は是非見たい。勇者が持ち帰った魔剣は魔王が使っていた物だ。交換するときちょっと気恥ずかしかったのを覚えている。
魔王の魔剣は、王に取り上げられてしまい、騎士も見たことがないという。魔王は別に構わないと思った。一定数の魔力が無ければ、魔力吸い取られて死んでしまう剣だ。魔王レベルで無いと扱えない。
魔王は数百年ぶりに楽しい酒を飲んでいた。