2・勇者現る
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退屈してた魔王に謁見に来た使節団。その中に居るある騎士に魔王の目は釘付けになった。
――勇者そっくりじゃ。まさか、まさか。
千年前の出来事が走馬灯のように思い出される。あの目。どこまでも真摯で、包容力のある率直な視線。あの目に魔王は戦意喪失し恋に落ちたのだ。
「魔王さまにおかれましてはご機嫌麗しく……」
大使の声が耳を素通りする。
「待て、その者は勇者か。生きているとは聞いてないぞ」
声がちょっと震えた。妾を置いて千年も何していたのだ。なに、どうってことない。戻ってきたのであれば歓迎しようと思った。
騎士は進み出ると、
「いえ、伝説の勇者様は私のご先祖にあたります。自分ではわかりませんがそれほど似ておりますか」
「先祖? 勇者に子がいたのか?」
妾以外に愛する娘がいたのだろうか。昔の事とは言え、悲しい気持ちになる。そして、勇者はやはり死んでいたのだ。
「勇者様は生涯独身と聞いております。私は、勇者様の兄の血統です」
人族はよほどでなければ、寿命は短い。魔王はそう思い返して目の前の青年を眺めた。神に祝福されたものでなければ長命は望めまい。
「ごほん、いいですかな」
大使が咳払いして、話に割って入った。いや、話を割ったのは魔王の方だが。
「最近、東大陸から蛮族がちょっかいだしてくるようになりました。今回はそのご相談を」
東の民はある程度文明度はあるだろうに、王国以外を蛮族と見なすのは相変わらずだなと、魔王は思う。まあ、それも今では魔族を交易相手として、同盟を結ぶようにはなっているのだが。
「なるほど、対策会議を招集しよう」
横の宰相テルゴウスに向き、東の民に詳しい者を呼び出すよう命じた。
「選定に3日でいいでしょうか?」テルゴウスが言う。
「では、4日後に意見交換を行うことで宜しいか」転送魔方陣でどこに居ても瞬時に移動できる。
「いつも魔王さまは素早い対応で感謝します」大使は頭を下げた。
「ああ、あと、その騎士。この後の妾の酒に付き合え。話が聞きたい」
大使をすっ飛ばして従者を指定して交流するのはプロトコールに反するが、元より、魔王は自由なので眷属は気にしない。
騎士は大使に目で許可を取ると、
「御意」と、言葉少なげに答えた。
見れば見るほど、勇者とそっくりなので、魔王は嬉しくなった。久しぶりに美味い酒が呑めそうな気がしてきた。