第捌話 秘密基地
「いらっしゃいませ...!?」
「貴方だよね?僕の姉貴を誑かしたの。想像していたよりタフガイだね。肉弾戦でもする?僕、筋肉には自信あるよ」
「...いや。結構です」
喫茶店に突入された上に戦闘を申し込まれた児玉は真顔で拒否の返答するしかなかった。
やばい奴が来たと通報しようかと思ったが、年も若いしヤンチャをしたいお年頃なのだろうと彼は黙って見守っていた。
「そうだ、坊主。腹減ってないか?今、ビーフシチューの仕込みしてんだよ」
腹が満たされれば、心も満たされると思ったのだろう。
側にあった鍋をかき混ぜ、圭太が近寄ってくるのを見計らいご飯とソレを皿に盛り付けた。
「おじさん、良い人だね。僕、海外から戻ってきたばかりなんだ。アッチの食事が合わなくて、味噌汁とご飯が恋しかった」
「そうか、そうか。...って、坊主。結構、エリートか?外に行ける奴なんて年齢的に留学生ぐらいだろ?」
「僕は留学生じゃないよ。歌舞伎の公演で海外に行っただけ。東屋って知らない?お年寄りしか舞台なんて見ないか」
その言葉に児玉は目を見開いた。
東屋という言葉に驚いたのではない。
望海の親族である事を知って驚いたのだ。
「って事はお前が圭太か!?話は色々聞いてるぞ、にしても似てないな。仮にも双子の姉弟だろ。雰囲気も違うな」
「双子を過信し過ぎだよ。僕達は二卵性の双子なんだから似る訳がないじゃん」
その会話の後、児玉は慌ててエプロンを外し何か準備をしている。
「こうしちゃいられない!早く望海達を迎えにいかないとな。いや、その前に息子を迎えに行かないと。そうだ!圭太、地図を書くから零央を迎えに行ってくれ。俺は2人を探してくる。じゃあな!」
そのまま児玉は颯爽と店を出て行ってしまった。
「...普通逆じゃないの?」
地図を見ながら指定の場所に行くと案の定、幼稚園があった。
零央と圭太は初対面の筈だが、圭太が望海の弟だと知るとあっさりと受け入れていた。
天然パーマなのか?柔らかな明るい茶髪、碧い瞳を持っている。
父親もそれより濃い茶髪で、同じ瞳を持っているのを考えると良く似ているようだ。
幼稚園の制服なのだろう、青と白のストライプのシャツに青い短パンを履いている。
彼と手を繋ぎ帰路に着こうとした時だった。
圭太のスーツのズボンにペタペタと零央が何か貼り付けている。
「何してるの。何?このシール」
「パパのまね!これつかってないやつ!」
とポケットから無数の印を取り出す。
児玉は特に念力が強く、無数の印を扱える運び屋だ。
予備として持っていた物を零央は探し出し持って来たのだろう。
「せっかくなら、僕の所だけじゃなくて道に貼ってみたら?使い方が分からないなら教えてあげるよ」
「れお、ひみつきちつくりたい!れおしかわからないひみつきち!」
「いいね、秘密基地。それなら3人に見つからない所に貼ろう」
本来の目的を見失い、3人の行動範囲を避けるように張って行ったら割と直線ルートが出来てしまった。
最終的にたどりついたのは壁近くの小山だった。
「姉貴達は何処に印を貼ってるんだ?」
「見つけた!」
「圭太!零央くん!どこまで行くつもりですか!?」
望海と光莉が息を荒らしながら、慌てて駆け寄ってくる。
「圭太君歩くの早すぎ。零央くん抱っこしながらなんでそこまで歩けるのよ」
「丁度良かった、2人とも印を何処に貼ってるの?大通りに何もないのはおかしくない?中央がガラ空きなんだけど」
「えっ?最初は児玉さんが壁沿いに印をつけてて、それを元に私達2人が需要がある場所に印をつけて...」
「そういえば、何もしてないかも。行動範囲を広げればいいやと思って最短距離とか気にした事もなかった」
「けいた!れおのひみつきちがひみつじゃなくなった!」
「零央、実は君に内緒でかくれんぼをしてたんだよ。零央がお姉さん達を見つけたら勝ち。秘密基地は幾らでも作れるよ。でも、お父さんはいつでも会える訳じゃないだろう?会いに行こう」
「うん!きょうはれおのかち!パパのところにかえる!」
そうすると圭太と零央は一瞬にして何処かに移動してしまった。
余りの速さに2人は呆然としている。
「えっ、なんか2人で何処か行っちゃったんだけど!...ってこれ、玉ちゃんの印じゃん!印って、他人でも使えるの?」
「いいえ、それはあり得ないと思います。でも、親族なら可能かもしれません。念力の質も似ていますし、投影がしやすいのかもしれません」
「...玉ちゃん。とんでもない物を生み出しちゃったんじゃないの」