小話集 ⑥
《マッサージ》
北部の拠点で隼らが依頼帳簿の整理をしている時の事だった。
「そう言えば、山岸先輩って良く俺の事受け入れてくれましたよね?俺って、元々肆区の出身だし警戒心とかなかったんですか?」
「別に、依頼人だって他の区からわざわざこっちまで来てもらってる人だっているし。出身とか気にしてたら運び屋業なんか務まらないんだろう?俺は隼の覚悟を受け入れただけだよ」
しかし、その会話を側で聞いていた青葉は呆れたように口を開いた。
「騙されちゃダメよ末っ子君。寿彦さんは面食いだから、どうせ皆んな自分好みの顔だったから側において置きたいだけなのよ」
「ちょ、ちょっと待て青葉!俺の壮大な計画をバラしたらダメだって言っただろう!...はっ」
山岸は慌てて自分の口を塞ぐが既に手遅れだった。
後方で聞いていた颯も訝しむ顔をする。
「うわっ、今一瞬。運び屋業界の闇を見た気がするわ。いるからな運び屋をアイドル視する奴。山岸もそっち側だったか。人の好みはそれぞれだから否定しないけど」
「寿彦さん、もしファン側に行きたいなら心配しないで私もいるし。最近、初雁さんも私に影響されて復帰しようか悩んでるみたいだったからいい機会だし、ちょっと休み取ったら?ほら、最近肩凝りが酷いって言ってたでしょ?マッサージでも受けてこれば?」
「青葉、俺はまだまだ現役バリバリだぞ?皆んなだって、俺がいないと困るよな?」
「いや、別に。俺と小町がいれば粗方仕事回せるんで。青葉先輩もいるし、大丈夫でしょ」
それに追い討ちをかけるように翼も口を開いた。
「俺も、加入当初みたいに山岸さんに支えて貰わなくても大丈夫になってきたんでゆっくりして貰って構わないってすよ。青葉さんが大変な時は俺も手伝うんで。普段は使わないっすけど、一応千体にも印はあるし、ヘルプに回れると思うっすよ」
「あら、頼もしいわね。じゃあ、寿彦さん。マッサージ、楽しんできてね」
「...俺の立場はどこに行ったんだ」
《反面教師》
「隼、ちょっと話があるんだけどいいかな?」
時は彼が18歳の時まで遡る。今の仲間に会う前の話だ。
自身の父親から話しを切り出され、ピアノを弾く手を止めた。
「また、母さんの話でしょ?俺は一緒に暮らすつもりはないから。あんな、だらしない人。俺の母親じゃない」
「違うんだ、隼。もうすぐ、仕事の引き継ぎも終わってお前との時間を作ろうと母さんも頑張ってるんだ。また、一緒に肆区で暮らそう。...ここでは私達は歓迎されてないみたいだから」
「...それは事実だとしても、俺はここに残るよ。引き止めてくれる存在がいる訳でもないけど」
隼の母親は彼から見れば、自由人で放浪癖のある人だった。
幼い頃から、夜に出かけ朝帰ってくると言う昼夜逆転の生活をしていた。
昼間には寝ているし、まともに相手にしてもらえなかった隼は彼女の事を良く思ってはいなかった。
そんなおり、音楽家である父親が壱区の音大で教鞭を取る事となり家族で此方へと越して来たのだ。
それ以上に父親が望んだ場所は中心街から遠く離れた陸奥という土地だった。
今まで、縁のゆかりもない場所だからこそ音楽へのインスピレーションが得られるのではないかと思ったようだが地元の人からはよそ者扱いされ、中々受け入れてはもらえなかった。
それ以上に家庭的には空中分解しているに等しく、母親は相変わらず壱区と肆区を行ったり来たりしている。
どうにか、家庭の本来の姿を取り戻そうと両親は躍起になっているようだった。
「ただいま、父さん?」
ある日、隼が学校から帰宅するとリビングの方から2人の楽しそうに会話する声が聞こえる。
勿論、相手は母親という訳では無く。
自分と同じ年頃の男性という方がしっくり来た。
「うおっ!これ、すげぇ!ボタン一つで椅子が倒せるのかよ。快適だな」
「そうだろう、そうだろう。これに座って雪景色を見たり。映画を見るのが私は好きなんだ。息子はここで良く読書したりしているんだがね」
「確かに、傍に読書灯ついてんな。やべぇ、これは癖になりそうだな」
椅子に座り、はしゃいでいるのは何を隠そう颯だった。
どうやって知り合ったのか?隼には良く分からなかったが、父親が自宅に誰かを招くのは珍しく。
良い事なのか?悪い事なのか彼には良く分からなかった。
「隼、おかえり。丁度良かった。私の新しい担当になった、颯さんだ。これからは彼に大学まで送り迎えを頼もうと思ってね。母さんからの紹介だから信頼して良いよ。隼も何かあれば彼に頼ると良い」
「あぁ、そう。俺は運び屋と関わるつもりはないし、何でも良いけど。それ、俺のりんごジュースなんですけど。勝手に飲まないでもらえますか?」
「何だ、お前のだったのかよ。息子って言われてたから、てっきり小学生ぐらいの子かと思ってたのに時間あるから遊んでやろうと思ったが颯様の思い込みだった訳か。じゃ、おっさんありがとな。ここら辺の地域はまだ担当者も正式に決まってる訳じゃねぇし、まだまだ思考錯誤していかないといけないから試しとはいえ、颯様を選んでくれてありがとな。期待には絶対に応える。何があってもな」
颯は立ち上がり、父親と握手を交わした後早々に家を出て行った。
「あの、自信。何処から来るんだろう。良いの、父さん?あんな人で、俺の方がまだ上手く出来そうな気もするけど」
「いいじゃないか、隼。中々いないよ、今時あんなに自信に溢れた若者は。見ていると、私も頑張らなければなと勇気がもらえるんだ。ただ少し、彼には脆さがあるというか。隠しきれない弱さがあるように思えるんだ。何だか、目が離せなくてね」
「同感かな。あの人、そんなに強い人間じゃないよ。ガラスみたいに衝撃が走ればすぐに壊れてしまう。注意しておいた方がいいかもしれない」
その親子の直感はすぐに当たる事になる。
とある雨の日、学校の帰り道。隼が路地裏で人影を見つけた。
しかし、向こうも此方に気づいたのかフラフラと奥へと向かっているようだが突然倒れ込む。隼は慌てて其方へと向かった。
「...良い、来るな。俺1人で何とかするから」
「そんな酷い熱を出して、良く言えた物ですね。本当に今までどうしてたんだよ。ずっと隠し通して来てたのか、こんな状態になっても」
無線機で何処かへ連絡しようとする颯に隼は体を支えながらも、連絡が繋がると彼より先に声を発した。
「はい、こちら東出愛です。颯さん、体調不良ですか?返事出来ますか?」
「早く来てくれ。貴女の仲間が倒れてるぞ」
隼の声に愛は動転しながらも、素早く此方へと来てくれた。
最終的には協会の医務室に運ぶという形で事なきを得た。
「助けていただいてありがとうございました。あの、同業者の方ですか?それとも、親族に運び屋の方がいるとか?」
「...少しだけ、父親から聞いた事があって。母さんがそう言う仕事をしてるって聞いてたから」
その言葉に愛は目を輝かせた。
「やっぱり、そうだったんですね!貴方から膨大な念力を感じたんです。今まで見た事のない程の!...失礼しました。私、子供の頃から人の念力が見えるという珍しい体質を持っていまして。黄泉先生にその才能を見込まれてこう言った仕事をさせていただいているんです」
「そう。でも、俺には関係ないから。もう、夜も遅いし家に戻らないと。一応、貴女が送り届けてくれるって事でいいんだよね?」
「勿論、緊急事態ですし。陸奥まで行けるのは私と颯さんしかいませんから。ただ、その前に山岸さんから貴方に聞きたい事があるそうで。颯さんの上司と言った方が良いのでしょうか?状況説明をしてもらいたいと聞いてます。後で会議室に来ていただけますか?」
「まぁ、それぐらいなら」
そのあと、隼は山岸と対面する訳だが何故か真剣な顔つきをしながらもそこからジッと動こうとしない。
そのあと、何故か付き添っていた愛にコソコソと話しをしている。
「愛、彼。一体何処にいたんだ?俺の中でドストライクな顔をしているんだけど。えっ、何?凄い、カッコ良くない?あれだけ行動範囲で家探ししたのに俺知らなかったんだけど」
「陸奥の方らしいですよ。颯さんが新しく担当になった地域にいたそうです。通報も彼がしてくれまして」
そんな2人を見て、隼は溜息を吐きながら近寄った。
「あの、仲間が倒れたって言うのに緊張感ないですね。元々、上司である貴方の監督責任でしょう?そんなんじゃ最悪、仲間を失う事になりますよ。それ以上に貴方に付いてきた彼が可哀想だ」
「...言われちゃったな。そうだな、これは俺の責任だ。リーダーとして不甲斐ないよ。うちはメンバーも多くて、その分担当範囲も広い。リーダーの俺ですら把握出来てない場所もある。でも、依頼人のためにリスクを背負ってでも、成し遂げなきゃいけない仕事もある。運び屋っていうのはそう言う仕事なんだ」
「だからと言って、諦めるなんて言いませんよね?割り切るなんて言いませんよね?こうなった以上、彼にこれ以上の負担はかけられない。そうでしょ?いつか絶対ボロが出る。今、ここで解決案を出してください。そうしないと俺も安心して家に帰れない」
そう言われた山岸は目を泳がせるが、それを逃さないとばかりに隼は彼を睨む。まるで獲物を逃さない鳥のようだった。
そんな中、手を挙げ意見を出したのは愛だった。
「山岸さん、確かに彼の言う通り。颯さんの負担を減らすべきです。どうでしょう?ここで新メンバーを加えると言うのは如何でしょうか?」
「今でも大所帯なのにか?それ以上に颯の代理が務まる奴なんてそうそう...」
「いらっしゃいますよ。今、目の前に。私、隼さんの事。急ピッチではありますが調べさせていただきました。と言うより、節子お嬢様がお母様の事をご存知だったようで。幼い頃からずっと、ご友人へ手紙を届けるのを手伝っていただいたと。最近引退を発表されて、悲しい思いをさせていると聞いています」
「えっ、じゃあ。隼はその二代目って事なのか?通りで可笑しいと思ったんだ。長いキャリアを持っていて、皆からの信用もある人が突然引退するなんて言い出すんだから。成る程な、可愛い息子との時間を取り戻したいって言う親心には敵わなかったって訳か」
「二代目なんて言わないでください。俺はあの人の事を反面教師だと思って生きて来ましたから。今、家にいますけど凄いウザいんですよ。「隼君、隼君」って。進学を機に家を出ようと考えている所でしたから」
「そう言わずとも、俺達の所にくれば良いじゃないか。居場所は幾らあっても良いんだ。もっと言うと、俺が隼を側に置きたい」
「真心のある下心ですね。...まぁ、考えておきます。でも、きっと結末が変わる事はないでしょうね。俺もあの人の息子だから」
《好き嫌い》
「まぁ、美味しそう!本当に良いのかしら頂いても?」
節子の手元には艶の良い、さくらんぼや桃の入った籠があった。
「俺と那須野さんからのお裾分けっす。俺達でも食べ切れなくて、会議の後皆さんに配ろうと思って」
「そう言えば、アイツらの中に果物嫌いの奴いないよな?一応、確認だけさせてもらいたいんだけどよ」
「いいえ、皆さんお好きだったと思うけど。どうしてそんな事を聞くの?」
その質問に対し、那須野は周りに聞こえないように耳打ちした。
「まぁ、意外!でも、果物全般が苦手という事でないのよね?」
「なんだっけ、確か。林檎だけは大丈夫なんでしたっけ?望海より、好き嫌い多いかも知れないっすね。餃子とか干瓢巻きもダメとか言ってましたよね?」
「一部の人間を敵に回すような事をしないでもらいたいけどな」
「あれ、隼さん。さっきから林檎しか食べてないですけど、もしかして苦手なんですか?フルーツ」
皆でフルーツを食べている時、隼だけが手が止まっているのを望海は見逃さなかった。
「隼、好き嫌いはダメなの!はい、あーん」
小町が出来るだけ優しく食べるように促すが、それでもダメのようだった。
「なんで俺だけ。それを言うなら颯先輩だってそう変わらないだろうに」
「おい、隼!無線越しでも聞こえてんぞ!ゲホッ、林檎が喉に引っかかった」
体調不良により、欠席していた颯も無線越しではあるが会話の内容を聞いていた。
「颯、俺お手製のすりおろし林檎だぞ。味わって食べろよ」
「山岸は作りすぎなんだよ!林檎、大量に使いやがって!食い切れるか!」
そんな騒がしい会話を微笑ましそうに聞いている浅間が口を開いた。
「誰だって、好き嫌いはありますよね。希輝ちゃんも蒟蒻が苦手だって以前言ってたし」
「ちょ、ちょっと!浅間先輩、それは言わない約束ですよ!あの、見た目と食感がどうも苦手で。甘かったら絶対食べれたのに!」
《障害》
「わざわざ弐区までご足労ありがとう。僕の名は黄泉幸慈、Dr.黄泉と呼んでくれたまえ。君が例の二代目かな。松浪隼君」
何故か弐区の黄泉のラボに隼の姿があった。
颯や山岸との一件から、運び屋達に接触していく中で愛が隼に対し、大事な話があると伝えて来たのだ。
「それで?要件は?」
「君の母親の事だ。君は気づいているか分からないが彼女は生まれつき病を患っていた。僕の方から頻繁に薬を出していてね。それが遺伝的病気でもあるから君にも影響している可能性が高い」
その言葉に隼は大きなショックを受けた。
いつも、沈着冷静な彼が顔を青ざめ肩を震わせているのを見ればその異常性は分かるだろう。
「嘘だ、でも母さんは少し風変わりだって周囲の人から言われてた。家でもよく物を散らかすし、忘れ物も多くて俺や父さんも苦労してた」
「それは病気の症状の一つだ。頭が混乱して優先順位がつけられない。その混乱を治める薬をこちらで処方してた。でも根本的な治療法は存在しない。どうだろう、君も日常生活で困った事はないかな?」
その言葉に隼は目を泳がせながらも意を決し答えた。
黄泉はそれを不安がらせないよう穏やかな表情で相槌を打ちながらメモをする。
「...昔から周囲に馴染めなくて。学校の集団行動に馴染めなかった。良く、冷たい人だって言われてたんだ。歯に衣着せぬ発言が多いって。人との距離感が上手く掴めなくて仲良くなりたい子に急接近して怖がらせた事もある。服も食べ物も偏っていて、同じ物しか着ないし、食べられないんだ。今にして思えば可笑しかったんだろうな。俺は」
「済まないね。君を傷つける意図はなかったんだ。それで自信をなくしてしまうような事が有れば本末転倒だ。僕は医者だ。君達親子のサポートをしたい。乗り越える壁は高くとも周囲のサポートを受ければ君も輝く事が出来る。お母さんのようにね」
そう言われると隼は安堵するものの一つ疑問が浮かんだ。
「俺をサポートしてくれる仲間って何処にいるの?」
「あぁ、壱区に世話焼き連中がいてね。君も会った事あるだろう?山岸君の所だ。那須野君は実家が歯科医で自身も免許を持ってる。私達程ではないが、話は通じると思うよ。まずは診断書を用意しなくてはならない。これから幾つか検査を受けてもらう。良いね?」
「分かった。...あぁ、そうか。母さんがあの人を父さんに紹介したのは病に侵された自分と重ねてたからか。俺の居場所、本当にあったんだな。ずっと欲しかったけど、ないって心の底では諦めてた」
その彼の本心を聞き、黄泉は穏やかな表情で頷いた。
「大丈夫、君はね。場所さえ整えさせたら、誰にも負けない力を発揮出来るんだ。病を神話だとは言いたくないけど、君は才能の宝箱だ。大丈夫、これまで沢山苦労して来たかもしれなけど全部上手くいくよ」
「ありがとう、Dr.黄泉。貴方に会えて幸運だった」
《感謝》
「よし、今日はここまでにしよう。担当場所には印を付けられたし、ちゃんと休んどけよ。後で倒れられても困るからな」
隼が仲間に加わって直ぐ、教育係として颯が側に付いていた。
隼は母親が運び屋だったという事もあり、理解力がある。直ぐに仕事も覚えていった。
「はい、今日はありがとうございました。あの、颯先輩。いつもお世話なってるのでお礼させてください。とは言え、貴方の求める物が何なのか俺には分からないけど」
そう言うと颯は困惑しながらもこう答えた。
「良いよ、お礼なんて。そう言うのは仕事で返してくれれば良いからさ。俺から教わった事をちゃんと生かしてくれればそれで良いって」
そのあと、隼は颯の顔を見ながら押し黙ってしまった。
しかし、立ち去るという事もなくずっと颯の表情を見ているようだった。
颯は正直、隼の言動に違和感を覚えていた。
何と言ったら良いのだろうか?価値観が違うというか、そもそも生きている世界が違うのでないか?
そう、宇宙人のように見えてしまう事が時々あるのだ。
「何だよ。何か言いたい事でもあるのかよ」
「いえ、それって本音なのか?建前なのか?分からない事があって、表情を見ても俺には良く分からなくて。でも、本人に直接聞くのは失礼だって事は知ってるんです。颯先輩、どうしたら良いですかね?」
「結局、俺に聞くのかよ!あぁ、そうか。隼としては今の答えに納得言ってないんだな。分かった。じゃあ、後輩として飯に付き合えよ。それで良いだろ?」
「良いですけど、俺好き嫌い多いですよ。自慢じゃないですけど」
その言葉に颯は呆れながら苦笑いした。
そのあと、宇須岸にあるハンバーガー店に向かうが幸運にも隼の口に合うようで、颯の話を聴きながら無言でそれを食していた。
「本当、とんでもない奴を引き受けたな。俺も山岸も。分かってるよ、お前が悪い奴じゃないって事は。だけどよ、余りにも世捨て人過ぎるんだよお前は。しっかりしてるんだか、してないんだか分からない時もあるしな。音楽家の出身なのは知ってるけど、ここまで頭ぶっ飛んでるとは思わなかった」
「俺ってそんなに変わってますかね?...そもそも、普通って言うのが良く分からなくて。何か定義付けで出来る物があると良いんですけど、皆そんな事考えた事ないみたいで。聞いても首を傾げられるし」
「やっぱりそうだ。お前、哲学的な所があるんだよな。隼、運び屋は速さが命だ。考えすぎて判断を鈍らせたら仕事に支障が出る。考えるのは良い事だ、でも偶には現実を見てみるのも大事だぞ。どうだ?今食べてる奴美味いか?」
そう言われ、隼はハンバーガーを平らげた後口を開いた。
「一週間、コレで良いぐらいには美味しいです。俺、あまり外食とかしないし。行ったとしても同じ所しか行かないから新鮮でした。ありがとうございます。颯先輩。貴方にはお世話になりっぱなしだ」
「まぁ、お前みたいなのがいると飽きないよ。正直、どれだけヤル気があっても体が追いつかなきゃ自分が辛いだけだしな。山岸が俺に新しい担当場所を任せるって言ってきたんだ。しばらくはお前のフォローにも入ると言うけど、1人立ちしたら俺も用無しかな」
そのあと、隼は悲しそうな顔をする。
颯は分かっている。彼が純粋で、優しい性格なのを。
年下とは言え、子供扱いするのは良く無いと思ったがポンポンと撫でるように隼の頭を触った。
「俺、1人立ちしない方がいいですかね?」
「馬鹿言え。じゃあ、何のためにお前が加わったのか分からねぇだろうか。良いよお前が望むなら、ゆっくりで。お前はお前のペースで大人になっていけば良い。俺が、兄貴が側にいてやるからさ。でも、必ず大きくなれ。立派になれよ。俺も含めて全員そう思ってるんだからさ」
「えぇ、必ず。山岸先輩や颯先輩が守ってきた物を俺が引き継いで次に繋げていきます。でも、出来る事なら貴方には側で見守っていて欲しい。そう思ってる」
その言葉に颯は穏やかな笑みを浮かべながら頷いていた。
《酒癖》
「...不味いな。これは若い奴らを呼ばないと帰れないぞ」
「児玉さん!チーズの盛り合わせください!あと、ワインもう一本!」
「谷川さんも!えっとね!柿の種と漬物が有れば何瓶でも飲めちゃうよ」
「やめろ、谷川!!浅間も飲み過ぎだ。それと山岸は絡み酒をするな!」
「朱鷺田、俺はふざけてない。本気なんだ。お前が旭の事を大切に思ってるのは知ってる。でも、俺の事も見てくれないか?」
突然、朱鷺田は山岸に恋人繋ぎをされ背筋が凍った。
「いやだ!あ、旭!助けてくれ!」
「えっ?あぁ、トッキーモテるからな。ほら、コッチに来い」
そう言いながら旭は喫茶店のカウンター席に手招きをしている。
何故、皆が喫茶店にいるのかというと一言で言うなら児玉の計いだった。
時々、夜間に人を招きバーとして営業しているのだが今回は酒豪のメンバーを招いてしまったようだ。
「寿彦さん!朱鷺田さんが可愛いからってやって良い事と悪い事があるでしょ?ごめんなさいね、悪気はないのよ。酒癖が悪いだけで、普段は...そんなに変わらないわね」
旭と共にカウンター席にいた青葉が朱鷺田を庇うような仕草をする。
純粋な朱鷺田は先程の事に体がついていけないのか、反動で涙目になっていた。
「トッキー、大丈夫か?ほら、しばらく手を握っててやるから」
「...あぁ、ありがとう。なんか、照れ臭いな。餓鬼の頃も同じ事してもらった記憶あるし」
「青葉、俺ただの当て馬にされた。慰めてくれよ、可哀想だろう?」
「貴方は自分で立候補したんでしょう?児玉さん、私達はもうそろそろお暇させて頂きますね。寿彦さんも出来上がってしまってるし」
「分かった。外に光莉がいるから壱区まで送ってもらえるだろう」
その言葉に青葉は頷きながら山岸に手のひらを翳し、テーブル席から立ち上がるように指示する。
その光景に山岸は酒が入っているのか?恥ずかしがっているのか?頬を赤く染めてこう言った。
「青葉さん、大胆だな。皆の前で持ち帰るなんて。俺、遊びはやだよ?責任取ってもらうまでその手は取れないな」
「うわー、山岸さんめんどくさい〜」
「まーちゃん、言っちゃダメだよ。山岸ちゃんは乙女なだけなんだよ。もうすぐ、日付も変わるし運命の相手を探してるんだよ」
浅間と谷川の揶揄いも入りながら、青葉はシラフでこう言った。
「心配しないで。貴方を一生世話をする覚悟は出来てます。ほら、行くわよ」
「はぁ。児玉さん、見た?俺の奥さん、すごいイケメンでしょ?」
「言っておくが、花菜ちゃんは儚くて、可愛いからな。比べられても困るぞ」
その言葉に山岸は不服な顔をしながらも青葉と共に帰宅した。
「さて、山岸達も帰った事だし俺達も帰るぞ。浅間も和田まで一緒に行くか?」
「私は協会に迎えが来る予定なので大丈夫です。児玉さん、あの子達へのお土産。お願いしても良いですか?」
「あぁ、もう準備してあるぞ。お前達も明日も朝早いんだからすぐ休めよ。俺が言えた事ではないけどな」
《金メダル》
「姉貴、何作ってるの?」
自宅の居間で何かの作業をする望海を圭太は見つめていた。
「もうすぐ、光莉と児玉さんの誕生日なんです。プレゼントを用意しようと思って」
しかし、望海が手にしているのは金の折り紙で側にはカットされたリボンもあり。まるで子供の工作と言った方が正しかった。
「えっ、姉貴さ運び屋の中で1番稼いでるのに1番ケチってどう言う事?それはないんじゃないの?」
「言いたいのは私のほうですよ。光莉がね、これが良いと言うんです。金メダル。変わってますよね。いつもこれにメッセージを書いて送っているんです。児玉さんもがんばったで賞が良いとか言って、物を受け取ってくれないんですよ。なので日頃の感謝を込めて手紙を書いて渡してます」
「2人共変わってるね。そう言えばさ、運び屋の中にも同じ誕生日の人ちらほらいるよね。姉貴は被らないけど」
「貴方がいるじゃないですか圭太。でも、私達って元々5月に生まれる予定だったのにかなり早まって3月になったんですよね。未熟児だったって周囲の人は言ってましたし。同じ月生まれだと隼さんや小町ちゃんも一緒ですね。他にも希輝さん達や瑞穂さん達と沢山いらっしゃいますし。結構誕生日が固まってるんですよね。何なら、明日も凄いですよ。4人同じ誕生日の人がいますからね」
「もう全員まとめてパーティーやった方が楽なんじゃないの?」
「そうなんですよ。明日は騒がしくなりそうですね」
10月1日、協会の会議室は完全にパーティー会場と化していた。
アルコール類も完備しており、大量の焼酎やワインがあるのを考えると誰が誕生日なのかが分かるだろう。
「やった!アルコール飲み放題!谷川さん、やっとこの日を待ってたんだよ!さぁ、まーちゃん思う存分飲もう!」
「谷川!!」
一気焼酎を開けようとする谷川を食い止める朱鷺田とそれを見て爆笑する旭の姿があった。
「鞠理、誕生日おめでとう。プレゼント、あれで合ってたか?この前欲しいって言ってた奴」
「うんうん、バッチリだよ。谷川さんを更にダメにしてくれるソファ。あれは快適だね。来月は2人の誕生日だしさ。期待しててよ、お返しはちゃんとするからさ」
「そんな事言って、2人に同じ物を渡して来るじゃないか。完全に手抜きとしか思えないけどな」
「何言ってるの、谷川さんはちゃんと考えてますー」
そんな会話を浅間が微笑しそうに聞いていると、残念な顔をした希輝達3人が近づいてきた。
「はぁ、私達も大人だったら浅間先輩と一緒にワイン飲めたのにな。本当にショック」
「希輝ちゃん、落ち込まないで。私はねそれで良いと思ってるの。逆にね、この時が遅く流れますようにって願ってる」
「それって、年月が経つと良い事があると言う事か。どうして?」
剣城の疑問に白鷹が周囲を見渡すとある事に気づいた。
「....あぁ、成程。ワインか。ヴィンテージ物と良く言うし、浅間先輩は俺達との時間を楽しんでくれてるって事でしょ?」
「ふふっ、当たり。両親もね、私が生まれた年のワインを大切に保管してくれてるの。3人に会った年のワインを私も同じように保管してる。何年になるか分からないけど、私も貴方達もこの仕事を続けている限り開ける事はないと思うわ。今までも、そしてこれからもよろしくね」
「浅間先輩、お洒落!勿論です、一緒に実りある時間を作っていきましょう。思い出を沢山作って、熟成させていかないと」
そのあと、誰かを待つように光莉と児玉は壁際で2人並んで喋っていた。
「皆んな楽しそうだな。2人の時とは大違いだ」
「本当、騒がしいったらありゃしない。でもさ、これで良いんだよ。いや、むしろこれが良いんだよ。所で玉ちゃん、私への金メダルは?」
「あぁ、分かってるよ。光莉が今日の主役だからな。誕生日おめでとう。これからも沢山の夢を運んでくれ。これからもよろしくな」
そう言いながら望海が作ったのと同じように折り紙やリボンで作った金メダルを彼女の首にかける。
そのあと、光莉は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、玉ちゃん。このコンビは永遠不滅の存在であり続けるよ。これからもよろしくね。小さい頃さ、凄い嬉しかったんだ。今はもういないけど親が沢山「光莉が1番だ」「光莉が世界一だ」って言ってくれて愛されてるなって思ってた。でも、段々とそれを言ってくれる人が減って言った。そんな時玉ちゃんがさ、これを作ってくれて。最初、安直だなって思ったけど凄い嬉しかったんだよね。私はがんばったで賞を書いてさ。今年もちゃんと書いたけど、本当私達らしいよね」
「と言うか、俺達にしか出来ないかもな。所で望海はどうした?今日も俺達を待たせるのかよ」
「本当だよ。望海が来てくれないと私達も何も出来ないし、待たないといけないじゃん。あっ、来た!早く!もう始まってるよ!」
「すみません遅れました、仕事が長引いてしまって。あっ、もう金メダルかけてる。本当に光莉はそれが好きですね。私の分は必要なかったのかも」
「何言ってるの。金メダルは沢山あって損はないんだから。あともうちょっとでキリ番なの。2人にはずっと一緒にいてもらわないと困るんだから。メダルの数が増えないでしょ」
「俺のがんばったで賞もな。結構大事なんだぞ、仕事のモチベーションにも関わるしな」
「はいはい、2人共お好きですね。誕生日、おめでとう御座います。私は貴方達の夢と希望を背負っている。貴方達の名に恥じない働きをします。どうかこれからもよろしくお願いします」
その言葉に光莉と児玉は互いに目を合わせた後、微笑んでいた。
《初恋》
「山岸!おい、山岸!」
氷川にて彼を呼び止める声に気付き、山岸は振り返った。
「写真、落としたぞ。大事な物なんだろ?ちゃんと青葉も一緒に連れてってやれ」
「旭。...あぁ、ありがとう」
ふと、力が抜けたのか山岸はボロボロと涙を流す。
青葉が大怪我をし、数ヶ月後の事。
未だ、山岸の心の傷は癒える事なく足が地に着いていない。
今もフラフラと亡霊のように彷徨っているように見えた。
「青葉の事、残念だったな。本当に。千体はお前達の担当場所から唯一、壁も近くて危険区域だって言ってたもんな。青葉だってそれは分かってた筈だ。バディ制度も作って、お前達は翼や小町を守って来た。何も間違った事はしていないよ」
「...でも、結果こうなった。あの時、俺が青葉の側にいてやればこんな事にはならなかった筈だ」
「大丈夫さ。それだけ言えるのなら、もう失う物は何もない。山岸の組織はもっと大きく、強くなれる。ウチは身内の集まりだからな。気楽でいいが、組織としては停滞気味と言わざる負えない。何か策を練らないとな」
しばらく2人で話していると、ふと山岸は一つ質問を投げかけた。
「なぁ、旭。俺って、青葉の写真をお前に見せた事あったっけ?」
「ないぞ、でも俺だって手帳に写真挟んでるし。山岸も一緒だろ?」
「えっ!?まさかの先駆者!?見たい!見たい!どんな写真?どんな写真?」
急に山岸は元気になり、手に持っていた旭の手帳を奪い取ろうとする。
おそらく、依頼内容や時刻の書かれたスケジュール帳なのだろう。
旭が真面目で几帳面な性格なのがそれを通して良く分かる。
「調子の良い奴だな。話したのは失敗だったか」
「こう言うのは最後の方にある決まりなんだ。ほら、あった!...旭、この写真って!?」
「そう、俺の初恋相手」
「青葉!!」
「寿彦さん、病院内で騒がないで。どうしたの?もう、面会時間ギリギリじゃない」
「ビッグニュースだ。とんでもない写真を手に入れたぞ」
今まで暗い顔をしていた彼が嬉しそうに話すので、何かと思いながらも青葉は素直に彼の話を聞く事にした。
「とりあえず、これを見てくれ」
目の前に一枚の写真が渡される。
2人の少年少女が手を繋いでいる。
少年は嬉しそうに笑みを浮かべるが、一方の少女は下を向き照れているようだった。
「可愛いわね。ねぇ、右側の男の子ってもしかして旭さん?何処となく面影があるわね。左側の女の子は...誰かしら?こんな子、比良坂町にいた?」
「そうなんだよ。今、捜索している所なんだ。焼き回しした写真を仲間に配って目撃証言がないかどうか聞いてる。旭の初恋相手らしいし。知りたくもなるだろう?」
「ちょっと!また変なリーダー命令を出して!寿彦さん、軽率な行動は控えた方が良いわよ。もし、この女の子が人魚に喰われれたなんて結末なら浮かばれないわ」
「それなら大丈夫さ。旭から「探せる物なら探してみろ」って言われてるからな。本人としてはどちらでも良いと言う事なんだろう。だったら俺は探したい。面白いから。青葉にも協力してもらいたいんだ。この写真から何か手がかりは得られないか?」
「...そうね。家の庭で撮ったような写真よね。チューリップの花が咲いてる」
「そう言うのじゃなくて、もっと女の子の特徴を教えてくれよ。青葉からの視点を俺は知りたいんだ」
「もう、場所と春だって事は分かったでしょ?あと、この女の子。凄い良い着物を着せてもらってるわね。化粧もして、髪飾りもつけているし。何処かのお姫様みたい。年齢的に七五三の時に撮ったのかしら」
「じゃあ、旭にとっては高嶺の花だったって事か?身分の違いで会えないとか。成る程、青葉ありがとう。また明日、見舞いに来るよ」
そのまま山岸はスタスタと病室から出て行ってしまった。
「ちょっと!もう、本当に急なんだから。...この写真を選んだって事は意味があるはずなのに。チューリップは本数で意味が異なる。この写真は9本だから“いつも一緒にいよう”って事なのよね。だから旭さんには“彼”がいつも側にいるんでしょ」
「旭!谷川さん、ちょっと休憩!もう疲れた」
「なんだ、日頃家から出ないからもうへばったのか。これじゃあ、俺の相棒にはいつまで経ってもなれないぞ」
「良いもん。みどり君だって直ぐ帰って来るし。お母さんも体調良くなって来たんでしょ?そしたら谷川さんもまたニートライフに戻れる!やった!」
「...だと、良いけどな。じゃあ、鞠理。俺は次の依頼に行って来る。後で合流しよう」
「ラジャーです。隊長」
その光景を近くで見ていた山岸は旭が離れたのを見計らい谷川に声をかけた。
「谷川、少し良いか?この写真の女の子を探しているんだ。旭の初恋相手らしい。俺達で総動員しても見つからなかったんだ。何か知らないか?」
写真を手渡された谷川は首を傾げながらも、じっと見ている。
「この着物さ、谷川さん着た事あるんだよね。この髪飾りも知ってる。確か、みどり君のお母さんからプレゼントしてもらったんだよね。「もう着ないから」って。最初、おかしいなって思ったんだよ。みどり君ってひとりっ子だから姉妹もいない筈なのに。おぉ、怖い。まさかのホラー展開!?」
「...いや、答えはもっとシンプルだと思う。谷川、俺を朱鷺田の所に連れてってくれないか?」
そのあと、家にいた朱鷺田に写真を見せると青ざめた顔をする。
「や、山岸。これを何処で?直ぐ燃やさないと!」
「もう手遅れだぞ。俺が焼き回しして皆に配った。これ、朱鷺田だったのか。随分と可愛い姿をしてるな。青葉には負けるけど」
「本物の女性に勝とうだなんて思ってない!俺だって事情があるんだよ。お袋は本当は娘が欲しかったらしくて、縁っていう名前も女の子を意識して名付けたんだ。でも、俺が生まれた。俺はお袋の悲しむ顔が見たくなくて旭や谷川に会うまでずっと女の子の格好をしてた。お袋が喜んでくれるならそれで良いと思ってたしな。一人称も昔は「私」だったし」
「みどり君って男の娘だったんだ!とんだ大罪人だね、旭の初恋を奪っておいて」
「えっ、初恋?何の話だ?」
「ただいま。なんだ、来客か?」
良いタイミングで旭も帰って来たので此処で答え合わせをする事にした。
「大正解。この子は「ゆかりちゃん」だな。俺も最初気づかなくてそう呼んでた。髪も伸ばしてたし、かなり本格的に女装してたから一緒に風呂に入るまで気づかなかった。初めて会った日の事を良く覚えてる、母親の背に隠れてる深窓の令嬢って感じだったな。直ぐこの子が大事にされてるのが分かったから俺が守ってあげなきゃってずっと思ってた」
その言葉を聞きながら朱鷺田は顔を赤くしながら俯いていた。
まるで写真の中にいる昔の彼と同じように。
「旭、もう良い。恥ずかしいからこれ以上言うな。元々、俺と旭を会わせたのも親父の計らいなんだ。「女装を続けさせるのも良くない。このままじゃ埒が明かない、同じ年頃の男子を側に置けば自然と元に戻るんじゃないか」ってな。谷川も娘が欲しいって言ってたお袋の願いを叶える為みたいな所はあるし」
「確かにお母さんに凄い可愛がって貰った事あるよ。オモチャとか服も沢山貰ったし」
「なんだ、結構の所、両思いだったって事じゃないか。探して損した。初恋の相手だって言うから、気前よく再会させてあげようと思ったのに」
「悪かったな。山岸、そう言う事だ。鞠理、こいつを協会まで送ってやってくれ。もう夜も遅いからな」
残された朱鷺田は旭の方をチラリと見やる。
目が合った後、彼は口を開いた。
「旭、俺がもし女の子だったら今頃どうなってたんだ?」
「逆に聞くがトッキーはどうなってて欲しい?」
「ず、狡いぞその言い方。まぁ、でも。なんだかんだで変わらなさそうだな。ずっとお前と一緒にいると思う」
「それについては同感だな」
《時間切れ》
「あさひにいちゃま、つぎはおえかきしましょ」
「うん、いいよ。つばき」
従姉妹であり、2歳下の椿と遊ぶ旭の元に真っ青な顔をした彼の父親が来た。
何か、手紙を持ち。旭の方を二度見みている。
「とうさん、どうしたの?」
「旭、父さんの学生時代の友人が自分の子供とお前を会わせたいって言ってるんだ。ビックリしたよ、今じゃ雲の上の人だと思ったのに」
銀行が経営破綻し、財産の差し押さえなどがありながらも周囲の支援を受け、何とか裕福とは行かずとも一般家庭に落ち着いた本間家だったが、一難去ってまた一難。
その支援を受けていた朱鷺田家から要請がかかったのだ。
「相手のお子さんが人見知りなのかな?大人も子供も警戒してるみたいで、中々人と会おうとしないんだ。色んな所に声をかけたみたいだけど、結局子供もずっと待てないから対面出来ずに終わる事も多くて。旭で声をかけたのが18番目なんだそうだ」
「そうなんだ。そのこもたいへんだね。たくさんおともだちにあったのに、なかよくできないんだもん」
「そうだな、旭は優しい子だ。ちょっと、考えてみてくれないか?別に無理して会わなくとも、美味しいお菓子をご馳走してくれるみたいだから。父さん達も仕事で側にいられない事も多いし行っておいで」
「わかった。ちょっとかんがえてみる」
とは言え、旭は当時乗り気ではなかった。
朱鷺田家が比良坂町では有名なお金持ちの家というのは幼い旭でも理解していた。
だからこそ、没落しそれを取り戻そうと躍起になる両親や親戚をみて自分と相手とでは雲泥の差がある。
釣り合わないと、分かっていたのだ。
「つばき、きょうはままごとをしようか?」
「あい!」
その日もいつも通り、椿と遊んでいると彼女のお腹がなるのを旭は聞いていた。
「おなかすいた?おかし、なにかあったかな?」
家の中を物色するものの、あるのは子供には辛いだろう硬い煎餅しかなかった。
その時、旭は思いついた。朱鷺田家に行ってもらってこようと。
「つばき、ちょっとかあさんとおるすばんしててね。おかしもらってくるから」
朱鷺田家の場所はそこまで遠くない。
子供の旭でも、辿り着ける距離だった。
父親からもらった手紙を持ち、家に向かうと朱鷺田の母親がまずは出迎えてくれた。
「あの、いとこにおかしをたべさせてあげたくて。もらっていってもいいですか?」
「あら、まぁ。なんて健気な。ちょっと待っててね、旭さんとその従姉妹さんの分を用意するから」
縁側で庭を見ながら待っていると、後ろの襖からだろうか?誰かの視線を感じる。
「だれ?」
振り返るものの、誰もないようだった。
「お待たせしました。今日は来てくれてありがとう。縁さんはごめんなさい。今日も難しいかしら?」
ジュースとお菓子をもらい、旭としてはこれで目標達成という事になるだろう。
そして、彼は更に考えたのだ。このまま縁と会わずにいれば訪れる度に永遠とお菓子をもらう事が出来ると悪知恵を働かせていた。
「いいよ。きょうあえなくても、またこればいいんだから。きながにまつよ」
「しっかりしていらっしゃるのね。本間さんのお子さんよね。幼い頃から苦労しているでしょうに。お父様とお母様はお元気?」
そのような形で母親と会話をしているともう夕方になってしまった。
「あらやだ、もうこんな時間。旭さん、帰りは大丈夫?送りましょうか?」
「きんじょだから。きょうはもうじかんぎれかな。またあしたもきて...」
そんな時だった、襖を開け1人の子供が現れた。
赤い長髪に白いワンピース、幼い頃の朱鷺田の姿だ。
旭の目には神秘的な、この世のものなのか疑問に思うほどの奇妙さと美しさがそこにはあった。
「あら、縁さん珍しい!人前に顔を出すなんて」
母親は朱鷺田と旭をチラチラと交互に見ながら反応を探っているようだ。
朱鷺田は逃げようともせず、ただただ旭を夕焼けにも似た琥珀色の瞳で見つめていた。
その様子を見て、母親は肩や背中を摩り安心させながらこう言った。
「縁さん、さぁ。ご挨拶して、旭さんよ」
「ゆかりちゃん。はじめまして、あさひっていうんだ。よろしくね」
「...ときたゆかり...です」
母親の背に隠れながら朱鷺田は挨拶をし、逃げるようにその場を後にした。
「ありがとう、旭さん。縁さんも何か貴方の事が気になったのかしら?大きな進歩ね」
そのあと、旭が自分の鞄にもらったお菓子を入れようとすると目の前にまた朱鷺田が現れた。
手にはお菓子を持ち、縁側に座ると焦ったようにお菓子を一つ開け、食している。
その様子を旭は首を斜めにしながら見ていた。
「おかし、あきた。わたしはおかねもちだからかってもらえるの。あさひにあげる」
「う、うん。ありがとう、ゆかりちゃん」
その光景を見ていた母親は微笑ましそうに2人を見守っていた。
「おかし、なにがすきなの?」
「えっと、つばきは...」
「ちがう!あさひの!」
「おれはこれかな。キャンディーみたいに、せんべいがくるんであるやつ」
「ゆかりもそれすき!でもね、こっちもおいしいの。おせんべいにしろくてあまいのがのってるやつ。あさひにあげる。かあさま、きいた?つぎ、あさひがくるときはそれをよういしてね」
「えぇ、分かりました。沢山、来てもらえるように一杯買っておかないとね」
そう言うと珍しく、朱鷺田は笑みを浮かべた。
それからと言うものの、朱鷺田は次第に旭に心を開くようになって行った。
元々、従姉妹がいたのもあり女の子の遊びも苦にしない旭は彼と相性が良かった。
ただ、旭は内心。朱鷺田の容姿を見て、女の子なのだからいずれは自分に飽きて同性の友達を作るようになるとその時は思っていた。
お金持ちのお嬢様であれば、進学先は比良坂町でも有名な女学院。
だとすれば、いずれ成長するにつれて相手は離れていく。そう思いながら日々を過ごしていた。
そんなある日の事、朱鷺田の母親からこんな頼み事をされた。
「旭さん。縁さんがね、今度の七五三は貴方と一緒に撮りたいって言ってるの。同じ年だし、誕生日も一緒だから凄く喜んでいてね。ウチの祖父母にも見せたいから。その家のお庭で撮りたいんだけど如何かしら?」
母方の祖父母の家はいずれ、朱鷺田達3人が暮らす事になる家だった。
旭は父親に相談し、当日同伴してもらい其方へと向かった。
「素敵なお家ですね。旭、近くに有名な銭湯があるんだって。後で父さんと一緒にいこうか?」
「うん!でっかいおふろはいりたい!」
着物の着付けをしている最中に笑みを浮かべ、楽しそうにする旭だったがその袖を誰かが摘んでいる。
それが朱鷺田だった。
「わたしもいっしょにいく」
「いいけど、ゆかりちゃんはおんなのこだよね?いっしょのおふろにはいけないよ」
「....」
その言葉に朱鷺田は押し黙ってしまい、写真撮影を開始した。
「あら、縁さんどうしたの?そんな恥ずかしそうな顔して」
「...あさひといっしょがよかった。おそろいのきものがよかったのに」
その言葉に母親はショックを受けるものの、成長過程の一つとして真摯に受け止めていた。
「じゃあ、今日は無理だけど後日同じ物を用意するわね。今度は神社かお寺で撮りましょうか?」
「きょうじゃないとダメなの。あさひにきらわれちゃう。おいていかれちゃうよ」
泣きながら縋り付く彼に対して、これ以上の事があっただろうか?と母親自身も動転していた。
旭の父親から事情を聞くと、合点が言った。
「そうだったの。縁さん、焦っちゃったのね。自分がこう言う格好をしているから。わかりました。お2人には申し訳ないですけど、準備が出来たら玄関で待っててもらえますか?出来るだけ早く準備しますので」
そこから、半刻程経っただろうか?
どうしても女装していた癖が抜けないのか内股歩きをしながらも、姿形は男児そのものと言っていいだろう。少年姿の朱鷺田が現れた。
「髪をまとめるのに時間がかかってしまって。縁さんもこれだけは譲れないって言うものですから」
「ゆかりちゃん?おとこのこのかっこうをしてもふろはべつだからね」
この光景に旭の父親は何かを察したのか、旭にこう言った。
「いいじゃないか。男同士、裸の付き合いは大切だ。さぁ、いこうか。縁君?」
その呼び名に朱鷺田は狼狽えていた。旭自身も訝しみ、大量の疑問符が浮かんでいるようだ。
「ゆかりちゃんじゃダメなの?...じゃあ、トッキーにしよう!いこう、トッキー!」
そう言うと朱鷺田は笑顔で頷き、3人で銭湯に向かった。
「えぇぇぇぇぇ!!!」
「と、トッキーっておとこのこだったの!?」
「へ、へんかな?」
「いや、へんじゃないけど。なんかちがう」
その時、旭は直感的に思った。
これは長い付き合いになるなと。
「済まない、旭。待たせてしまって」
「トッキーはいつも長風呂だからな。気にするな」
その出来事があった数年後も今もこうして偶に銭湯に行くのが彼らの日常だ。
「谷川もこれば良かったのに「自宅の風呂で十分だって」風情がないよな、全く」
文句を言いながら牛乳を飲む朱鷺田を旭は笑いながら見守っていた。
「そう言えば、今日はいつもより出るのが早かったな。やっぱり髪を切ったからか?」
「そうだな。取り憑かれたように髪を伸ばしてたよ。醜いよな、未練たらしいというか。切ったお陰で肩凝りも減ったし、髪を洗う時間も減って色々と楽になったよ。最初からこうしておけば良かったんだ」
「いいじゃないか。過去の自分をそこまで否定しなくても。俺はそうやって変化していくお前に呆れて、動転しながらも楽しんでるんだ。振り回されるのも悪くないしな」
「なんだよそれ、人を娯楽の道具みたいに。まぁ、お前に飽きられても困るしな。これからも遠慮なく振り回させてもらうよ」
「あぁ、それでいてくれ。トッキー」
《台風》
「玉ちゃん、こりゃダメだね。台風直撃だってよ」
「仕方ない、明日は臨時休業だな。依頼人には電話で伝えておこう」
「この時期は特に多いですもんね。比良坂町は地震や台風が多いって聞きますけど、私達だけならまだしも依頼人の安全を考えたら無理は出来ませんし」
喫茶店のカウンターに乗せられたラジオを聴きながら3人は明日に向けて準備を始めていた。
「やった!これで仕事サボれる!明日は何しよっかな?」
「谷川、静かに!はい、と言う事ですので明日は急ではありますが休業させて頂きます。ご理解ありがとうございます。失礼します」
近くの縁側には旭がおり、大雨が降るのを見ていた。
「今も凄い雨降ってるしな。トッキー、土嚢の準備した方が良くないか?」
「そうだな、俺達だけじゃなくてご近所さんの所にも手伝いに行かないと。ほら、行くぞ。谷川」
「えぇ!?谷川さんの折角のバカンスが...仕方ない。手伝いますよっと」
その日、それぞれの行動を終え次の日を迎えた。
しかし、どうしたものか?いつも変わらぬ日常がやって来たのだ。
朝支度をする望海を見て、圭太は首を傾げた。
「あれ?姉貴、今日休みだって言ってなかったっけ?」
「なんか、目が覚めてしまって。ゆっくりする事に慣れてないんですよね、私。どうしましょう圭太、休日って何をすればいいんですか?」
「...いや、僕に聞かれても困るよ」
「...あら?寿彦さんは?」
時計は6時前を指し、青葉は慌てて寝室から飛び出すと何故か7つ分の弁当を作る彼の姿があった。
その光景に彼女は安堵すると同時に呆れていた。
「おはよう、青葉。どうした?朝食ならそこに置いてあるぞ?」
「寿彦さん、いつもありがとう。でも、今日は皆んなのお弁当作らなくて良いのよ?拠点に行ったって誰も来ないんだから」
「...あ」
彼は弁当と作ったおかずを交互に見つめ、やってしまったと項垂れていた。見かねた青葉は他のメンバーに急用要請をかけた。
「そんな事だろうと思いましたよ。山岸先輩、いつも朝早いから生活リズム崩せないの分かってましたから。昼前には、雨も弱くなるみたいなんで弁当そのままにして置いてください。取りに向かうんで」
「ありがとう、末っ子君。ほら、寿彦さんもお礼言って」
「隼、今日はお前の好きなザンギ入れておいたから。俺の愛情たっぷりの弁当受け取ってくれ」
「いや、愛情はいらないから弁当だけ寄越してください。それに今、何時だと思ってるんですか?望海や希輝ならまだしも、俺は寝てても良い時間ですよ。起こさないでもらえますか?」
「はい、ごもっともです」
無線機の無駄遣いをした後、山岸は残った弁当を見ていた。
「青葉、俺の愛情受け取ってくれるよな?」
「まぁ、あって損はないし。食べ物に罪はないもの。でもどうするの?あと、4つもあるのよ?」
「それは早いもの順という事で、こんな状況でも早起きした奴らにあげれば良いんじゃないかな?」
という事で山岸の呼びかけにより、望海、光莉、希輝、朱鷺田、がこんな状況にも関わらず協会へとやって来た。
というよりも、山岸同様生活リズムが乱れるのを嫌い普段からいつも通り過ごしているようだった。
「山岸さんの作ったお弁当ですか!?実はまだ朝食を食べてなくて、頂いても良いですか?偶には、皆さんと一緒にゆっくりご飯を食べると言うのも良いですね」
その言葉よりも先に光莉は弁当を食べていた。
彼の手料理が美味い事は事前に知っていたのだろう。
真っ先に唐揚げへと箸を伸ばしていた。
「ウマッ!?いやでも、玉ちゃんの手羽先には勝てないけどね」
「悪かったですね。児玉さんも今日は零央と一緒にいるのかな。こう言う時ぐらいしか側にいてあげられないだろうし」
「いや、なんかまだ寝てる見たいですよ?と言うか、朝から弁当食べてるアタシ達の方が可笑しいんですよ。あっ、凄い!ずんだ餅もある!先食べちゃおっかな」
「相変わらず、山岸は誰かに料理を振る舞うのが好きだな。この味噌汁も美味いな。でも、塩気が足りなく無いか?」
「朱鷺田は塩を使いすぎなんだよ!減塩しろ!」
《帰り道》
「おい、隼。後は俺がやっておくから気をつけて帰れよ。日が落ちるのも早くなって来たな。明日もあるんだ、夜更かしなんかするんじゃねぇぞ」
場所は宇須岸、隼は自分の業務を終え颯へと引き継ぎを行っている最中での出来事だった。
「何言ってるんですが颯先輩、貴方の任務を見届けてから帰りますよ。途中で倒れられたら、俺のいる意味ないでしょ。俺は先輩のお目付け役も兼ねてますから。こう言う時ぐらい頼ってください」
「最後まで居残る気かよ!?後、2時間あるんだぞ。俺の事は放っておいて自分の体調管理をしろよ。それも仕事の内だぞ、分かったな」
「分かりました。颯先輩がそう言うなら俺は帰りますよ。何かあったら無線で呼んでください。那須野先輩でも愛さんでも良いですから」
「相変わらず過保護だな。分かった、そうするわ。じゃ、また明日な」
「はい。また明日」
「ほら、帰った帰った。山岸も青葉が待ってるぞ。後は俺がやっておくから任せとけ」
「那須野さん、夜になると凄い元気になるっすよね。俺達とは間反対」
「他の運び屋とは違って、7時スタートだしな。逆にありがたいよ。こう言うメンバーがいてくれると業務効率も良いし。じゃあ、後は頼んだ。夜は颯もいるから何かあったら其方に連絡入れてくれ」
「じゃあ、健ちゃんバイバイなの。帰り道気をつけてね。小町も早く寝なきゃ!夜更かしは美容の大敵なの!」
そのあと、3人は那須野に手を振り一日の業務を終えた。
「みどり君、お風呂の準備出来てるよ。あと、部屋にストーブ入れておいたから。帰ったらあったかくなってると思う」
「悪いな、谷川。じゃあ、俺は先に上がらせてもらう。後は頼んだぞ。夜の方が色々危険が付き纏う。気をつけて戻ってこいよ」
「えっへん!この谷川さんに任せなさい。今日もバッチリ昼寝したからね。夜遅くまで起きてても大丈夫」
「そう言う事じゃなくて、谷川は女の子なんだから危ないだろう?防衛手段は持っていても何があるかわからないんだからな」
その言葉に彼女は呆然と彼を見つめていた。
朱鷺田は首を傾げ、質問を投げかける。
「どうした、谷川?」
「いや、みどり君って谷川さんの事。女の子ってちゃんと認識してるんだなと思って。凄い、意外だなと思ったんだよね。いつも雑に扱われてるから余計にそう思った」
その発言を聞いて朱鷺田は珍しくその場で笑い出した。
谷川は逆に頬を膨らませていたが、直ぐに元の表情に戻る。
「谷川はお姫様だからな。俺や旭がいつも気を使ってるのを知らないだろ?誰よりもお前を甘やかしてる自覚はあるぞ」
「何それ!?谷川さんの理想の暮らしは2人のお陰って事?...まぁ、確かにそうかもね。いつもありがとう、みどり君」
「どういたしまして」
「浅間先輩、じゃあ後はお願いします」
「はい、じゃあ皆んな気をつけてね。さようなら」
しかし、別れの言葉を告げたにもかかわらず3人は浅間から離れようとしない。
明日提出する報告書を纏める浅間の姿を希輝は嬉しそうに見つめていた。
「どうしたの?希輝ちゃん、帰らなくて良いの?」
「だって、浅間先輩が凛々しい顔で仕事してる姿を見るのが大好きなんだもん。その書類、明日私が届けるんだなと思ったら使命感が湧いて来ちゃって」
「希輝、変態臭いぞ。俺達は先輩の事をしたってると素直に言えば良いんだ」
「...あの、いつもありがとうございます。早く一人前になれるように僕達3人頑張るから」
「もし、皆んなが私の知らない場所に行こうとした時。私は親じゃないから、止めもしないし一緒に行く事はないだろうけどこれだけは言わせて。私は貴方達を見守ってる。自分の所から。でも、偶には会いに来てね。これだけ皆んなと一緒にいる時間が長いと昔のようには行かないから」
その言葉に3人は頷いた。
「玉ちゃん!今日の業務終わったよ。はい、報告書」
「此方の方も無事に終わりました」
「よし、ご苦労ご苦労。俺はまだ残ってるから先に賄い食べててくれ。今日は俺の好きな味噌カツ丼だ」
カウンターに出された二つの丼を見て、光莉は涎を垂らし、望海は歯を食いしばっていた。
「児玉さん、今何時間だと思っているんですか?夕食を食べてないとは言え、真夜中に揚げ物は...」
「何言ってるの、望海。夜に食べるから良いんだよ。玉ちゃん、今度は私の好きな手羽先作ってよね。ふふん、じゃ遠慮なく頂きます」
「本当に良いの?私達だけ先に帰っても?」
「瑞穂は心配性なんだよ。海鴎君もいるし大丈夫だって」
「はい、私も残ってる依頼がありますのでそれを終えたら帰ります」
その言葉に瑞穂は咲羅や燕達を交互に見て、心配そうな顔をしている。
「瑞穂、2人が良いと言っているんだ。なら、任せれば良い。俺は帰るぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ咲ちゃん!だって、心配にもなるじゃない。可愛い2人を置いて行けないわ」
瑞穂は燕と海鴎と肩を寄せ合い、頬擦りをしている。
その様子に2人は困惑しているようだった。
「これじゃあ、どっちが子供か分からないよ。瑞穂、また明日も会えるよ。誰も居なくなったりしないから、皆んなここにいるんだから」
「そうですね。燕様の言う通りです。私達は今ここにいる、それは紛れない事実です」
「...そうね。じゃあ、また明日。ここでまた会いましょうね」




