1勇者の思い出
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魔王は退屈だった。千年前の勇者との血湧き踊る死闘の末、和解し人族と魔族が平和に暮らせる世界が実現したのはいいが、魔王はやることが無くなってしまった。
――勇者もすぐに死んでしまったしのう。
勇者も病魔に勝てず、国に帰ってしばらくして死んでしまったという。名誉騎士号を王から与えられたが無骨者で貴族の礼儀作法とかしらず、宮廷で浮きまくったあげく厄介者として扱われてしたらしい。
――だから、妾の側におれと申したのに……
勇者は人間側が寝返ったと誤解すると言って戻って行ったが、なかなか難しいことであった。
――思えば、勇者はいい男だったのよう……
ハンサムとはちょっと違うが一本筋が通った凜とした男。
そんな人間と死闘を繰り広げたたあげく、惚れ合ったのだから、魔生はわからない。
魔王はため息をついた。もう、何回目か見当も付かない。
「魔王さま、お悩みで?」
また何度目か分からない質問が、側近の宰相テルゴウスから発せられる。彼も退屈していた。内政を担当しているが、ここ数百年は安定して栄えており、魔王を「名君」として噂されているが、実際はこの宰相がなんとなく経営して上手くいっているだけである。
「勇者に会いたいのう」
「無理を仰られるな。あのような男は平時には埋もれてしまいます」
「ではまた戦を起こすか?」
「ご冗談を。昔は人族、魔族は敵対してましたが、今は入り交じって暮らしております。お互い、頼りながら暮らしておりますので」
そんなことはわかっているのだ。戯れに言ってみただけ。
おもむろに魔王は立ち上がった。
「魔王さま、どちらへ」
「庭を散歩してくる」
魔王の力からすると国土全部が庭みたいな物だが、いつも通り魔王城の庭を軽く散歩することにした。
魔王城の庭にはペットとして、数々の魔獣が放されている。彼らは魔王を見ると、頭を下げ、すり寄ってくる。少しばかりの魔力を与えると喜ぶ。魔力ベースの生命力を持つ生き物たちに囲まれていると、人族がいかに異質なのか痛感する。
魔族がどこから来たのかは、魔王のみが知っている。根本的に違う種族なのだ。
そういえば、明日であったか、訪問者があると聞いていた。人族から謁見したいとの話だった。
――暇つぶしになればいいが……
その予想は大きく外れることになる。まさか、勇者の血筋のものがいるとは魔王でも知らなかったのだ。